第3話

「そう、女優になりたくて上京したんだ」

「―――はい」

歳は23になったばかりだと言っていたが、はにかむ様な

笑みを浮かべた顔は、もっとずっと幼く見えた。


テーブルの上に並んだスコーン、薔薇ジャム、そして香気を放つ

アッサムティー。

緊張が緩んだのか、先程とは打って変わって饒舌な坂さんの話に

相槌を打ちながら、熱い紅茶をひと口啜った。

やはり、フォートナム&メイソンの茶葉は素晴らしい。

優れた香り立ちは、他社のそれと一線を画している。

「あたし、地元で劇団に所属してたんです」

私に倣うようにカップを口に運びながら、彼女が言った。

「って言っても、サークルの延長みたいな極小劇団なんですけどね…」

縁に付いた口紅を人差し指で拭い

「それでも、公演に参加している内にもっと大きな舞台で

 演じてみたいって気持ちが強くなって…半年前に思い切って

 上京して来たんです」

「なかなか行動派なんだね」

私の言葉に小さく首を横に振る。

「いえ、無鉄砲なだけですよ」

紅茶で喉を潤すと、小さな溜息を吐いた。

「地元にいた時は主役を務めた事もあったし、固定のファンもいて

 演技にはそこそこ自信があったんですけどね―――…」

綺麗に整えられた眉がグッと下がる。

「自分の甘さを思い知らされました。

 都会こっちに来てから、ありとあらゆるオーディションを

 受け捲ったんですけど、結果は惨敗。まぁ仕方ないですよね。

 ちゃんとした演技指導を受けた事も無いんですから…」

「それで、女優への道をあきらめて家政婦に?」

「違います!この仕事は繋ぎで―――――」

思いがけない激しさでそう言い放つと、あっと声を上げあわてて

口を押えた。

俯き、「スイマセン…」と呟く。

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