Wшa Шilesa - ヨーシャ・シーレサ -

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1.A῾pt süpar῾potosrephidan

「皆様、終わりゆく世界からのメッセージを受け取る準備はできましたでしょうか。それでは、仙山先生に最後の挨拶をお願いしましょう」

都内の雑居ビルの多目的ルームでは『宇宙からのメッセージを受け取る』ための上級者向けセミナーが行われていた。

部屋の一番前にはホワイトボードがあり、宇宙、光、過去、未来、愛などの言葉が添えられた三角形や円、波の図形が書きこまれている。

司会者に『先生』と呼ばれた白髪の男はマイクを受け取り、ホワイトボードの前に出ると、落ち着き払った声で話し始めた。

「これはどうも、長い講習お疲れ様でした。ここにこうして座っている皆さんは地球を代表する選ばれたチャネラーであります」

パイプ椅子に座った数十人の受講者たちは皆メモを取りながら仙山の一言一言を噛みしめるように聞いている。

「この宇宙に流れる超光速エネルギー、まあもちろん皆さんは少しづつ実感をされていると思いますが、これをですね、本当の意味で理解するのには日々の活動が非常に大切になってくるわけであります。ですから皆さん、今日の講習は一つのスタートなのです。先ほども説明があった通り、この世界は危機に瀕しています」

仙山は身振り手振りを交えながら説明を続ける。

「近年、凶悪な犯罪や未来への閉塞感はさらに増してきております。ですが、これは次の次元へ進むために世界が動き出していることの表れだということは講習中に話した通りです」

仙山は咳払いをする。

「ここに参加している皆さんはもう宇宙からの力を感じ、日々それを生かされていると思います。ですが、これからは自分の為だけでなく世界の為。未来からのメッセージを元にこの世界をより正しい方向へ導く救世主となっていただきたい。共に頑張っていきましょう」

仙山の挨拶は受講者の拍手で締めくくられた。

「仙山先生、ありがとうございました。それでは皆さん、忘れ物のないようにお帰り下さい。あと、あちらに先生の新刊があります。サイン入りで5000円となっていますので、是非お買い求めください」

司会者は出口付近を指し示した。廊下側に並べられた折りたたみ式テーブルの上には本が積まれていて、そのそばに座っている女性たちが受講者に微笑んだ。



最後の挨拶が終わると、受講者たちは身支度を整え、新刊を販売するテーブルの前に並んだ。仙山はテーブルの裏に座り、受講者たちに一言づつ声をかけて本を手渡す。

「仙山先生、いつも丁寧な指導ありがとうございます。やっとオーラを見分けることができるようになりました」

「それはよかった。偏に君の努力の賜物だ。これからも頑張りなさい」

「はい、ありがとうございます」

仙山に声をかけた青年は目を輝かして答え、仙山から本を受け取ると支払いのスペースへ移動した。

「先生、今日はありがとうございました」

次に話しかけたのは同じく目を輝かした20歳ほどの女だった。

「白石君か、君はいつも熱心に頑張っているね」

「ありがとうございます。あの、これ見てもらえませんか」

そう言うと彼女はカバンから細い紐に繋がれた淡い金色の宝石を取り出した。

「私の運命石、光るようになったんです」

仙山は思わず目を見張った。その宝石がまるでどこかから明かりに照らされているように光り輝いている。

「おお……これはすごい……」

仙山は差し出された宝石を手に取ると、目を細め、そして何か考えるような表情をした。

「この期間でこれ程の輝きを出せるとは」

「ありがとうございます。次会うときはもっと……」

「いや、ちょっと待ってくれ」

白石の声を遮って仙山は静かに言った。

「白石君、このあと時間はあるかな」

「えっ、ええ大丈夫ですが……」

白石は少し戸惑いつつも答える。

「もしかしたら、アセンションができるかもしれん」

二人はセミナー会場を後にして車に乗り込み、首都高を30分ほど走った。

「白石君、起きなさい」

白石は車に揺られながら眠ってしまっていた。

「あっ、すみません」

「いいんだ、セミナーも長かったからね。それより早く」

着いた場所は一軒家だった。どうやら仙山の家らしい。

おじゃまします、と言って白石は玄関に入る。

仙山は白石を奥の部屋に案内し、年季の入った革製の椅子に座るよう促して、その部屋を後にした。

白石が辺りを見回すと、部屋にはたくさんの機器が所狭しと置かれていた。黒いパラボラアンテナ付きの木箱や大きなカメラに繋がれたPCのようなもの、長針がいくつもある時計……

しばらくして仙山はコーヒーの入ったカップ二つと一枚の小皿を持って帰ってきた。

「これでも飲んでくれ」

「あの、あれって古いオーラの測定器ですか?」

白石は大きなカメラを指差して言う。

「ああ、そうだ。しばらく動かしてないがね」

「うわあ、すごい。実物初めて見ました」

白石は目を輝かせた。

「そうか、それは良かった」

そう言いながら、仙山は部屋の奥から高さが部屋のドアくらいある大きな箱を引っ張り出してきた。

「すまない、開けるのを手伝ってくれないか」

呆気にとられている白石に仙山は声をかけた。

「あっ、はい」

二人はその箱を慎重に横に倒し、その四隅に刺さったネジにドライバーを差し込んで回す。

錆びついたネジはとても固く、二人は両手に力を込めてぐりぐりと回した。

ネジを取り埃のかぶった上蓋を外すと、中から大きなプロペラが現れた。

木箱の底には何本もの電線が張り巡らされていた。太い電線がプロペラの下とブレーカーを繋ぎ、その太い電線の途中から黒い装置を中継して細い線に分岐、八つのアナログメーターに配線されている。プロペラは金属製で煤と埃に塗れていたが、錆びている様子はなく、汚れの隙間から異様な光沢を放っている。

白石は目を丸くして箱の中身を見つめる。

「悪いね。手伝わせてしまって。座ってゆっくり休んでくれ」

「あの……これが、車の中で言っていた……」

箱の外から出たケーブルを部屋の奥の配電盤に繋ぎながら仙山が答える。

「『次元上昇装置』だ。見るのは初めてかな」

「ええ、目の前で見るのは初めてです。写真でなら何度か。まさか先生がこれを持っているとは思いませんでした」

「これを持っていることは隠していた。これを使えば人を次元上昇させることができるが、魂の準備が終わっていない者にこれを使うと上昇する周波に心が耐えられない」

配線を終えた仙山は小皿に淡い赤色の液体を注ぎ、そこへマッチで火をつけた。燃え上がる火もまた淡い赤に輝き、甘い香りが部屋を包んだ。

「本当にあそこへ行けるのですか」

「そうだ。そこで魔導師に会える」

不安そうに見つめる白石に仙山は言葉を続ける。

「大丈夫。さあ、いつものように瞑想を。あるがままを受け入れ、心を澄ましなさい」

「はい……わかりました」

仙山は部屋の明かりを消し、闇の中で「バツン」という音が響いた。おそらくは仙山が装置のスイッチを入れたのだろう、ぐおんと低い唸り声を立てて装置が動き出すのを白石は感じた。装置は低い音を周期的に繰り返しながら少しずつ回転を上げ、それと連動するように音の高さを上昇させていく。プロペラはスパークしながらバチバチと音を立てはじめる。

白石は椅子に座ったまま瞼の力を抜いた。姿勢を正し、ゆっくりと息を吐き、それから部屋に充満した甘い空気を体の中に送り込む。

深く息を吸い、そしてまた吐く。目を細めて皿に浮かぶ火をじっと見つめる。

これを繰り返すうちに白石は意識が深く深くへ落ちていくのを感じた。

部屋の闇と灯りが混ざり合い、まるで辺りが夜明け前の空のような薄暗闇に色づく。近くで子供らの声が聞こえる。何を話しているのかわからないが楽しそうに遊んでいるようだ。

白石は遠近感を失っているのか、燃える火がまるで自分の目の前で光り輝いているように感じた。

目の前に置かれた陶器の器は見えなくなり、燃える火の下に小さな手が現れた。白石はその手の主を目で追ってしまう。小さな手に短い腕、着ているのは純白のワンピース。目の前にいるのは子供のようだ。背丈からして5、6歳といったところか。男か女かはわからないような見た目をしている。

その子供は白石の目線に気がつくと白石の方を振り向いて「起きた?」と声をかけた。

「うわっ」

全身に電流が走るような感覚がして白石は目が覚めた。寝ぼけ眼の白石は目を掻き、周りをきょろきょろと見回す。

何もない。さっきまであったテーブルも、照明も、部屋に雑然と置かれた怪しげな機械たちも。

白い壁に囲まれた空虚な部屋の中に彼女はいた。

白石が周りの状況を飲み込めずに呆然としていると、背後から「うん、いい匂い」と声がした。驚いて振り返ると、そこにはもう一人の子供がいた。

白石は何が起きているのかわからず混乱して声も出ない。後ずさりをすると、足に何かが当たった。

「いたっ」

見るとそこにはまた別の子供。

さらに奥の暗闇から数人の子供らが現れた。

「あと少しで受け入れの準備が整います。何か質問はある?」

子供の一人が白石に声をかける。

「ここはどこ……?」

白石は子供に言葉を返した。

「こっちの世界に来ても大丈夫か、調べるところ」

子供は答える。

「こっちの世界……ってことは成功したってこと?」

「うん、そうだよ」

子供は微笑みをかける。

「問題なし!進入を許可します!」

別の子供が声を上げた。その声を聞いて、火を持っていた子供が「ふっ」と息を吹いて火を消した。火の消えた跡から半透明の棒状のものが現れ、その子供はそれを白石に差し出す。

「これはこっちの世界に来るための鍵。こっちに来て」

子供らは白石の手を優しく引っ張って部屋の奥へ連れて行った。

白石が部屋の奥の壁の前に立つと、部屋の壁は長方形状に切り取られた。正確には、白石の背丈より幾らか大きいくらいの長方形に沿うように壁の中に溝が生まれた。

「それをドアの前へ」

その子供はこの長方形に切り取られた壁の一部を『ドア』と呼んだ。白石は手に持った棒状のそれを、その『ドア』へ近づけると、手に持っていた半透明の棒は鍵の形に変形し、『ドア』の内部から白い取っ手のようなものが現れた。おそらくこれがドアノブなのだろう、と白石は理解した。

「鍵穴に鍵を挿して」

よく見ると取っ手の少し上あたりに楕円の穴が空いている。

鍵をその中に差し込み、回す。がちゃり、と音がする。

白石は子供らを見回す。彼女らは皆同じ顔をし、同じ服を着て、同じ微笑みを浮かべている。

「さあ、どうぞ」

白石はそばにいた子供に促されてドアノブを捻った。



「無事に来られたようだね」

ドアを開けると、晦冥の空の下に仙山がいた。白石は「よかった」と呟いて駆け出したが、何かに足を捉われてその場で転んでしまった。

彼らは波ひとつない水面に数センチメートルほどの距離を隔てて浮遊しているようだった。白石は立ち上がろうとするが、まるで泥濘の中にいるようで、うまく重心が取れない。

はっはっはと仙山が笑った。仙山は身体から青い光を放っており、白石も同様に山吹色がかった薄黄色の光を体から放っていた。

「危ないからじっとしていなさい」

白石は動きを止め、その場にうずくまった。白石は周りに人がまばらに往来しているのを見て、少し恥ずかしさを覚えた。

あたりには水晶でできているかのように透き通った建物が乱立していた。その建物はどれも空高くそびえ立っていて、摩天楼のようであった。その建物に透けて、紺色の空が見えた。

仙山が透明の棒を手に持ち、先端を目の前に傾けると、水の上から火花が立ち、その火花は寄せ集まって赤い自動車を構築した。

「これに乗って行こう」

仙山は運転席に乗り込むと助手席に身を乗り出してドアを開け、白石に手を差し伸べた。白石は仙山の手を掴み、よろけそうになりながら車の中に入り込む。

「ありがとうございます」

「大丈夫かい。ここは慣れていないとうまく歩くことすらできないからね」

「不思議な世界ですね」

「うむ。しかしどちらかといえばこちらが真の世界だ」

そう言って仙山は車を発進させた。

白石が車の窓から建物に透けた空を眺める。空の一番明るいところには輝く四角錐状の物体が浮かんでいて、その周りには円形の虹ができていた。

建物の下には相変わらずまばらに人が行き交い、その人々の中には白石らと変わらない人間の姿をしたものもいればまるで獣人のような姿をしたものもいた。



しばらくして仙山は車を一つの建物に横付けし、車を降りて建物に棒を翳した。

すると透明な壁の中に四角の溝ができ、中から取っ手が現れた。どうやらこれはここにくる時と同じ『ドア』らしい。仙山はそのドアの中に棒を差し込んで半回転させ、ドアノブをひねる。

中には部屋があった。玄関があり、廊下があって、その奥にはリビングのような部屋があるように見える。白石は外からは全くの透明にしか見えないこの建物の中に、アパートの一室のような部屋があることに驚いた。まるでこの異世界の中にありながら、このドアを通してまた別の異世界への入口が開かれているようだ。

仙山は助手席のドアを開け、白石に手を差し出す。

「跳びなさい。この中はちゃんと立てる」

白石は手を取り、玄関へジャンプした。床に着地した白石は二本足で地面に立てるという当たり前のことに安堵した。仙山が車に透明の棒を優しく当てると、車は火花となって消えた。

二人は廊下を進んで部屋に入った。部屋の中には家具一つない。床と壁と天井、そして窓があるだけだった。仙山はこのような部屋をこの世界にいくつか持っていると話した。

仙山はポケットから一枚の紙を取り出し、床に広げた。紙は手のひら大の大きさで手書きの地図のようだった。

「これはこの世界の地図だ。簡易だがね」

仙山はここから少し離れたところにある『基地』と呼ばれる場所に白石を連れて行くと言った。間も無く人が道に大量に出て来る時間になり、あえてその時間に行くとのことだった。理由は追手から身を守るためだと説明したが、なぜ追われているのかまでは説明をしなかった。

一通り説明を終えると仙山は「これから『基地』へ向かう」と言った。時間になったようだ。

二人は再び玄関までやって来ると、仙山がドアを開けた。

開けたドアの前に、青白い顔をした大男が現れた。

「久しぶりだな。爺さん」

仙山は大男を見て慌ててドアを閉めようとするが、大男がドアを無理やりこじ開けて仙山と白石を中へ蹴り飛ばした。

眠そうな目をした大男はのしのしと廊下に侵入し、その後ろから頭がドアをぎりぎり通れるくらいの巨大な蛇が入ってきた。

大蛇は舌なめずりをしながら、大男に付き従うように床を這い進む。

大男が足を止めた。何かを感じたように足を退ける。その下に転がっていたのは透明な棒。白石が突き飛ばされた時に床に転がった「鍵」だった。

「これお前のか」

青白い光を放ちながら大男は白石を睨みながら言うが、白石は怯えて言葉も出ない。

すると大男は首を捻り、口元に下品な笑みを浮かべると、いきなり足を振り下ろした。ガラスが割れるような音がして大男の黒い靴の下から金色の液体が弾け飛び、沸騰するように泡立ちながら消えていく。

「お前も後で回収してやるから覚悟しとけよ」

白石は突然のことに混乱しながらも、自分が絶体絶命の状況にあることを理解して、表情を強張らせる。

すると白石の前に仙山が立ちはだかった。

「やめてくれ。この子は私の教え子なんだ。借りたチャクラは返す。ちゃんと返すから、な、それでいいだろう?」

取り留めなく話す仙山に大男がため息をついた。

「爺さん。貸し借りにはよ、利子ってもんがあるんだよ」

大男は指で大蛇に「やれ」と命令した。大蛇は俊敏な速さで仙山を咥えこむと、もの凄い速さで玄関の方まで引きずり出す。大声で悲鳴を上げながら白石の前から仙山が消えた。

男は再び下品な笑みを口元に浮かべ、白石を見下ろした。白石の体から放たれる薄黄色の光が点滅した。



ちょうどその時、外では天からの恵みを待つ人々の群れが狂乱していた。街の中心から少し外れた赤い光を放つ塔の下で、赤い服を着た女がそれをつまらなそうに眺める。

女は街の様子から目を離すと、ポケットから取り出した透明の棒を目の前でつまんで眺め、笑みを浮かべた。

女はそれをポケットにしまい、そばに停めた赤いバイクに跨りエンジンを吹かした。

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