14.阿久戸志連宣戦布告②

「結論から言えば、号令は必要です」


 無敵さんはそう断言するところから切り出した。宗像は「ふむ」と頷き先を促す。こう来るのは予想出来ていたようだ。まずは“否定”ありきの連中の頭を砕きにかかる。それが無敵さんの戦略らしい。特に反論もないことを確認した無敵さんは、先を続けた。


「始業前後の挨拶は、号令によって行われる。これが無くなれば、日本は日本でなくなります。これは、それくらいに大事なことなんです」


 しかも、話がでかかった。


「はっ。『日本が日本で無くなる』だと? これは大きく出たな、無敵さん」


 そう思ったのは俺だけじゃなかったようで、宗像なんかは思い切り鼻で笑っていた。しかし、無敵さんも負けてはいない。


「大きくも小さくもありません。なにしろ事実なんですから」


 小さな反論の芽も、真っ向から踏み潰す。この言葉に、そんな意味を込めたんだろうか? だとすれば、今の無敵さんは俺の知る無敵さんじゃあなくなってる。やはり『セリカ』だ。真似でも偽物でもない、本物のセリカが語っていると俺は感じた。


「理由はいくつかありますけど、まずは一つ」


 無敵さんは片手を挙げると、ぴんと人差し指を立てた。


「号令とは“教育の手始め”であるということ」

「どういう意味だ?」


 すかさず宗像が飛び付いた。「この指とーまれっ」みたいに、指に飛びついたわけじゃないけどな。


「全ての理由を貫くキーワードは、“共通認識”です。学校での号令とは、国民全員が知る掛け声です。どんなに歳をとっても、この号令の意味は忘れませんし、その通りに動けます。つまり、日本に住む人全員が、号令を“教育”されているということです」

「だからどうした? それが無くなっても、日本人は日本人のままだろう?」

「慌てないでください、宗像くん。そういうの、モテませんよ」

「なにぃ?」


 かっと宗像の顔が赤くなる。これは怒りによるものだろう。

 無敵さんが、挑発した? こ、こんなの、俺の無敵さんじゃないっ! まぁ、最初から俺のじゃないし、くれるって言われてもいらないけどなっ!


「号令の目的は、教えてくれる者に対する感謝の念を表すと同時に、集団行動において重要な“規律”を叩き込むための手始めです。教師を始めとする指導者が、集団を操りやすくする為の“規律”を、ここで“刷り込んで”いくんです」

「なっ! それ見ろ! そんなの“人民統制”ではないか!」


 宗像が机をばんと叩きつけた。


「違います。それはこれから説明します」


 それを無敵さんが冷静に受け流す。みんなの緩んだ顔が引き締まり、緊張感が一気に増した。


「そして、二つ目。教育とは、“国家百年の計”であるということ」


 無敵さんが中指を伸ばした。ピースしているわけではない。ちなみに俺は女子のピースって大好きだ。


「日本の学校でしかやらないことは、号令以外にもあります。例えば掃除。海外では、学校の掃除って清掃業者がやるものなんです。ヨーロッパの国々では、学校とは元々貴族が通うものでしたから、当然だとも言えますけど」

「へー。そうなんだー」


 七谷が「ほえー」と唸って両手を組んだ。どうやら憧れているらしい。掃除が嫌いってことなのか? それとも貴族になりたいの? 頭くるくる巻きにした。


「これは学校というものに対する西洋と東洋の考え方の違いからくるものです。西洋では、学校は“学問を学ぶ場所”。東洋では“生き方を学ぶ場所”。経験したことないですか? 掃除を真面目にやらない男子に腹が立って、注意したこととか」

「あるわー」


 と、留守先生が激しく何度も頷いた。学生時代、男子にきゃんきゃんと噛みついている留守先生の姿が容易に思い浮かんだ。てか、現在進行形でありそうだった。


「ないな」


 と、黒野が顎に手をやった。


「掃除など、いつも私が男子にさせていたからな。女子はその横で楽しくお喋りするのが、私のいたクラスでは普通だった」

「……お前のいたクラスでは、だろ」


 俺は黒野にジト目を向けた。ここではそんな横暴通させねぇぞ、黒野。


「海外では、部活というものもあまり盛んではありません。授業が終わればすぐ帰る。掃除も部活もなんにもない。これが海外の“学校”です。もちろん、全部がそうではないですけど」


 そこまで聞いたみんなは、


「いいなー、海外の学校」

「でも、なんかそっけない感じするね」


 などと話しだした。うーん、俺はどうだろう? どっちかというと、海外の学校の方が合ってそうだけど。


「そこまでは分かった。で、何が言いたいんだ、無敵さん?」


 焦れてきたのか、宗像が声を荒げてそう訊ねた。


「つまり、日本の学校は“特殊”だということです」

「“特殊”……?」


 俺は思わず鸚鵡返しに呟いていた。


「各教科の知識だけを与えるのが目的なのであれば、海外のようにすればいいんです。でも、日本はそうしない。なぜなら、学校はそれだけを教える場所ではないからです」


 無敵さんは留守先生にその細い目を向けた。留守先生は、こくりと力強く頷いた。


「学校で勉強することは、数学や英語だけじゃないんです。礼儀礼節、協調、調和、正義と悪。そして友情に努力と勝利。学校は、それら全てが学べる場所。いえ、学ばせる場所。日本は、そう考えているんです」


 最後の友情と努力と勝利はジャンプ読めば学べそうだけど。むしろ、ジャンプさえ読んでいれば良さそうだけど。


「人が一人では出来ない何かを行う時。必ず誰かの力が、協力が必要になってきます。その時、人と人とを繋ぐもの。それが“共通認識”です。それは号令であり掃除であり給食の配膳であったり朝礼での整列であったり運動会での行進であったり、部活動だったりするんです。

 共通認識は、多ければ多いほどいいんです。学校は、今現在そこにいる生徒たちのみならず、すでに卒業した人々とも意識を共有出来る場所。だから号令がいるんです。“手始め”となる号令がいるんです」


 熱弁する無敵さんに、一人の女子がぽつりと言った。


「……そういえば私、小学校の頃、海外に住んでたけど……。日本の学校ほどの“連帯感”ってなかったな……。帰って来たばかりの頃は、そういうのって異質に映ったもんだけど」


 そして「へへっ」と笑った。


 それに力を得た無敵さんがとどめとばかりに語り出す。


「巨大な災害時、日本は“奇跡の国”と海外から賞賛されました。それは危機的状況下にあっても、暴動やパニックを起こすことなく、みんなが理性的に行動したからです。こんなことは日本でしかあり得ません。なぜか?

 これは“教育”によるものだと思います。善悪の判断や価値観が、“共通認識”として刷り込まれていたからなんです。宗像くんが『人民統制』だと言った刷り込みは、いい方向に働いた。それは刷り込みと同時に、個人としての判断基準も教育されているからです。情報が公開されているからです。集団としての考え方と、個人としての価値観を、見事に調和させているからです。家庭で子どもにそれを教える大人も、やっぱり学校で”勉強以外のこと”を教育されていたからです。

 あの奇跡の始めには、連綿と紡がれてきた『始業終業終礼の号令による挨拶』があるんです。だから号令は必要です。これまでも、これからも! 日本が、日本である為に!」


 しーんと静まり返った教室に、言い切った無敵さんの「はぁ、はぁ」という息遣いだけが響いていた。俺はただただ「言い切りやがったよ、こいつ」と感心していた。


 これ、こいつの個人的な考えなのか? それとも、誰かの……?


 ぱん、ぱん。


「宗像?」


 そんな静寂を破ったのは、宗像の手を叩く音だった。


「……なるほどな。それなら号令に従うことにも納得出来る。日本が“特殊”? いいじゃあないか、それでも。外からはどう映ろうとも、“奇跡”を起こせる特殊ならッ!」


 宗像がにやりと笑んだ。気障ったらしくウィンクまでした宗像だが、嫌味は微塵も感じない。


「宗像、くん」


 無敵さんが微笑みかける。嬉しそうに。満足そうに。


「ふっ。本当は撤廃論を用意していたんだが……。まぁ、それはまた今度披露することにしとこうか」


 宗像が、ゆっくりと立ち上がる。”賛成”を示すべく、立ち上がる。爽やかに、負け惜しみを言いながら。お前、本当に反論を思い付いていたのかよ? どうも怪しい気がするけど。ま、いいか。これで、ひとまず落着だ!

 見渡せば、クラスの全員が立っていた。照れ隠しか、枝毛を気にする振りをして立っている女子もいる。


「良かったね、オトっちゃん」


 七谷も笑っている。俺に笑いかけている。


「ああ」


 と、返事しようとして振り返った瞬間、俺の視界の端を、阿久戸志連が横切った。


「……っ!」


 阿久戸は。阿久戸だけは、立っていなかった!

 阿久戸は、俺を鬼かと見紛うような形相で睨んでいた。俺は思わず息を飲む。ぞわっと全身の毛穴が開いていた。


「どうした、ホズミ?」

「後藤田。……いや、別に……」


 ここまで一切役に立たなかった後藤田のお陰で我に返る。それにしても、本当に役立たずだったなぁ、お前。こいつ、結局ただのホモ×妹ラブキャラだったのか。今後も活躍しそうにないな。俺は後藤田をそう見切り、無敵さんを労おうとして声をかけた。あと、お礼も言わなくちゃ、だよな。


「やったな。お疲れ様、無敵さん」


 ぽん、と肩に手を置いた。そっとだ。いやらしい気持ちなんてないぞ。なのに。


「は、はいー……」

「む、無敵さん?」


 無敵さんは、ふわー、と横に傾いた。そのまま。


「無敵さんっ!」


 だん、と派手な音を立て、教室の床に倒れていった。


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