ユーレイ寺の嫁 ~このお坊さん、成仏させないんですけどっ~

櫻井彰斗(菱沼あゆ)

ユーレイ寺の環

狐が来ました


 晴れた空から、サーッと雨が降り注いだ。

 柔らかな優しい雨だ。


 頭に触れたそれに長谷川環はせがわ たまきは顔を上げる。


 この寺がユーレイ寺と呼ばれる所以ゆえんである蔵の前で、木を割っていた環は、狐の嫁入りか、と思いながら、顔を上げた。


 するとそこには、何処から現れたのか、まったくこの田舎に似合っていない、都会的な美女が立っていた。


 彼女は腰に手をやり、偉そうな態度で言ってくる。


「こんにちは。

 貴方の嫁です」


「……一人が暮らすのがやっとなのに、嫁をもらった覚えはないが」


 女は、先程の自分のように、一瞬、空を見上げてから言う。


「私は、貴方に助けてもらった狐です」

「狐も助けた覚えはない」


 っていうか、お前今、狐の嫁入り見て思いついたろ、と思う。

 なんと適当な女だ。


「此処には付け狙われるような財産はないぞ。

 お前は誰だ」


 そう言いはしたが、泥棒だとか、詐欺師だとか言われるよりも、狐かなにかのあやかしだと言われた方が、しっくりくる感じの女だった。


 今のは冗談だったのか、女は軽く肩をすくめたあとで、

「私、ほとりと言います」

と人間の名前を名乗ってきた。


「なにも聞いてはいらっしゃいませんか? 環さん。


 私は貴方のご両親に買われ、うちの親に叩き売られた貴方の嫁です」


 そこで、ほとりは、山ばかりの周囲を見回し、


「ところで、此処は、東京から新幹線で小一時間と聞いていたんですが。

 ……此処は日本ですか?」


 そんな失礼なことを言ってくる。


「そして、環さんはお坊さんで、此処はお寺ですよね?

 あれは成仏させなくていいんですか?」


 自分が来たときから、ずっと松の木にぶら下がっているおじさんを指差すほとりに、この女、見えるのか、と環は思う。


「いい。そのうち気が済むだろう」


 スーツを着た首吊りおじさんは、ほとりを見て、ちょっと恥ずかしそうに、

「こんにちは」

と挨拶していた。


 まだまだ成仏する気はなさそうだ……。






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