2-2.
◆
その後のことを語るのは簡単だ。荒川が学校に来なくなった。
翌日も、その翌日も、そのまた翌日も。
荒川は学校に来なかった。
欠席理由は不明。連絡しても返事がない。始まったばかりの部活もほったらかし。
誰も彼女の行方を知らない。
それだけの話。
そう、それだけの話――なんてこと、もちろんあるわけねーだろフザけんな死ね。
いきなり来なくなった。誰に何を言い残すこともなく。まるで失踪してしまったかのように。
欠席理由が不明、というのは少し語弊があり――一応表向きには、体調不良ということになっている。何故そうわかるかと言うと、担任のテラサキが火曜日のホームルームでそう言ったからだ。
「えー、荒川は体調不良で欠席だ。ああ見えて意外と体が弱いらしい。しばらく休むことになりそうだからよろしく、と今朝ご家族から連絡があった。授業の連絡事項とかは誰かメールかなんかで教えてやっといてくれ――そうだな、江戸。荒川のことならお前が適任だよな。頼んだぞ」
この際、テラサキのセリフの終わりの方に大きく誤解を招くような内容が入っていたのはともかくとして――俺は彼が言ったことに、大いなる違和感を抱いたのだった。
――いくらなんでも、おかしいだろ。そんなことあり得ない。不可解すぎる。
いや、確かに俺以外のクラスメイトたちなら、テラサキの言葉を鵜呑みにできたかもしれない――荒川にはつい二週間前にも、一週間丸々欠席したという前例があるからな。その時の表向きの理由も、同じく体調不良だった。真の理由を知っているのはこの教室内には俺しかいないので、宮をも含め、荒川が体調を崩しやすい体質なんだと言われたとしても何の不思議も持つことはないだろう。
立て続けに長期間欠席を繰り返すクラスメイト。そんな奴は、病弱以外のなんでもない。荒川が実はそうだったという、それだけの話。
でも、このクラスで、いや、この学校内で唯一、事の真相を知っている俺だからこそ言える――不本意ながらも荒川というクラスメイトのことを誰より知っている俺だからこそわかる――そんなこと、あるはずがないんだ。
そんなこと、一度も聞いていない。そんな姿は、一度も見たことがない。自由奔放、傍若無人を体現する荒川は常に自転車を携帯し、また隙あらば楽しそうに乗っていることからもわかるように――彼女は基本的に、かなり元気だ。健康的だ。出会ってからこの方、俺は一度も(数件の例外を除いて。例えば電車に乗った時など)荒川が体調を崩しているところなど見たことがない。体調を崩す気配すら見えない。むしろちょっとは元気なくせと言いたくなるくらい、彼女はエネルギーに満ち溢れている。
それなのに、いきなり体調不良で、しかも体が弱いだなんて、にわかには信じられない――何か隠されていると、俺は直感した。
そもそも、体調不良だけならまだしも、連絡が取れないという点からしても明らかにおかしい。特に多忙なアリスさんとは、学年が違うこともあってなかなか会えないことから、しょっちゅう携帯で連絡を取り合っているらしい荒川のことだ。宮もこの土日はメールで何かしらのやり取りをしたらしいし、俺も何だかんだけっこうな回数で事務連絡(荒川の電話番号とメールアドレスを手に入れてから早二週間。部活のこと及び、授業のこととかを話した)を行っている。
荒川は――人恋しいのだろうか――家にいる時は携帯使用率がかなり高いらしく、基本的に返事は一時間以内に来る。送られてくる文面は性格の割に女子力の高さを潜在的に伺わせるし、そういった点に関してもやはり何だかんだすったもんだで普通の女子高生っぽい彼女なんだ――こんな時に限って、携帯を見ていないなどということがあるのだろうか?
病床に伏せているから携帯もいじれないんだと言われればぐうの音も出ないけれど――しかし、腑に落ちない。荒川に限って、そんなことはない。根拠はないが、俺はそう思うのだった。プロフェッショナルの俺の勘が告げている――荒川の身に、何かが起きた。何か良くないことが、彼女を襲った。体調不良と言うのは嘘で、何かが隠されている。彼女の欠席には、必ず裏がある。でも――一体それは何?
まさか、荒川すなわち可憐な女子高生にとって最悪とも言える事態が起こりでもしたのか――いいや、それこそおかしい。荒川は並みの男相手なら回し蹴りで相手を分断された遺体にすることも訳はないような女子だ――そんな彼女を襲えるような男がこの国に存在するとは思えない。
じゃあ一体何なのか?
――その答えを探すヒントは、身近なところに隠されていたのだった。
「江戸、どうすんだよ。荒川の奴、まだ来ないじゃんか。絶対お前があんなこと言ったせいだろ」
荒川の欠席三日目の木曜日。休み時間中の奥田との会話。
「ああん? あんなこと? 何のことだ?」
「とぼけんなよ。月曜にお前、あいつと喧嘩してたじゃねえか」
「記憶にないな」
「おい」
俺は何も知らないフリをしようとしたがしかし、
「それは酷いよ、江戸君」
左隣の眼鏡女子によって妨げられる。
そんなに見過ごせない有様だったのだろうか――参加していた女子トークからわざわざ抜け出しまでしてきたスバルは、咎めるような厳しさがあるものの無条件に人を刺すような荒々しさとは程遠いまっすぐな視線で俺を捉えて、
「別にどっちが悪いとかは言わないし、って言うかこの件に関してはどっちも悪くはないと思うけど……とにかく荒川さん、とっても傷ついてそうだったじゃない。江戸君のせいだって言うわけではないけど、期待してくれてた荒川さんのことをどうでもいい風に忘れたなんていうのは、あまりにも彼女が不憫だよ」
「一体全体、何のことやら私にはサッパリ……」
「ちょっと。ここふざけるトコじゃないよ」
そう言われても、覚えていないものは覚えていないのだから仕方がない。
そう白を切れれば良かったものを――言われて思い当たる節があったのも、また確かなのが悲しい現実だ。
月曜日、登校するなり荒川が何を言ってきたか――そして俺が何と答えたか――脳は自制を受け付けず、自動的に記憶の再生が始まる――。
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