第20話 王子様の決断

王子が兵を率いてダンジョンに入ってから五日目、彼らはようやく地下十階へと到達した。

当初はすぐに攻略できると考えられていたが、予想外の事態が重なったせいで時間がかかっていた。


まずダンジョンが本格起動し、空気が循環し気温が上昇した。そのことにより、奥深くに滞留していた毒ガスが上層へと上がってきた。

ガスは吸った者の行動を遅らせる程度のものだったが、それは王子が考えていたよりもはるかに厄介だった。

その上、目覚めたばかりのダンジョンでは出てくるはずのない中級モンスターが、氷漬けの状態で多数封印されていて、その封印が解けてダンジョンを徘徊するようになった。


強力なモンスターはレベルの低い兵士には対応が難しいので、レベルの高い者を最前線に送らなければならない。だが目覚めたばかりのダンジョンだとあなどっていたせいで、レベルの高い兵士を少ししか連れてきてはいなかった。

レベルが高い兵士であっても戦えば疲れるし、毒ガスによって動きがにぶり、ケガが増える。

回復と治療に費やす時間が増えたために、ダンジョン攻略は予定よりもはるかに遅れていた。


地下十階の階段前の広い通路には、仮の陣が設置されていた。

正面の大きな扉は固く閉ざされ、六つの鍵穴が目立つようについている。通路の両側には六つの小さな扉がある。

古い資料に書かれていたとおりだったことに、騎士隊長のライゼルは心の中でほっと息をついていた。


「ライゼル、今の状況はどうなっている」


振り返ればファントマ王子が、兵士を共に連れて階段から降りてくるところだった。

王子は、ダンジョンの中では戦場と同じだとして、余計な礼儀で時間を無駄にするのを好まない。ライゼルはすぐに報告をまとめたものを持って、王子に説明を始めた。


「過去の資料通り、正面の大扉の先こそが、この階層のボス部屋でしょう。現在はその扉を開くために必要な、六つのカギを捜索しているところです。通路の両側の六つの扉の先に、それぞれ一つずつカギがあると資料に書かれています」


王子は資料を受け取り、それに目をとおす。

古い資料を解読しながら新しい紙に書き直されたそれは、読みにくい部分を残しつつも簡略に書かれているように見えた。


「ただ、気になる部分があります。ほとんどはこの資料のとおりなのですが、一部大きな違いがあるとの報告があります」


「それはどのようなものだ」


ライゼルは王子の手元の資料の一つを指さす。それは六つの部屋のひとつ、通路を抜けた先にある大部屋が描かれたマップだった。


「ここの通路は短く単純で、さらに大部屋があることからボス前の休憩所として利用するつもりでいました。しかし報告によれば、今そこには小さな泉ができていて、さらに苔とフェールウィードが繁殖した、およそ休むのに向かない場所になっているようです」


水は澄んでいて飲料に使えることがわかっていたが、それでも十分な休息場所が近くにないのは行軍には都合が悪い。二つ上の階に休憩場所を確保してはいるが、さすがにそこはボス部屋まで遠すぎた。


「休息は不十分になるか。だがそれでも、急ぐ必要がある」


「はい、申し訳ありません。私の見通しが甘かったばかりに」


「よい。最後に決めたのは我だ。今回のことは、我が未熟だっただけのことだ」


王子がライゼルを制して言う。

軍隊行動には、とにかく物資が必要になる。食料、薬品、そして何より重要なのは水だ。

食事ができずに飢えることは耐えられても、水が足りないせいで渇くことは命の危険につながる。

彼らは過去の資料からこのダンジョンでの水の補給は絶望的であると判断し、食料よりも水を多く持ち込んでいた。

そのため、全隊に行き渡るだけの食料が、もう一日分も残っていなかった。


本拠である王城はすぐ近くであり、目覚めたばかりのダンジョンであれば補給も楽だと考えていたが、封印の解けたモンスターなどの予定外の事態により補給が困難になった。

王城への補給要請にも補給物資の運搬にも護衛の兵士が必要になり、それをしては肝心のダンジョン探索が不可能になる。

そのため、現状を打開する方法に王子が選んだのは、非常にシンプルな方法だった。


「食料がつきる前にボスを打倒し、その先にある転送陣から帰還する。ボス戦は予定通り、ライゼル、お前が指揮を執れ。今まで我の護衛ばかりで退屈していただろう。存分に暴れてくるがいい」


「はい、速やかにボスを討伐し、ダンジョンの外への道を拓くことをお約束します」


ライゼルは胸を叩き、力強く宣言した。





それから間もなく、六つのカギが集まった。

それぞれの通路を先頭に立って捜索した高レベルの者は、仮の陣での休息を許された。

ライゼルは、王子の護衛をしていた騎士と、待機していた兵士をつれてボス部屋の扉を開く。ゆっくりと開かれてゆく扉の先に見えたのは、隊列を組む十体のスケルトン兵だった。

部屋の床はフェールウィードがうごめき、不気味な気配を発している。


ライゼル達がボス部屋に入ると、背後で扉がゆっくり閉まっていく。

ライゼルは兵を指揮し、スケルトンに対する隊列を組ませた。


スケルトン兵は、五体ずつの二列に並んでいる。前列は上半身が隠れる程度の丸盾を構えていて、その後ろでは長い槍を構えているのが見える。


「陣を組む知能があるとは、さすがボス部屋のスケルトン、と言いたいところですが、我々には無意味です。騎士隊、盾構え!」


ライゼルの号令で、四人の騎士が盾を構える。それはタワーシールドと呼ばれる全身を隠すほどの大盾で、危険なことが起こればこれを構えて王子を囲み、あらゆる方向からの攻撃を防ぐ役目を持っている。

それを構えた騎士達は、さながらボス部屋に現れた大きな壁だった。


「兵隊、武器構え!」


今度は六人の兵士が、手に持ったそれぞれの武器を構える。

彼らは中級モンスターと戦った者達ほどではないが、それなりに経験を積んだ兵士だ。封印されていた中級モンスターと違い、自然発生するダンジョンモンスターなら彼らでも通用するだろうと抜擢された。

しっかりとした装備に身を固めた騎士が防御を固めれば、どんな敵が出てきても安全に戦えると考えられた編成だった。


「それではボス部屋の攻略を開始しますよ。全隊前進!」

「イエ、ッサー!」


ライゼルの掛け声に力のこもった返事が続く。

彼らは自分たちが王子を助け、部隊を助けることができると信じて疑っていなかった。

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