第4話

 ――革命。

 ルゥはその言葉を聞いたとき、全身の肌が泡立つのを感じたのだった。心がざわつき、強風に煽られたような、雷に打たれたような、衝撃にも似た何かがルゥを襲った。捜し物が見つかったように思えた。

 革命だ。

 それこそが今、俺達に必要なものだ。

 こんな世界はおかしい。人と違う、おかしな姿で生まれてきた。親を殺して生まれてきた。それを罪深いと人は言う。悪徳だと迫害する。こんな世界はおかしい。だって、好きでそんな風に生まれてきたわけじゃない。

 神様が全てを創ったのだという。ならばどうして俺達のようなものを創ったんだ? 全知全能なんだろう神様。生まれてきたことが、その生命こそが罪なら、どうしてそんな罪の塊を創ったんだ? 答えは簡単だ。神様なんて居ないからだ。

 神様が居ないなら、善も悪もないだろう。最後の審判なんて来ない。善も悪も、決めるのはいつだって人間だ。その時代の多数の人間が持つ価値観こそが善悪だ。神様が居るとすれば、それは、それこそが人間だ。

 善も悪も人間様が決めるならば、俺達が今の善悪をひっくり返すことだって出来るはずだろう。だって、俺達だって人間だ。おかしなカタチをしていても、俺達はれっきとした人間なんだ。

 革命をするんだ。自由を手にした俺達が、異形と呼ばれ迫害され自由を奪われる同胞を救うために。生まれ落ちた瞬間その命を奪われる人と異なる姿を持って生まれてきた赤ん坊を救うために。

 そのためにこそ、俺は生まれたんだ。そう、ルゥは確信した。


 それを伝えれば、仲間達は賛同してくれた。いつまでも日陰者は嫌だと皆思っていたのだ。ルゥ達は静かに、慎重に、しかし確実に、準備を整え始めた。革命を行うには力が要る。自分達を迫害する者から身を守るための力だ。

 ルゥ達はまず、自分達なりに戦い方を覚えた。食料は少ないから出来るだけ体力を消費しないよう体の動かし方をお互いに組み手をしながら試行錯誤したのである。

 情報も必要だった。市場にいる人々のうわさ話はいい情報源だ。市場に出て行くことが出来るのは限られる。ウルソンは腕を隠しようがないために不可能だ。結局可能であると判断されたのはルゥとアルフレッド、ギリギリでレオナ、そして胸に宝石が生まれつき埋め込まれている仲間、エリックだけだった。

 ルゥとアルフレッドがローブを深く被らなければならず、レオナに至っては包帯で顔全体を隠さねばならないのに対して、エリックは胸元の宝石以外は普通の人間と遜色なかったので、聞き込みを行うのは大概が彼だった。宝石は服の下に隠れて、人々はエリックが異形だと気付きもしなかった。

 そして、何より必要なのは、仲間だ。革命という、大事を成すには数が要る。ルゥ達は情報を集め、近くに異形を飼う者が居ると聞けば、調査し、可能ならば計画を立てて捕らえられた同士を助け出した。

 大概、異形を飼っている人間は慢心した金持ちである。油断しきったそいつらから、さして厳重に守られてもいない異形を助け出すのはそれほど難しいことではなかった。そもそもルゥ達もまた、かつては捕らえられていた身だ。だからこそ大体の『飼い方』のパターンは把握していた。

 助けた異形達は大体がルゥ達と共にいることを選び、仲間になった。ルゥ達の考えに感銘を受けたのだという者もいれば、外に出て一人で居るよりも集団で居る方がいい、と言う者も居た。仲間になる理由は様々だったが、皆総じて革命には賛同した。こんな世界は間違っていると、皆考えていたのだ。

 また、『協力者』を異形以外にも得る必要があった。圧倒的に異形よりそうでない普通の人間が多い世界で、異形の支持者が居るだけではいけない。

 異形以外の人間を排他するなどといった方法をとるつもりはなかった。そんな方法では世界は変えられない。大多数の、迫害する人間達の意識を変えていかねばならない。実に難しいことだが、希望がないわけではなかった。ルゥとウルソンに続くように一部の異形達が脱走という反抗を行うようになったことで、異形を飼う金持ちは嘲り、一般人は好き勝手騒ぎ立てた。その中で、一部、「異形といっても生命なのだから一概に迫害するのは間違っているのではないか」と言い出す者達も居たのだった。ルゥ達の反抗が影響を与えたのは異形達にだけではなかったのだ。それはルゥ達にとっては、紛れもなく好機であった。

 その好機を逃すわけにはいかない。ルゥ達は情報を集めた。率先して情報を集めたのは、やはりエリックである。異形に好意的だ、と噂される人物を捜し、その噂の信憑性を確かめ、確信が持てたなら接触を試みる。

 最後の段階まで辿り着ける人物はほぼ、居ないに等しかった。手掛かりがまず噂からなのだ。どうしても確信を得られる情報を持つのは難しい。しかしルゥ達は慎重に動かねばならなかった。何せ、失敗は許されないのだ。自分達を迫害する『敵』に、自分達の行動を知られるわけにはいかなかった。もしも知られてしまえば、奴らは自分達をあの廃墟ごと焼き殺すだろう。

 そうやって、ルゥ達が革命のため、秘密裏に動き出してから数年。着実に、計画は進んでいた。同じ異形の同志の数も増え、革命グループ「反狼の牙」は初めは五人ほどの集まりだったが、今では十六人ほどの小部隊となった。その存在は異形ではない人間達の噂でも広がるほどだ。勿論、拠点の場所や人数などの詳細は伝わっていない。根拠はないぼやけた噂として、密やかに流れているだけである。

 噂が広がることはデメリットもある。噂を聞き、異形を欲しがる金持ちや科学者はその集まった異形達を捕らえたがった。異形を排他しようとする宗教家や一般人は拠点ごと殺すべきだと騒いだ。彼らは総じて拠点を探したがった。

 だが、これはさほど大きなリスクにはならなかった。発端が噂なだけあって、在るかどうかも分からない革命グループを手掛かりもなしに探そうとする物好きは居なかったのである。それよりも、ルゥ達には噂が広がることによるメリットの方が大きかった。


 それは、その噂を聞いた異形達が、革命を望んで立ち上がることだった。


 レオナ達がそうだったように、この異形が迫害される世界で、それを覆そうと奮起する者達の存在を聞いて影響を受ける者が出ないか、と考えたのだ。

 事実、ルゥ達は他国で異形達が脱走し、反旗を翻しだしたという情報をいくつか掴んでいた。「反狼の牙」の後進グループである。紛れもなくこの世界には、少しずつだが革命が広がってきているのだった。

 異形ではない協力者も、数はかなり少ないとはいえ得ることは出来ている。彼らの支援を得つつ、ルゥ達は確実に活動範囲を広げている。食料等の物資は度々協力者から補給していた。住処を提供しようと言う者も居たが、その申し出は拒否した。住処であり革命グループ「反狼の牙」の拠点である廃墟の場所は協力者にも教えていない。もしもの事を考えてのことだ。


 ――今日もまた、ルゥ達は市場の裏路地での秘密の『待ち合わせ』場所にて物資を補給した帰りであった。

 反狼の牙のリーダーであるルゥには、拠点に帰れば諸々とやることは山積みになっている。エリックを筆頭とする諜報部隊からの報告を受け、今後の動きを考えるのはルゥの仕事だった。反狼の牙の中で一番賢かったからだ。大抵の仲間が生まれてすぐ売り飛ばされた中で、ルゥだけは曲がりなりにも数年親の元で教育を受けたのだ。

 ここまでやってきたんだ。そんな実感がルゥにはあった。反狼の牙も大きくなった。人の意識も、少しずつ変えてきた。もう少しだ。

 もう少しで、俺達が『正義』になる。

「……ウルソン、もう少しだ」

 ルゥの呟きに、ウルソンが隣の兄貴分を見上げた。その顔を見て、ルゥが何を考えているか、付き合いの長い弟分は分かったのだろう。にかりと、いつものように笑んだ。

「そうだなっ、おれ、早く市場ってとこ、行ってみたいよ」

 答えるように、ルゥも少しだけ微笑んだ。

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