マイノリティの烙印を

ミカヅキ

プロローグ

 赤い赤い血だまりの中に、彼はぼんやりとへたりこんでいた。

 彼の手にある包丁は真っ赤に染まっている。刃先から、重力に従って落ちた滴は、べちょり、と水よりも随分と湿っぽい音を立てて地面に落ちた。

 血だまりは彼の付近に転がる二つの死体から溢れ出る血液が形成したものだった。二つの、かつては人だった肉塊は見るも無惨な姿で転がっている。

 きっとこの惨状を見る人は、皆顔をしかめて目をそらすだろう。人によっては嘔吐してしまうかもしれない。

 そうして、彼らはおそらく揃ってこう言うはずだ。


「なんて酷い死体なんだ。きっと彼らを殺した犯人は、彼らにとんでもない恨みを抱いていたに違いない」


 果たして。

 その犯人は、ただ呆然とその惨状を眺めていた。

 彼の手から包丁が滑り落ちる。

 滑り落ちた包丁は、血だまりの中に落ち込んでべちゃりと嫌な音を立てた。

 彼は呆然とその惨状を眺めていた。落ちた包丁は彼の興味をひかなかったらしかった。

 彼は膝から崩れ落ち、今度は血だまりが、ばちゃりとそんな音を立てた。

 彼はうめく。

 言葉にならない言葉が彼の喉を渦巻いて、意味のなさないうめきに変わったのだった。


「……な、さい」


 呟くように言葉を漏らした。

 漸く、彼の喉から意味をなす言葉として出てきたその音は、しかし誰にも届くことなく血だまりの中に消えてしまう。


「ごめ、ん、なさい……」

「かみ、さま」


 彼は、彼の首からかけていた十字架のネックレスを、縋るかのように掴んだ。


「かみさま」

「かみさま、どうして……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る