第5話1.メスを握る二人の魔女

「ねぇ、優華ちゃん。また大きくなったんじゃないこのおっぱい。羨ましいなぁ」

「ふん。ワンサイズアップしただけよ」

「羨ましいなぁ、まだ成長期なんだ」

「成長期? もうそんな年じゃないでしょお互いに」

「年の事は言いうな。私はまだ若い……つもりだ!」

「何言ってるの、もうじき私達次の段階の年に入るじゃない。あ、貴方はもう入っていたわね」

「言うな、それを言ってしまったら私の人生は……」

「終わる訳ないでしょ。メスを握るのが終わる事は私達にはないのよ」


「あのぉ……よ。宜しいですか?」


おずおずとこの二人の間に割って入ろうとするこの私、笹山歩佳なのです。


姉とは言っても職場では上司であり、私達の指導医である立場にあるから、節度をわきまえて……。わきまえてほしいのはこの二人の方なんだが……。

「どうしたの歩佳先生」

奥村先生がいつもと変わらない口調で訊く。ちょっと冷たくも感じるその口調。だいぶ慣れて来たけど、姉さんはどうしてこんなにも奥村先生と仲がいいんだろう。姉さんの性格から見ても合うタイプじゃないと思うんだけど。


「あ、いえ、こちらの報告書とレポートの提出なんですけど」

「ああ、それねそこのディスクに置いといて、あとで目を通しておくから」


「はい……」

「まだ何か?」


「あ、いえ……実は私用要件なんですけど。母が、お母さんがたまには家に帰ってくるようにと……その、姉さんに」

「また、その事か。行けば行ったでまたお互い嫌な思いをするだけだろ。年に2回は顔を出しているんだからそれでいいだろ。それに明日のオフは優華と温泉に行く事になっているんだ。温泉と言っても都内のスパだけどな」


「温泉……ですか、いいですね」

「中に確かエステも入っていたな。肌に磨きをかけんとな、それに疲れも溜まっているし……ああ」

「肌に磨きね。そうね何か手を加えないと私達はくすむだけ。歩佳先生の頃が羨ましいくらいよ」

「そんな奥村先生の方がずっとお若いですよ」

「そんなこと言っても点数には加算されなくてよ」

「ははは、最もだ。私には効くかもしれないが、優華には全くの無意味な事だ」

まったく、姉だったらそこは何とか引き上げてくれてもいいんじゃないの? そんなことを心の中で叫んでいたら。


「そう言えば明日は歩佳先生も日中はオフよね。課外授業で私達に付き合わない?」

奥村先生が意味ありげに私を誘う……う――、この二人と温泉? 何か物凄くヤバい気がするんだけど。でも断ることは出来なそう……。

あの無表情に言う奥村先生に『いけません』という言葉は出せなかった。


結局次の日私達は都内のスパで温泉に浸かっている。

しかし、奥村先生のバストはすごい。F? G? それなのにだら――んと垂れ下がった感がまったくない。むしろ姉さんの方が少し垂れてきている。

しかもあのスタイルの良さ。

何かトレーニングでもしているんだろうか?


「奥村先生、何かスポーツでもされていますか?」

「どうして?」

「だって体のライン物凄く綺麗なんですもの」

「ちょっと、たまにジムに通っている程度よ。でも大きなオペに入ると5キロは一気に体重落ちるけど」

「はぁ―、5キロですか……」

「そうだ、オペは体力勝負、そして精神力勝負だからな。もっとも外科医はアスリートと同じだ。平静を保ちながら極限の体力と精神力が物を言うからな」


う――、そんな事を言われてもこの二人は特別なんだ。

この二人は魔女だ。

外科医の仮面をかぶった魔女。その魔女が日夜メスを握っているんだ。


「歩佳、時期にお前もそうなるさ」

ならない、ならない……私はあなた達みたいな魔女にはならない……つもり、だ。でも指導医が魔女なら、私も魔女の養成指導を受けている事になる?

あ――、やっぱりわからん。頭に血が上がる、のぼせてしまいそうだ。


お湯から上がり、冷たいシャワーを頭からかけ頭を冷やしていると、後ろから胸をわしづかみにして。

「歩佳、お前もまた大きくなったじゃん」

後ろから聞える姉さんの声とまだ揉まれている私の胸。

「あのね。いい還元にして。いくら指導医でも、姉でもお互いもう大人なんだからやめてよ」

「あ、怒ったごめんごめん」とシラを切るように離れていく姉さん。

まったくもう……。やっぱりこの二人にはついてくるべきではなかった。

その後、姉さんが後ろからぼっそりとした声で言った。

「優華、支えてやってくれ。お前の出来る範囲でいいから」

何のことかは解らなかったけど、あの姉さんにしては真剣な重い言葉に聞こえた。


そしてこの後、私達は事件に巻き込まれることとなる。


メスを握る魔女二人と共に……。


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