高度救命救急センターの憂鬱 Spinoff

さかき原枝都は(さかきはらえつは)

第1話1.長い夜に………


今日の当直医は救命医の笹山ささやまゆみと、奥村優華おくむらゆうかの二人。この二人がコンビの時には、必ずこの救命センターは修羅場と化す。


プレミアムフライディーの午後11時50分。エマージェンシーコールが静まり返ったセンター内に鳴り響く。


「はい北部救命センターです」

「こちら北部レスキュー高橋です。自動車による交通事故負傷者2名の搬送受け入れをお願いいたします」

「了解しました。状態は?」

「1名は徐脈によりAED使用、心拍戻りません。もう1名は意識あり、頭部より出血、左側腹部に金属片の様なものが刺さっています」

「わかりました。搬送お願いします」

「了解」


受話器を置き、ディスクに向かう奥村優華の後ろから手をまわし。

「ねぇ、優華ちゃん2名だって、一人は心肺停止みたい」

「嬉しそうね」

「そうぉ? だって今日暇じゃない」

「私たちが暇って言う事はいい事じゃなくて……」

「まぁね」

「それより、いい加減私の胸、撫でるのやめてくれない?」

「いいじゃない減るもんじゃないし。何なら私の胸も撫でてみる?」

「馬鹿な事言ってないで、ゆみも気持ち切り替えなさい。行くわよ」

「うふふ、さぁーてやるとしますか……」


救急車のサイレンの音が止まる。

緊急搬送入り口に2台の救急車が止まった。


後部ハッチが開けられストレッチャーが車体から出る。

一人は心臓マッサージを救急隊員が行っていた。

挿管はされていない。

「心停止確認から何分経過しました?」

「およそ8分です」

看護師が輸液、とモニターの準備をする。

いちにさん、いつもの掛け声とともに、ストレッチャーから処置台へ患者を移動させる。


処置台に移動された患者の腕から看護師がラインを取る。

笹山ゆみは即座に患者の口を開き挿管器具を装着させる。

「挿管完了」チューブを呼吸器につなぐ、ものの3分ともかからず行うその速さ


バイタルは?

「心拍………VF《心室細動》です」

患者の状態は未だ意識がない、体全体を即座に見回し外傷による出血がないことを確認する。そして笹山ゆみは言う。

「除細動」

準備をしている看護師からチャージOK。と声が返ってきた。


「離れて!」パドルを患者の胸に当て電気ショックを与える。

ドクン、かすかな鈍い音が患者から発せられる。

モニターを見てその波形が依然微弱な波形であることを見つつ。

「モジュールを上げて」

「はい……チャージOKです」看護師が答える。

再び彼女は言う

「離れて!」ドクンと患者の体が少し跳ねあがる。

長い間の後(実際は数秒間であるが、そんな体感時間に感じる長さであった)、ピクンとモニターの波形に動きがある事を見る。

ピッ、ピッと今までと違う強さを持った波形が戻る。


「ふぅ、何とか動いた。まずは頭部と腹部、骨盤のCTへ」

患者を移動しCT検査室へと移動させた。

「奥村先生そっちはどう?」

「そっち落ち着いたみたいね。ちょっと手を貸してもらえるとありがたいかなぁ」

「何が刺さっている?」

「さぁ何かは分からないけどペンみたいなものかしら。とりあえずオペしない行けないわね。ここでやる?」

「やるしかないんじゃない。まずは刺さっている物取り除かなきゃいけないでしょ」

「そうね。開胸セット準備して」

「ねぇ同意書は?」

「局部麻酔が効いているし本人意識もあるから、訊いてみて」

「遠野さん、解りますか?」

患者の彼女は軽く頷く。


笹山医師は臆することなく患者に向かい言う。

「遠野さん、あなたのお腹に今ペンの様なものが刺さっています。それを取り除かないと命に関わります。そのための手術を行います。承諾いただけますか?」

こくりと力なく患者は頷いた。


「ご家族や親類は?」

「もうじき来るんじゃない。さっき救急隊員から警察から連絡が行っているみたいだから」

「そう、来るの待つ?」

「多分……まってられないと思うわ。出血の量が徐々に増えている」


「ならば……緊急オペだな。応援よぼっかぁ」

「ええ、ここでは刺さっているペンを取り除くことしかできない。その後の回復オペが必要になるから、オペ室も抑えておいて」

「解った……」

笹山医師の表情が変わる。一人の外科医としての姿に彼女は変貌する。


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