Desire/Disaster

雪本つぐみ

序章 「十年前」

Prologue: 或る冬の日の朝

 Desire/Disaster 

                 雪本つぐみ

 


 始まりは、雪が深々と降り積もる、ある冬の日の朝。


「ねえ、どうして動かないの」

「クロエはね、ここから遠い所へ旅立ったんだよ」

「もう、戻ってこられないの? クロエには会えないの?」

「ああ。さあ、お放し。クロエを埋めに行こう」

「嫌だ、嫌だよ。埋めたらもう会えなくなっちゃう……」

「仕方ないよ。どんな生き物もいつかは死ぬ運命なのだから」

 死。それは七歳の××が体験する初めての死だった。××にはあまりにも深淵で、残酷な言葉だった。

 死は生物にとって最大の恐怖であり、避けられぬ宿命であり、克服し得ぬ現実。××がそう理解するには、愛猫あいびょうの死は早すぎた。

「いつか……お姉ちゃんも死ぬの? お母さんも?」

「うん、残念ながらね。死はこの世に生を受けたもの全てに平等に課される、宿題みたいなものなんだよ。仕方ないんだ」

「そんなのいやだ。いやだよ。死にたくない。誰にも死んでほしくない。お姉ちゃんも死なないでよ」

 姉は悲しそうに微笑んで、××の頭に積もった雪を優しく振り払った。

「さあ、風邪を引くといけないからもう家へ帰ろう」

 雪は二人を包み込むように、まるで二人を世界から切り離すように降り続いていた。


 それはもう思い出せない筈の記憶。××××の原初の記憶。そして××は、また遠い夢を見る。

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