第2話 もふもふに、とり憑かれました


 山道を歩きながら、三人(?)は話していた。


「塞の神って、道端の神様だよな。

 村の境を守ったり、旅人の安全を見守ったりする」


 それが何故、カピバラ……と冬馬が瞳の胸ポケットの、ちっちゃなカピバラのキーホルダーを見ながら呟く。


「今では、塞の神とか道祖神とか、猿田彦とか。

 境を守ったり、道を開いてくれたりするものが、いろいろいっしょくたになっちゃったりしてますけどね~」


 息を切らして、山を登りながら、瞳は言った。

 

 うう。

 下りはまだよかったが、上りはきついな、と思いながら。


 冬馬が、

「そういえば、その塞の神と同一視されることもある道祖神って、近親相姦を犯した人間がなるとか言われているな。


 長旅の途中で、近親間で過ちを犯してしまって、どちらかがどちらかを切り殺し、道端に祀ったりとかしたのが、道祖神になったりしてるんだよな」

と言うと、カピバラが動かぬ口で言ってくる。


「そうだなー。

 私も斬り殺されたのよ。


 妹に迫られて、断ったら、後ろから袈裟懸けさがけに」


 ひーっ。


「それで、道端で人を呪っておったのだが。


 妹が私の墓にと石を置いていったのを旅人や村の子どもが、塞の神かと思って、花を置いたりして祈ってくれておったのだ。


 いつぞや、その花を持って逃げようとしたやからが居たので、軽く祟ってみたら。


 それから、私の墓の前を通るときには、なんでもいいから、なにか物を置いていかないと祟られるとかいう間違った信仰が広まって。


 気がついたら、いらない笠とか、蓑とか、割れた茶碗とかが置かれるようになっていたのだ……」

と無表情なカピバラのキーホルダーが言ってくる。


「だがまあ、それだとて、みなが私を忘れないでいてくれるあかしだからな。

 私は塞の神となって、この地を守ろうと誓ったのだよ」


 うーむ。

 この人は、いい人なのだろうか。


 それとも、悪い人なのだろうかな、と思う瞳の前で、冬馬が訊いていた。


「で、結局、今のあんたは塞の神なんだな?」


「そうだな。

 私が神と呼ばれるような立派なものかどうかは知らないが。


 人がそうあって欲しいと願うのなら、こたえようとは思っておる。


 まあ、元から神とはそのようなものなのではないのかな。


 誰かが石を置く。


 これは塞の神だと言って、拝まれる。


 ええっ!? と思う。


 神になろうとする。


 ――みたいな感じじゃないのか?」


 それ、聞いてる私が、ええっ!? なんですが、と瞳が思っていると、いきなり、冬馬が瞳を拝み出した。


「……な、なんなんですか、小早川さん」

と瞳が後ずさりながら言うと、


「いや、そうなれと祈ったら、人はそうなろうとするんだろ?

 お前が立派な刑事になりますように、と祈ってみた」

と冬馬は言ってくる。


「じゃあ、私は、小早川さんがやさしい先輩になってくれるよう祈りますよ……」

と二人で拝み合っていると、


「なにしてるんだ、お前ら。

 トンカチは取ってきたのか」

と上から声がした。


 武田刑事が立っていた。


 武田は、ああ、屋台に、よくこういうおっさんよく居るよな~という、どっしりとした風貌の男で。


 瞳の父親くらいの歳なのだが、ともかく出世はしたくない、現場が好き、という変わり者だ。


 腕組みをした武田は、自分より背の高い瞳たちを見下ろそうとするように顎を突き出し、言ってきた。


「手ぶらか?

 なにしに行ってたんだ、お前ら」


「はあ、それがですね……」

と言いかけ、瞳は詰まる。


 野良カピバラかと思ったら、塞の神様で。


 私への貢ぎ物を持って逃げること、あいならんとか申しております、なんて言って許してくれるような武田さんじゃないよなー、と思ったのだ。


 うーむ、と思っていると、いきなり、

「そこな下郎」

と冬馬がしゃべり出した。


「……下郎?」

と武田と共に訊き返す。


「お前があの金槌を凶器だと申しておるのか」


 気のせいだろうか……。


 いつもより小早川さんの顔が知的になって、いつもより品が良くなっているような。


 刑事というより、大学教授とでも言った方がしっくり来るような雰囲気になっていた。


 おや? 頭の上に何故か私のキーホルダーが。


 背の高い冬馬の頭のてっぺんに、きらりと光る物があった。


 瞳のカピバラのキーホルダーがいつの間にか、冬馬の頭の上に乗っていたのだ。


 そのキーホルダーは長身の瞳には見えているが、武田には見えてはいないようだった。


 ……まさか、と瞳は急にしゃべらなくなったカピバラと、何処かで聞いた話し口調の冬馬を見上げる。


 これ、カピバラ様が中に入っているのですか?

と瞳が思ったとき、武田が言ってきた。


「撲殺された殺人現場の真下にあるゴミ捨て場にトンカチが落ちてたんだ。

 凶器に決まってるだろ。


 っていうか、最初に見つけたの、お前だろ」


「いやいや。

 あれはゴミ捨て場ではないぞ」

と冬馬の中に入ったカピバラ様は訂正したあとで。


 ふむ、と顎に手をやり、目を細めて、周囲を見回し始めた。


「わかったぞ。

 凶器はあれだ」


 ええっ? と瞳たちは振り返る。


 冬馬が指差した先には、草むらがあり、その草の中には、花が供えてある卵型の石があった。


「莫迦だな、冬馬。

 あれは、石仏だろうが」

と武田は笑う。


「莫迦はお前だ」

「こ、小早川さんっ」

と慌てて冬馬の姿のまま、武田を罵るカピバラ様を止めようとしたとき、カピバラ様が言ってきた。


「あれに魂は入ってはおらぬわ」


 カピバラ様はその卵型の石の許に行き、


「この石には魂は入っておらぬ。

 これは石仏でも、塞の神でも道祖神でもない。


 なのに、野の花など供えて、そうであるかのようにいつわろうとしている。


 人間は、神や仏にまつわるものは無意識のうちに崇めるので、凶器だとは思わぬからな」

と言い出した。


「魂が入ってるとか、入ってないとか、なんでお前にわかるんだよ、冬馬」


 この状態の小早川さんと普通に話している貴方が怖いです……、と武田を見ながら、瞳は思う。


「第一、血もなにもついてねえじゃねえか」


 ちっちゃなカピバラのキーホルダーを頭に乗せたまま冬馬は、その石を見下ろし、言ってくる。


「まだ少し湿っておろう。

 おそらく、殴ってすぐに飛び散った血を流したのだ。


 茶の香りがする。

 持っていた茶で流したのではないか」


「……甘茶あまちゃでもかけたんだろうよ。

 花祭りの時季だしな」

と腕組みした武田は、ますます顎を突き上げ、カピバラ様を睨み上げる。


 花まつりはお釈迦様の誕生日に、お釈迦様の像に甘茶をかけたりする祭りだ。


「ともかく、あのトンカチ持ってこいっ。

 熊野っ、小早川っ」


 だが、カピバラ様は、武田に、そこな下郎、と言い放ったときと同じ鋭い目つきで言い放つ。


「あのトンカチには、指一本、触らせぬわっ」


「なにっ。

 じゃあ、俺は、あの石仏には指一本触らせんぞっ」


 えーと……。

 この二人は、一体、なにを言い争っているのでしょうね。


 助けを求めようにも、もう鑑識の人たちも居なくなっていた。





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