第7話

 伊藤桜は見るからにイライラしていた。


 俺たちが図書館に行くと開口一番にこういわれた。

「先輩方何度来ても答えは一緒ですからね」

 つまりどういうことかと俺が首をかしげると。


「私はっ、徒然部にはっ、入りませんっ」

 どうやら人見知りらしい。一言発言するだけで息を整えている。


「ボクの見立ては正解だったみたいだねえ」

 確かにあおいが言ったように彼女は手強そうだった。


 ということで俺たちも作戦タイムだ。

「まずは見学に来てもらうというのはどうだ?」

「うーんでも伊藤さんそろそろ下校する時間だし、家の人にうるさく言われないか心配」

 咲は不安げな顔をする。


 その間にも伊藤桜はふしゃあと警戒していた。まるで猫のような少女だ。

「ううっ何を企んでいるか知りませんが私は部活には入りませんからねっ」

 文庫本を抱えながら図書館のカウンターに逃げようとする。


「待ってくれ。話を少しだけ聞いてほしい」

「どうせ部員が足りなくて頭数を揃えるための作戦でしょう」


 ネガティブな性格らしく自分を誘う人間には極度の疑いの目を向けるらしい。


「私なんかを勧誘してがっかりするのは先輩方ですから。期待するのはやめてください」

「そんなことないよ」

「それは端から期待していないってことですか?」


 どうしてそんな後ろ向きな解釈になるのか。

 俺たちは頭を抱えた。


「期待しているとかいないとかじゃなくてさ。一緒に部活に参加してくれたら楽しいかと思って」

「そんな軽い動機で誘われるようなビッチじゃありませんからね」


 俺が話しかけたのが悪かったのか新手のナンパと勘違いされたようだ。


「と、とにかく私はここで帰りますからっ」

 返却コーナーにて文庫本三冊を返すとそそくさと図書館を去ろうとする。


「待ちなさい、伊藤さん」

 そこに立ちはだかる志保だった。

 これはまるで般若だなと俺は一人思ったが口にはしなかった。


 だが冷たい視線が浴びせられる。

 痛い。痛すぎる。


「ありゃりゃ。渚くん要らない恨みを買うの得意だよねえ」

「咲も同感です先輩」


 二人してあきれた目で見てくる。


 ってそんな場合じゃなくて今は伊藤桜を引き留めることが重要だ。


「何を言われても変わりませんよ私急いでるんで」

 伊藤桜は早くも逃げようとするが志保がそれを許さない。


「伊藤さん、心配しなくても大丈夫。ここにいる変態渚のことは忘れてね。私たちと楽しくちょっとお話しするだけだから」


 それが逆に怪しいのだが。


「私騙されませんからねっ。せ、先輩方は私を拉致してキャトルミューティレートしたと見せかけて外国に密輸しようとしているんでしょう」


 とんだ妄想癖の女の子のようだ。


「とにかく読書好きなのは確からしいわね」


 そうでなければこんなぶっとんだ発想わいてこないだろう。


「わわっ先輩。今私のことめんどくさいやつだと思ったでしょう。私わかるんですからね」

「いや面倒とまでは……」

「でも一ミリたりとも思っていないとは否定しないんでしょうっ」


 むしろ否定されたかったのかと突っ込みたくなる。

 だが彼女のそれはネガティブ故の自己防衛なのだろう。


「彼女手強いわね……」

「大丈夫、俺に作戦がある」


 こういうときは押してダメなら引いてみろだ。


「と俺たちも強引に勧誘して悪かったな。これ今年発行された新入生歓迎会のチラシだから。気が向いたら部活に来てくれよな」


「ちょっと渚っ。なに弱気になってるのよっ」

 小声で志保が叱咤してくる。ついでに一発頭を叩かれる。


「いひゃい。暴力志保ちゃんは脳みそが鶏並みだからわかんないんだろう」

「うるさいわねっ」


 あれこれやり取りをしているとじっと伊藤桜が不審そうな目を向けてくる。


「この部活は後輩いびりを始めかねないようで入るのはためらわれますね」


 そうだそうだと言いたくなったがそれをしたら新たな敵を増やすだけなのでおとなしくしておく。


「ち、ちがうよ。これはゴリラの愛情表現みたいなもので」

「ちょっと誰がゴリラよ」

 再び志保が怒りだし伊藤桜が怪訝な顔をする。

 まずい。フォローを入れなきゃ。


「ああさっきのは志保ちゃんがゴリラみたいに知的で力強いって意味だから」

「そうそう私ってつい感情表現が激しくて……」


 俺がそう返すと志保がバシバシと俺の肩を叩く。


「ボディタッチっていうの?それが人よりちょっと多いだけだから」

「ずいぶんと激しい愛情表現だな」


 今度は俺が突っ込む。いけない。伊藤桜を勧誘するところだったのにまったくちがう展開になっている。


「じー。なんだか怪しいですね……」


「と、とにかく部員同士が仲良くて和気あいあいとした部活だからよかったら見学来てねっ」

「そうそう楽しいこと請け負いだからっ」


 俺たちは仲良く肩を組む。そうすれば仲良く見えるという発想が安易だったけど。それ以外思い浮かばなかったのだから俺たちの知性は同レベルだ。


「楽しい。和気あいあい。まるでブラック企業の宣伝文句ですね」

「うっ」


 意外と彼女は鋭いぞ。核心をつかれて俺たちは言葉に詰まった。


「そもそも徒然部って何をする部活なんですか」


「えー兼好法師のありがたいお言葉を日々勉強する会でして……」

「まるで怪しげな新興宗教ですね」


 わお。俺とあおいと同じ発想の持ち主がいた。


 むしろここまで来たら縁があるんじゃないか。

「まあそれは建前で本当は適当に集まってくっちゃべって遊ぶ部活だよ」


 これならどうだと緩い部活をアピールしてみる。


「ちょっと渚それはないんじゃないかしら」

 志保は不服そうだが実際そうなんだから仕方ないだろう。

 部員が多かった時代は彼女目当ての男子学生だったがそれもあまりの退屈さに消えていった。残った猛者も志保の激しい本性にドン引いて去っていった。


「ちょっと昔に流行ったラノベみたいにハーレムつくって楽しむ系の部活ですか。やれやれ先輩も隅におけないですね」


 なぜだか俺の方を見てにやにやする伊藤桜だった。


「わかりました。とりあえず本件は持ち帰らせてください。前向きに検討させていただきます」

 なんだか事務的な言い方だった。


「前向きにってなんだか便利なことばだよな」

「今さら不安になるんですか」

「だって親御さんに厳しく言われてるんだろう」

 彼女が部活に参加できないのは成績を維持するためだろう。


「あの人たちのことならどうにだってなります」

「えっ?」


 今なんといった?彼女は厳しい親のせいで部活に参加しないのではなかったのか。


「だって私に興味があったら図書館にこもりきりの娘になにか言うはずですから」

 少しだけ寂しそうにそう呟く。


「このまま図書館にこもるふりして見学くらいならできますよ」


 これは部活に入る気があるということか。


「じゃあこれから見学に……」


「先輩方には悪いですが下校の時間です。キャトルミューティレートできなくて残念でしょうが私はもう帰らなきゃいけません」


「お、おう」


 最後まで強烈なキャラだったが前向きに検討してくれるならよかった。


 嵐のような少女だったがひとまず確約を得ることができた。


 それでひと安心とばかりに帰ろうとしたがいたずらっぽく微笑む一人の少女に肩を捕まれるのであった。

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