第2話

「徒然部です。どうですか?」

 コピーしたてのチラシを片手に新入生があつまる校舎を歩き回る。


「どうですかってそんな曖昧な言い方で通じるわけないでしょ」

「だって新入生歓迎期間はとうの昔に過ぎてるし」

 他の新入生たちは怪訝そうなかおでこちらを一瞥しては通りすぎていく。


「もっとインパクトのある宣伝方法をしないとっ」

 というか新入生の多くはすでに部活に加入していて新たに掛け持ちするほどの根性を持ち合わせている生徒は少ない。


「はだか躍りでもするか」

「それは通報されるわ」

 時期を逸した勧誘活動は効果は薄かった。当然とも言えるが。


「じゃあ他にどうしろと」

「剣道部の部員に掛け持ちしてもらうとか」

「それはもうやったわ」

 どうやら断られてしまったらしい。


「私の方の知り合いは片っ端から当たってみたわ」

 それで打つ手なしということだからあまり人望はないのかそれとも優秀すぎて近づきがたいのか。

「ねえあんたの方からはなにかない?」

「ええ知り合いねえ」


 いかんせん学校生活にやる気がなかったせいか付き合ってくれるような友達は少ない。ぼっちではないが交遊関係は狭く深くだ。


「あっ一人いたかも」

 一応知り合いで古典に興味のある人物はいた。

 だが志保が気に入ってくれるかどうかはわからなかった。


「成績優秀品行方正が取り柄の暴力志保ちゃんとは馬があわないかも」

「そ、そんなことないわ。私だって一応立派な大人よ。人の好き嫌いで態度を変える人間じゃないわ」


 自分ではそう思っているが他人の評価と解離しているのは面白い。

 蕪木志保という少女は竹で割ったようなタイプの人間で自分の価値観以外のものを認めるのに時間がかかるはずだ。


「どうかな。志保、古典についてどの程度許容範囲がある?」

「許容範囲って人道に反しない範囲であれば受け入れられるわ」

「想像で答えるのは危険だぞ」

 そういうとキッとこちらを強く見つめる。


「もうこの際どうだっていいわそんなこと。部員さえ入ってくれれば」

 本当にそうだろうかとは聞けなかった。あまりにも志保が必死だったので。


「じゃあ一人だけ思い当たる人間を紹介するぞ」

 俺としてはなにか危険なものを感じたが致し方ない。これ以上ない人材を紹介することなった。


 ***


「やっほー渚くん」

 放課後の溜まり場には同じクラスの柊あおいがいた。明るい髪の色は遺伝らしくパーマをかけたように緩やかな癖がある。


「すぐに帰宅する君がこんな時間までいるのは珍しいね」

「ああ一応俺も部活に入ってるからな」


 その言葉にあおいはにへらと笑う。

「ああ聞いてるよお。徒然部、部員がすくなくて潰れそうなんでしょ」


 噂はだいぶ広まっているらしい。

「そうそうそれで今日も勧誘活動していてさ」

「わあそれって怪しげな宗教勧誘の気持ちがわかるやつじゃん」


 俺と同じ発想だな。


「ねえねえそれで新入部員は?」

「ゼロだよ」

「そりゃ残念だったねえ」


 少し同情するような口調であおいは続ける。

「まあ部員が入らなくても世界が滅びるわけなじゃないし明日には明日の風が吹くよ」

「あおいに慰められるとはなあ」


 正直勧誘活動で新入生たちにそっけなくされるのは堪えた。表面上はなにもないふりをしているけど結構精神的に来るものがある。


「まあドンマイドンマイ」

 のんびりとした口調で励まされると俺の気持ちもないでいく。


「渚くん普段怠け者以下のやる気しか持ってないもんねえ」

 さりげなくおとしめられているがこの際気にした方が敗けだ。


「ってさっきから二人で話しているけど自己紹介が遅れたねえ」

 あおいは志保の視線に気がついたらしく改まった口調で話始める。


「ボクは柊あおい。渚くんのクラスメイトで数少ない友人だよ」

「私は蕪木志保、剣道部と徒然部の一員よ」

「ああ知ってるよ。蕪木さん有名人だもんね」


 あおいはのほほんとした口調で物騒なことを口にする。

「いつも竹刀振り回してるんだって。今時スケバンでも見ないよねえ」

「あおい挑発するのはやめろ」


 ピクリと眉間を動かす志保だった。これ以上適当なことをいってたらやばい。

 彼女の逆鱗に触れるところだった。


「ごめんごめん。つい面白くて」

「類は友を呼ぶって本当の話みたいね」


 それは誉めてるのかけなしているのかどちらなのか怖くて聞けなかった。


「単刀直入に言うわ。今徒然部は廃部寸前の危機にあるの。人助けだと思って入ってくれない?」

「んーいいよー」


 あまりにあっさりした返答に志保は面食らったようだ。

「ちょっと……そこはごねるなり引き伸ばすなり戦略というものがあるんじゃないの?」

「だってそういうのめんどくさいし」


 あおいはニッと笑うと志保に手をさしのべた。

「じゃあ部長さん握手しましょ」


 おそるおそる志保も手を握る。どうしてそこでびびると思ったが彼女なりに警戒心というものがあるのだろう。


 それも当然だ。いきなり部活に入ってくれと頼んで即承諾するような人間には何かあるだろうと探りたくなるのだ。


「志保警戒しすぎ」

「だって……」


 普段竹刀を振り回しているせいか武器を持たない彼女の姿はどこか弱々しかった。

 これくらいだとただの可憐な少女にしか思えない。


「蕪木さんだって?これから仲良くしようねー」

 あおいは楽しそうに手を振る。


「って部活の説明してなかったっ」

「ん?いいよーなんとなくでわかるから」


 志保があせるのを面白がっているのか彼女はにっこりと微笑んだ。

「しかしかわいいねー蕪木さん」


 あおいが俺に耳打ちする。

「もう付き合ってるの?」

「そんなわけないっ」


 からかっているだけだとはわかるが思わず本気で否定してしまった。

「だって美味しそうな果物が目の前にぶら下がってるんだよお。据え膳食わぬは男の恥ともいうじゃん」


 どうして直球な質問をしてくるんだろう。

「せっかく美女と二人きりのシチュエーションなんだからボクを楽しませてよお」

「悪いがそんな期待には答えられない」


 俺とあおいが小声でやり取りをしていると志保が次第にむくれてくる。

「二人とも仲がいいのは結構だけれど放っておかれるとなにしでかすかわからないわよ」


 ふんと鼻をならすと俺の方を指差す。

「あんたの紹介で一人部員が入ったのはいいけどあともう二人来なかったら部室は大きくならないわよ」

「部室って大きくなるもんなんだあ」

「それは顧問の先生の権力で」


 つまり古典教師の稲葉先生の力でどうにかなってるようなものだ。

「男なら一国一城の主を目指すべきだよ渚くん」


 つまり部員をもう二人集めろということらしい。

「あおい、入部して間もないのに俺より上なのか?」

「すぐに上下関係を作ろうとするのは男子の悪い癖ね」


 どうやら当初警戒していたらしい志保もあおいの空気に感化されて受け入れる気になったようだ。

「じゃあ残り二人集めましょう」


 徒然部:部員三名

 目標:部員五名

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