第29話 突然の再会は危険!


「私が最初に疑問を持ったのは、優名ちゃんのお母さんがなぜあれほど竜邦にこだわったかということです。優名ちゃんは成績はいいし、竜邦じゃないからと言ってお母さんたちから仲間外れにされるとは思えません。なにより、お母さんとお婆ちゃんが仲がよさそうなのに、お婆ちゃんをわざわざ一人暮らしさせるほどあのマンションにこだわる理由がわかりません」


「ミドリちゃんは、優名を竜邦に入れるのも、私があのマンションにこだわるのも、何か理由があると思っているのね」


「思っています。人がある場所にこだわる理由は何だろう、そう考えたらいくつか思いつくことがあったんです」


「たとえば?」


「まず、そこにしかない何かがある。そこでしかできない何かがある。……陶芸サロンや、エスニックカフェのように」


「ほかには?」


「誰かによってそこに住むことを強要されている。情や金銭、守らねばならない約束と言った何かで」


「ミドリちゃん自身は、どう考えているの」


「私が考えたのは、もう一つの理由です。……そこに住んでいる何者かを監視する場合」


「監視だって?」


 思いがけない言葉に、僕は思わず訊き返していた。


「そう。長い間行方不明になっていた、実の娘かもしれない子がいる場所だから」


「……信じられないけど、ミドリちゃんはそこに気づいたってわけね」


「はい。優名ちゃんの家でパーティーをした時、結衣ちゃんがヨモギ味のシフォンケーキに妙な懐かしさを感じていたこと、優名ちゃんのお婆ちゃんが昔からよく、ヨモギもちを作っていたこと……それにおばあちゃんに白内障の疑いがあるのに、なかなか手術に踏み切れずにいたこと……。


 これはつまり、近いうちに結衣ちゃんが優名ちゃんのお姉さんであることをはっきりさせようという計画があったからだと思います。かつて攫われた孫が息子夫婦と同じマンションに住んでいるかもしれない……そう思ったら手術どころではなかったのです」


「ミドリちゃん、事件の事を調べたのね?」


「はい。今からちょうど十年前に、R町で当時四歳の少女が行方不明になっています。半年後に、雑木林の中で少女の白骨死体が発見されており、それが行方不明になった少女だとみなされていたようです。しかし……それは違ったのです」


「少女は、誘拐されていた?」


「そうです。しかも、少女の母親の知人によって。誘拐された少女は誘拐者を母親だと思い込まされたまま、十年が経過しました。やがて母親は裕福な男性と結婚し、タワーマンションに住み始めます。


 一方、子供を誘拐された母親の方も事件から数年が経過し、傷が癒えたころ、もう一人子供をもうけます。女の子です。その後、夫が成功したのか奇遇にもその女性は、誘拐者と同じマンションに移ってきたのです」


「つまり、姉妹が同じマンションに住み始めたってことね」


「そうです。最初はそのことに気づかなかった母親も、何かをきっかけに誘拐された娘がすぐ近くにいることに気づきます。おそらく、学校で気づいたのではないでしょうか」


「学校?」


「竜邦は小中一貫校です。初等部に入った優名ちゃんの送り迎えか行事で学校に赴いた美咲さんは、中等部のキャンパスにやはり子供を迎えに来た母親と遭遇する。

 母親は子供を「ゆい」と呼んでいた。やがてあらわれた「ゆい」を見て美咲さんは驚く。それは十年前に行方不明になった長女の「ゆい」が十年分、成長した姿だったから」


「……そう。そしてサングラスをかけていたけれど、私にはこずえさんが、かつてR町に住んでいたころ、近所に引っ越してきたシングルマザーのこずえさんと同一人物であることが一目でわかった」


「こずえさんはシングルマザーだったんですか」


「ええ。ちょうどゆいより三つくらい年上の女の子がいて、いつもその子を怒鳴っていた」


「……じゃあ、雑木林で見つかった女の子の死体と言うのは……」


「そればかりはこずえさんに訊いてみないとわからないわ」


「こずえさんは、結衣ちゃんが自分に懐いてもなお、何かのほころびから過去の犯罪が露見するのではないかと恐れていた。それで、結衣ちゃんがテレビなどに露出することをひどく嫌悪した。何かの偶然で、美咲さんやご主人が見ないとも限らないから」


「しかし、見るどころではないほど近くに、当人が現れてしまったわけね」


「しかも、結衣ちゃんと優名ちゃんが仲良しになってしまった。こずえさんとしては気が気ではなかったでしょう」


「つまり、こずえさんが美咲さんの陶芸教室に入ってきたのは……」


「もしばれたらそれまでと思い、あえて相手の懐に飛び込んだのでしょう。母親同士が仲良くなってしまえば、『お宅の子はうちから攫った子でしょう』などとおいそれとは聞けないでしょうからね。

 一方、美咲さんは過去に娘を誘拐された経験から、塾などの生き帰りにひどく敏感になっていた。狩野のキャラクターが話題になったときには、そんな不気味な人のいる場所に娘をふらふら出歩かせたくない、そう思ったのではないでしょうか」


「そして最近、結衣さんは失われた過去の記憶がよみがえり始めていた。ヨモギもちの記憶、優しいお兄さん「みっちゃん」がいた町の記憶……そして実際にその町を探し始めた」


「結衣ちゃんは実際に『みっちゃん』と連絡が取れたと言ったそうだが、それはおかしい」


「そうよ。結衣ちゃんが『本物のみっちゃん』と簡単に連絡が取れるはずはない。そのことは私がよく知っている」


 美咲が思いつめたような表情で言った。


「結衣ちゃんはおそらくこずえさんに、子供の頃に過ごした街を探し始めたことをほのめかしていたのだろう。こずえさんにしてみれば、それだけは何が何でも阻止しなければならないことだった。しかし、結果として結衣ちゃんはそれらしい町にいきついたばかりか、ネットで『みっちゃん』と思しき男性とコンタクトをとることに成功までしていた……」


「ちょっと待って。もし僕がこずえさんなら、結衣ちゃんが町を特定できた時点で観念してすべてを打ち明けると思う。だって『みっちゃん』に会われたらおしまいじゃないか」


「そう。だから『会った時がおしまいになるように』する必要があった」


「なんだって?じゃあ、R町に『みっちゃん』がいないというのは……」


「会わせるくらいなら、会わせる前に『みっちゃん』を語って結衣を呼び出し、すべてを打ち明ける、あるいはすべてを……」


「とにかく急がなきゃ。美咲さん、光代さん、私の車に乗ってください」


「私とシュンスケも一緒に行って構わないな?」


 ミドリが言うと、ひかりは頷いた。「確かに男の人の力が必要になるかもしれないわね」


 ひかりの車は光代のマンションの近くに路上駐車してあった。五人が乗り込むと、ひかりは「飛ばすわよ」と言ってアクセルを踏み込んだ。


 R町は光代のマンションから車で四十分はかかる。美咲によると、優名が結衣に誘われて家を出たのは一時間近く前とのことだった。


「R町って言っても、どこに行ったらいいんだろう」


「おそらく、結衣にとって重要な意味のある場所がどこかにあるはずだ。呼び出されたとしたらたぶん、そこだ」


「美咲さん、わかりますか」


「昔、私たちが住んでいた家は残念ながらもうないわ。こずえさんが住んでいたアパートも……あとは」


「『みっちゃん』にまつわる場所だな」


「だったら、わかる。そこに行こう」


 ひかりはきっぱりと言い切った。その口調には疑問をさしはさめない強さがあった。


 車は国道を走り続け、二十分ほど行ったところで、山間の細い道に入った。地図によると、あと十分ほどでR町に入るはずだった。


「美咲さん。今から行こうとしている場所は十年前、結衣ちゃんがさらわれた現場です」


「なんですって」


「あの日、結衣ちゃんと私は、顔なじみのおばさんの家に遊びに行っていて、結衣ちゃんだけが外に呼び出されたんです。しばらくたっても戻ってこないので、外に出てみたらもう、結衣ちゃんの姿はなかった。……結衣ちゃんがさらわれたのは、私の責任なんです」


「ひかりちゃん……いえ、光利みつとし君。それ、本当なの?」


 僕は絶句した。光利……つまり『みっちゃん』だ。まさかひかりさんが『みっちゃん』だったとは。


「本当です。この十年、私はずっと罪の意識に悩まされてきた。今日こそ、結衣ちゃんを私自身の手で、美咲さんの元に取り戻して見せます。もちろん一緒にいる優名ちゃんも」


              〈第三十回に続く〉

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