第20話 とっておき情報は危険!


   古書店「西上書店」は、両側をマンションに挟まれた雑居ビルの一階にあった。


 僕は店の奥にあった古い絵本の束を興味深く眺めていた。家庭や児童施設からまとめて出された本の中に、意外な掘り出し物があることは経験から知っていた。


 僕の頭には寡作な絵本作家の名前がいくつか浮かんでいた。絶版になった絵本の中でも、飛び切り装丁の素晴らしいものがあり、そのうちの一冊でも入手できればとかねがね願っていたのだ。


 いくつかの絵本の山をひっくり返した時、背後から声がした。


「どうだ、お宝には巡り会えたか?」


 背後に立っていたのはミドリだった。


「あいにくと駄目だ。虫のいい期待をしたせいかな」


「おそらくそうだろう。お宝とは期待していない時にめぐり合うものだ」


 僕は苦笑した。いつもの「ミドリ節」が次第に戻ってきたようだ


「半年前の事件の日、君はここに来ていたんだな?」


「そうだ。まずは店主に聞いてみよう」


 ミドリはレジでパソコンに向かっている五十がらみの店主に近づいた。


「こんにちは」


「おお、久しぶり。元気だったかい?」


「まあ、そこそこです。今日はちょっとお伺いしたいことがあってきました」


「なんだい、あらたまって」


「この近くに、芸能人が来そうなお店はありませんか?」


「芸能人?芸能人ねえ……芸能人が来るかどうかは知らないが、物書きとか、楽器を持った怪しい人たちが集まる店ならあるよ」


「どこですか?」


「ここを出て、左に二軒行ったところにあるビルの一階だ。『あるべます』っていうお店だよ。まだ開いてないかもしれないがな」


「ありがとうございます」


 ミドリは深々と頭を下げた。もしその店が泉美の誘い出された店なら、極めて効率の良い捜索と言えた。


「行ってみよう」


 僕がそう語りかけるのを待たず、ミドリは出口へと向かっていた。


 『あるべます』は古本屋の店主が言った通りの場所にあった。狭い間口の店で、硝子戸の奥は暗くてよく見えなかった。


「よし、入ってみよう」


 ここでも先頭に立ったのはミドリだった。後に続こうとして僕はドアの脇に「CLOSED」と書かれた小さなプレートが立てかけられていることに気づいた。


「おい、まだやってないぞ」


 僕がミドリの背中に向かって呼びかけると、薄暗い店の中から声がした。


「いらっしゃいませ」


 思わず声のしたほうに目を向けると、頭にタオルを巻いた中年の男性がカウンター越しに顔をのぞかせていた。


「すみません、準備中ですよね?」


 僕がしかたなく奥に進んでいくと、店主らしき人物は「いやあ、そろそろ開けようと思ってましたから構いません」と相好を崩した。


「実は、ちょっとお尋ねしたいことが合ってお伺いしたんですが」


「はい、なんでしょう」


「半年くらい前に、この店に『ユービック』のメンバーが来ませんでしたか?」


「『ユービック』だって?あんな人気バンドがうちに来るわけないでしょう。……もっとも来たらいいなとは思いますけど」


「やっぱり……」


 ミドリは腕組みをすると納得いったという風に頷いた。


「あの……やっぱり半年くらい前に、このあたりで女の子が攫われるっていう事件があったこと、覚えてらっしゃいます?」


 ミドリの質問に、店主は表情を硬くした。事件の事を思い出したのだろう。


「あの……事件の事かい。勿論覚えてるよ。警察に散々、聞かれたからね」


「被害者の女の子が拉致される直前、このお店にいたっていう話を聞いたんですが」


 ミドリが真剣な口調ではったりをかまして見せた。店長の表情がさらに険しくなった。


「警察にも言ったけど、確かにいたよ。小学生のときからちょくちょく来てた子でね。しばらく見ないなあって思ってたところに来たんでよく覚えてるんだ」


「その子……だれかと一緒にはいませんでしたか?」


「いや。一人だったね。十分くらいかな、一人でジュース飲んでぼーっとしてた。声をかけようかと思ったところにどっかから電話が来て、すぐ出て行っちゃったんだ」


「小学生の時からっておっしゃいましたよね?その時も一人で来てたんですか?」


「いや、その時はお母さんみたいな女性が一緒でさ。でもすごく化粧の濃い人で、女の子を相手にこんな仕事辞めるんだとか、今、狙ってる金持ちがいるんだとか言ってたから、夜の仕事をしてる人だったのかな。突然、女の子ともども来なくなったから良くわかんないけどさ」


「そうですか……ありがとうございました」


「いえいえ。何かの役に立ったのかな。立っていればいいんだけど」


 好人物らしい店長に礼を言って、僕たちは店を辞去した。結局、事件当日の泉美の足取りはこの店を最後に途絶えたことになる。いったい誰が、どこに彼女を呼び出したのか定かではないが、その人物こそ彼女を殺害した犯人である可能性が高い。


「店長さんが言ってた、水商売の女性ってのが怪しいな」


「でも、そうだとしても半年前にこの辺にいたってだけじゃ、探せない。それに、今の話は当然、警察にもしているだろうから、警察だって調べただろう」


「半年たっても犯人が捕まっていないという事は、警察にもそれらしい女性は見つけられなかったってわけだ」


「そういうことだ。私たちしか知らない手掛かりでもない限り、これで手詰まりだ」


 ミドリは重いため息をつくと「事件の事は、いったん忘れるしかないな」と言った。


              〈第二十一話に続く〉

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