五番:結果

 白い。起きたことが最初ににんできたのは単純な色情報。次にうでである右手から伝わる常ににぶい痛み。動かそうとすればすようなするどい痛み。

 口の中も血のにおいと味がじゅうまんしていて、かすかに消毒液で手当てされたかのようなだっ綿めんめられているのを感じる。あおけにているせいか、背中の骨がきしむ感覚。

 少しずつ体中のかんをかき集め、どうして保健室にいるかをあくする。いくさったのだ。生まれて初めて、本気のしんけん勝負。同い年の少年と戦った。


「……っ、勝敗は!?」


 最後の意識はもうろうとしている。意地で最後まで立っていたいと考えていたが、それがかなえられたかは不明。

 あわてて自分の電子学生証を探そうとして周囲を見回す。ブレザーのポケットに入れていたはずだが、今の服はまみれのシャツに学校指定のズボン。

 白いシャツがよごれたさんさにいっしゅん気を取られたが、それだけ激しい戦いだった。もしも負けていたらと思うと安心などできなかった。


「お前の勝ちだ」


 閉じられていたカーテンが動いて、真琴のブレザーを片手にしゃおんが姿を現す。たんたんとした静かな声。そのせいで内容を理解するのに時間がかかった。

 あっにとられた真琴は、水がむように勝利の言葉を頭のすみずみまでめぐらせ、てんじょうに向けてガッツポーズした。直後に激しく動いたせいで発生した体中の痛みでなみだになる。

 遮音は真琴のブレザーをベッドの上に放り投げ、近くにあった丸の上にすわる。その手には遮音の電子学生証があり、画面にはバトルチップ相場が表示されている。


せきの最悪な大逆転劇。校内専用のチャットやSNSはきょうかんだ。お前が負けると思って多めにけた鹿が多い」

「あ、う……チャットやSNSって?」


 十余年、電子カードの存在すら知らなかった真琴にとって未知の単語。しかし世間では常識となったネットサービスを問われ、遮音はあきれたように真琴を見る。

 簡潔にネット上の交流広場としょうし、内容を見せることはしなかった。大体はが多く書かれ、見ていて気持ちが良い物は極少数だからだ。


「そうだ、のるは!? もしかして同じ保健室に……」

「顔面かんぼつで病院にはんそうされた。はんそうさきりょう系プレートを使われることでもいのっていろ」


 言外に真琴のいちげきでそうなったということを教える遮音。それで少しだけ気絶する前の光景を思い出し始めた真琴は苦笑いになる。

 弾速でせまる実流に対して適切な方法が思いつかず、がむしゃらにこぶしきだした。しゅんかん、右拳から伝わった痛みに意識がびそうになり、それでも意地でしたままにした。

 遮音が冷静なまま右拳の骨がくだけていたから、三年の治療系プレートを持つ生徒が動かせる程度まで応急処置だけは両名にほどこしたと説明する。


「……まだ、実感がかないや。ぼく、本当に勝ったのかな?」

いちにんしょうまで変えて相手をタコなぐりにしたやつの言葉とは思えないな。最後は訳わからないことまでつぶやいていたくせに」

「え、ええ!? って、見ててくれたの!? 全然気づかなかった」

「言っただろう。お前が勝つ方に賭ける、と」


 無表情のまま流すように言葉を出す遮音。しかし真琴は心の底からうれしくて、満面のみを向ける。ようやく勝って良かったと受け止められた。

 だが一人称を変えたという部分はそうだったかなともんかべる。半ばちゅうの領域で戦っていた。せんとう中の言葉など大半は思い出せない。

 それでも「怒るべき」という点はよく覚えていた。ずっと胸のおくに詰まっていた違和感の正体。まだ慣れない感情だが、力になったのはちがいない。


 実流から始まる全てに対し、困ったり、笑いでそうとしたり、なげいたり、悲しんだ。どの感情も問題を解決するほどの力はなかった。

 しかし戦いながらわかった。怒ることは決して良い感情ではない。それでも立ち上がって戦うには不可欠だった。きょうはらほのおだった。

 みにくいくらい無様な本音をさらけ出した。実流をたおしたいと、いかりに任せて初めて心の内側を見せた気分だ。思い出すとずかしくてまりたくなる。


 それでも真琴はすがすがしかった。本音をぶつけた際に全力で応えられたせいか、今となっては実流がそんなに悪い奴ではない気もするのだ。

 思いっきり馬鹿にされた上に吹き飛ばされた痛みは今も体にひびく。だけれど実流は最後まで全力で真琴と戦った。手加減いっさいなしの、本気で相手をしてくれた。

 良い奴ではないと思う。イジメられたことは当分は忘れないと断言できる。もしかして一生忘れないかもしれない。それでも心底悪いとは思えなくなってしまった。


「それにしても半月程度イジメられたくらいで武力行使というのも情けないな。世の中には三年間まんするやからもいるほどありふれたことがらなのに」


 遮音の手痛い一言に真琴はなにも言い返せなかった。代わりにどうして三年間も我慢する事態におちいるかわからず、どういうことかとたずねる。

 他の学校にけっとうという仕組みもなければ、能力保有プレートもない。つうに勉学をちくせきし、交流を広げ、へいおんな日々を過ごす青春の一時だ。

 それでもイジメは存在する。暴力は学校側が許さない。イジメられた側も立ち向かう度胸がない上に報復をおそれる。イジメる側に味方する奴はいても、イジメられる側に味方したい物好きはいない。


 だから我慢するしかない。時折我慢できずに自殺する者もいる。世界大戦前の日本でも問題視されたが、有効な解決方法が見つからない事態だった。

 だれもが知っている。解決するには当事者の力で行うしかない。第三者がちからえしても解決することはできず、首の皮一枚を残したようなじょうきょうを長続きさせるだけだと。

 たまたまアミティエ学園には戦うための力である能力保有プレートと、武器なしで戦える決闘というシステムがあっただけだ。その点で言えば真琴は幸運だった。


「ちなみに普通の学校でたいこうしようとしても、多数対一でふうさつされる。中には言葉だけで委縮する者も多い」

「いや、うん。言葉も十分武器だと思うよ」


 言葉は文字だけの存在ではない。ふくまれる声の大きさ、められた感情、それらがものよりも鋭くいで、心へと突き刺していく。

 心が縮んでしまえば体も動かなくなってしまう。空気がけた風船のように、浮かぶこともできずにしずんでいくような暗い気持ちを思い出す真琴。

 演説で何故なぜ大きい声を出すのか。その真意を知った気分で真琴は遮音の言葉を待つ。親しみやすいわけではないが、静かでここのいい声。


「ではおれもお前に言葉をおくろう。自力で戦ったお前に……がんったな」


 められるとは思わなかった。真琴は一瞬反応がおくれ、その後で声にならない言葉をしながら小さくうなずく。

 同じ言葉なのに、それは武器ではなかった。くんしょうのようにかがやく、全ての苦労がむくわれるような、認められた証。真琴にとって最上の言葉だった。

 今も体中が痛いし、ひろと広谷に関してはもどせない位置になってしまった。良いことばかりではない、それでも幸せだった。


「ただしお前は戦った責務を負うべきだと俺は考える。その結果だ」


 そう言って遮音は自身が持つ電子学生証を操作し、かんカメラに録音された音声を真琴に聞かせた。




 雑音がひどい。それでも聞こえてくる声に比べれば、わいいと思える程度のれた音たち

 その声に真琴は覚えがあった。実流といっしょに真琴をイジメていた連中だ。馬鹿にするような笑いが聞こえる。


『マジ実流弱っ! おかげで賭けに負けちまったじゃねぇか。今度はアイツを標的に遊ぶか』

『そうだなー、まさかスメラギがあんなに強いとか予想外だし? がいう前にはなれるべきだわな』

『しかし実流の顔見たかよ? 本気でくぼんでてさ、俺ちょうばくしょう!! 思わずカメラで写真保存したぜ。これプリントしてけいばんりつけようぜ、負け犬くんって書いてさ』

『いいじゃん! そんでさアイツのプレートぬすんでさばくのもいいな! 能力は強いし、いい金になるぜ!!』


 せいだいな笑い声が信じられなくて、真琴はがくぜんとする。一体なにが起きているのかわからず、遮音の顔を見る。

 溜息をついた遮音は当たり前の結果だと告げる。真琴は勝ち、実流は負けた。試合を見ていた全員の前で力の差を示した。

 起こるのは必然的な標的へんこう。負けていない者からすれば、強い奴よりも弱い者に目をつけるのは自然な流れであり、予想できたことだ。


 しかし真琴はその流れを知らない。高等部から学校に通い始めた身として、イジメすらも体験したばかりだ。まるでシステム通りに動くプログラムを見ているようで、気持ちが悪くなる。

 自分のために戦った。その結果、今度は実流ががいしゃになる。勝ったことに浮かれていた真琴は、いきなり冷や水を浴びせられた気分で顔を青くする。

 遮音は変わらない表情のまま仕方ないことだと言う。それは真琴が戦う前からこの結果が待っていることを知っていたと言っているようなものだ。


「知って、たの? 僕が勝っても、負けても……イジメはなくならないって」

「ああ。そういうものだからな。そして解決方法も変わらない。ごうとくと思うしかない」


 決闘を使うと決めた際、遮音は口ごもっていた。ようやくその理由がわかった真琴は、大いにんだ。救われた、けれど――。

 今度は実流が自分の力で対抗するしかない。まるでありの巣をつぶすような果てしなさだ。何度潰しても、すぐに蟻は巣を作り上げてしまう。

 この流れを作ったのはまぐれもなく勝者である真琴だ。その結果をやんだとしても、勝ったことをてっかいする気にはなれない。あんな目には二度と会いたくない。


「この音声も恩人にたのんで手に入れた物だ。物的しょうとしてはあまいし、まだ実行されてない内容だ。下手したらこちらがとうちょうだとうったえられる」

「そんな……僕はただ、イジメが終わればいいって、かれらを見返したくて……それだけなのに」

「戦う、とはこういうことだ。それでもお前は進まなきゃいけない。とうばつたいの隊長になりたいと願うならば、なおさらな」


 歯を食いしばる。力を入れたせいで体が痛むが、気にしていられない。真琴は今、実流をだいにした罪悪感を背負う。

 戦ったことはこうかいしていない。しかし結果を予想できず、けいそつな手段しか実行できなかった自分を悔やみ、もっと多くのことを知りたいと願う。

 きっとおにと戦うことはこれより、つらい。苦しい。悲しい。それでも真琴は討伐鬼隊の隊長になるという夢を捨てることはない。


「鬼を倒す鬼になれ。この言葉の意味を三年かけて味わうのが、この学校だ。ついてこれるか?」

「……もちろん。じゃないと実流と戦った意味がなくなる。それは実流にも失礼なことだ」


 真琴の力強い言葉に遮音は軽く笑う。誠実なようでどこか気弱。それなのに変なところでがんな上に熱い馬鹿を見せる。

 育ちが良さそうな外見に反した武術を身に着けている。しかも本格的な武術であり、学校に通っている同い年の少年も顔負けの強さ。

 赤い目が輝く。その目の価値は非常に高いのだが、真琴は一切気にしていない。ただし見ている側からすれば恐ろしさを感じるほどのきらめきだ。


「それで命を賭けるに値する友情は見つけられそうか?」

「それは……わからない。でもあきらめないつもり」


 一度は見えかけた友情の形を見失い、スタート地点にもどされた気分だった。それでも真琴は構わなかった。

 まだ一年の四月。これからもっと多くの人と出会っていく。その中に一つでもあればいいと思うほど、難しい物だ。

 だからこそ命を賭けて探したいと思う。ようやく父親代わりに自分を育ててくれた叔父おじの意思がかいえた気がした。


「とりあえず……友達にならない?」

「無理だ。俺も友達がいない。友情などわからん」


 少し気まずそうにしつつも勇気出して伝えた言葉。返ってきた内容に真琴は石化したかのように思考が動かなかった。

 遮音にも友達がいない。友情がわからない。こんなにも自分に助言してくれた相手でさえ、つかめない物、友情。

 改めて自分はとんでもない物を探そうとしているのではないかと、真琴はおののいた。三年、長いと思った期間が短く感じてしまう。


「だがお前に賭けたおかげでもうけた。GWでなにかおごってやろう。一緒にけるか?」

「いいの!? じゃ、じゃあファーストフード食べてみたい! ハンバーガーって一度も食べたことないんだ!」

「さり気なくブルジョワ発言したことは流してやる。しかし安い奴」

「いいじゃん! 最近は一人さびしくコッペパンだったんだよ!」


 痛みすらも忘れる楽しさで真琴は笑う。遮音とは友達になったという感覚と事実もないまま、休日の話で盛り上がる。

 無意識に遮音に対してことづかいがやわらかくなっていることも気付かず、真琴はコッペパンの味気無さを語り、遮音がこうばいの昼食戦争にはコツがあると言う。

 それを保健室の外で様子を見に来たが中に入れず、声を聞いていたぶき万桜まおが顔を見合わせて笑みを作る。学生らしい一幕をじゃする気にはなれない。




 テレビ電話機能が付いたパソコンを前にゆうに座る男。アミティエ学園の学園長であるリー・りょう。外見は二十代だが、中身は五十をえている。

 画面に映っているのは梁よりも年老いた外見の男性だが、じつねんれいは梁とあまり変わらない。厳格な顔つきに黒いかみ、赤いひとみが鋭く画面をにらんでいる。


「というわけで、遮音は貴方あなたおいと仲良くしていますよ。スメラギ・げんぞうさん。因果な物ですね」

『運命だったら仕組まれた物だな。しかし全てはあの子だいだ。余計な手出しはしないように強くお願いするとしましょうか』

あんしんを。貴方から預かった薬データのおかげで、事態は大きく進みそうですから。私が手を出す必要性はどこにもありませんよ」


 どこかさんくさい梁の敬語に、源藏と呼ばれた男性はもくして受け取る。源藏の瞳も赤いが、梁の目はそれよりも深い紅。

 世界の救世主と呼ばれるほこたかい一族、おう。その赤い目をぐ者達。少しずつうすれながらも、つめあとを残すように血は流れていく。


「しかし遮音が、ねぇ。拾った時は誰も信じない目をしていたあわれな子供が、成長した物です。これが親心と言うのでしょうか?」

『親はを哀れとは思わない。そう思う時点でそちらに育児の資格があるかどうか疑わしい』

「厳しいですね。さすが実妹のむすを育てた実績がある重い言葉です。深く受け止めるとしましょう」

『そのけんを売るような口調をどうにかした方が良い。だから実の甥にきらわれているのでしょう』


 源藏の最後の言葉にさすがの梁も盛大に反応した。何故か悪人に見られがちな善人は、大きく落ち込む。

 しかし全ては口調とふん、ついでにねんれいしょうな外見が悪いと源藏はフォローすることもない。梁はとりあえず立ち直り、三者面談と言う名のごく通信を切る。

 椅子に深く体をしずませながら溜息をつく。今日もアミティエ学園はいつも通り、学生達がそれぞれの意思で青春をおうしている。


「次はGW、五月には学年別交流会に中間試験……学生はいそがしいね。その間も友情を育むのだから大したものだよ」


 そう言って梁はカレンダーをながめて笑う。少しずつ消費されていく時間を表すように、時計の針が動く音を耳にとらえる。

 命を賭けるに値する友情。それを探すにさわしい時間は残っているか。梁はその結果を楽しみにしていた。


 真実の愛よりも難しいそれを、誰が見つけるか。これは友を持つ全ての者にがいとうする話である。

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