8話「多方面トラブル」

 ニアミスと言えばいいのか、ニアピンなのか。

 くるるクルリの電話を終えたおれらの耳に、別の着信音。

 そしてあせったあおシュウの声が電話口からひびき、ふじさんがろうばいしている。

 

 聞き耳を立てる俺――さいサイタと、その他二名。

 カナメママはゆうすわったままだが、ララはいつでも動けるようにちゅうごし姿勢だ。

 

 青路シュウの家にどろぼうが入って、きょうだいがいが出たらしい。

 そのことで警察を呼んでほしいとか、ふたたちの保護をたのんでいる。

 なにを急いでいるのか、あっという間に通話がしゅうりょう。混乱している藤さんが残されてしまった。

 

「サイタ、アタシ達はどうする?」

「そこで俺にるなよ……」

 

 かがみテオもゆうかいされたらしいし、だいヤマトとあまとりヤクモは夕方以降にしか動けない。

 あのねこみみろうが引きこもらずに外出すれば、まだマシなんだが。

 

「あー、ちょっと待て」

 

 考えろ、俺。なにか大事なことが置き去りになっている。

 ここに来た意味がなくなる前に、それをめなくてはいけない。

 事態が混迷している。きっとまたやばい目にう。そんな時に立ち位置をかくにんするには――。

 

「藤さん!」

「は、はい!?」

 

 警察への手配を準備してるダンディに、申し訳ないが声をかける。

 俺が青路シュウに出会って数日。いっしょに過ごした時間は半日にも満たない。

 そこへわくの事件がぶっまれている。それが薔薇ばらとげみたいに深くさるから、このかんは消えないのだろう。

 

「シュウが本当に父親をとしたと思いますか?」

 

 多分、本当の答えを知っているのは本人だけかもしれない。

 だから藤さんに聞いても、それは確証には至らない。

 けれど俺がほしい答えは、単純だ。

 

ぼくはそう思いません。シュウくんは家族おもいのいい子ですから」

 

 じゃあ、それで突き通そう。

 俺が勝手にその答えを信じるだけだ。

 この気持ちが裏切られる結果が待っていても構わない。

 

「教えてくれてありがとうございます! 俺達はテオを探しにいきます!」

「わかりました。ご武運を」

 

 なんかもう焦っているからか、藤さんのげきれいが少し変だったが悪くない。

 カナメママにもおをして、俺と多々良ララは店から出る。

 気づけば太陽がかたむいて、夕方のセールが始まる時間帯になっていた。

 

「……今日の夕暮れ早くない?」

 

 確かに。午後七時くらいに赤くなるような時期なのに。

 今は午後四時だ。そんな日もあるだろうという感じで、周囲の人々は生活の方を優先している。

 けれど変な事態におちいっているせいか、俺は真っ赤に染まった空に不気味さを覚えていた。

 

「夕焼けこやけの赤とんぼ〜」

 

 なんか遠くから高らかにどうようを歌ってせまってくるバイクが。

 はいおんにも負けないだいおんじょうなものだから、宣伝カーよりもうるさい。

 そして俺達の目の前で止まった。

 

 とうかいで身につけそうな派手な仮面に、ぴっちりたいに張り付いたライダースーツ。

 黒く長いかみや宝石みたいな赤いひとみ、仮面しでもわかる整った鼻筋や美しいはだが台無しだ。

 というかノーヘルは交通法はんだと思うんだが。近くに白バイとかパトカーとか来ていないよな。

 

「はーはっはっは! 久しぶりだな、少年少女よ!」

 

 ミュージカル俳優の張り上げた声が、耳のまくちょくげきした感じだ。

 頭がれて痛いし、肌がしびれる。全力でたたかれたたいの音を、全身で浴びた時にも似ている。

 

「ナルキー……だったけ?」

「その通り! あいしょうを知っていたこと、大変うれしく思うぞ!」

 

 できれば今後の人生ずっと関わりたくない相手上位だったけどな。

 あいじんナルキズム。多々良ララをかぎとして選んだやつ

 俺は大和ヤマトの事件時に会ったきりなんだが……このインパクトのせいで忘れにくい相手だ。

 

「さて……いよいよ鍵がそろきょうときたな」

 

 少ししんけんな様子で話すが、くちびるえがいている。

 退たいくつからようやくせたと言わんばかりの、興奮をかくしきれない様子。

 ナルキズムの視点からは、なにが見えているんだろうな。

 

「しかし裏で糸を引く相手が気に食わん。こちらの意向を無視している」

「……だれのこと?」

 

 多々良ララが目を細め、声を低くして問いかける。

 れんきんじゅつ機関やカーディナルの連中かと俺は思ったが、なんだかちがう気配だ。

 新たな勢力追加とかはやめてくれよ。ややこしくなって混乱するから。

 

「知っているはずだ。見ようとしないだけでな」

 

 こちらをけむきたいのか、この変態ライダーめ。

 でもまあ心当たりがあったりする。なんか明らかに変なのが残っている。

 せきで空白の四人目。五人家族であるはずの、青路シュウの一家。

 

「青い鳥はどこへ飛んでいったのだろうな?」

 

 ハンドルにひじを預け、ナルキズムは空を見上げた。

 もしもそんな色の鳥が飛んでいたら、いちもくりょうぜんだろう。

 けれど目にんできたのは黒いかげ。ドローンとかよりも、もっと大きなもの。

 

 くまみたいな生物が、ビルの屋上を足場にちょうやくしていた。

 

「今のって……」

「なあ、どこだと思う?」

 

 俺達のまどいをあえて無視し、答えのない質問を投げてきやがる。

 それは有名な童話だ。兄妹が様々な国を旅する、一種のぼうけん物語だ。

 けれど俺はあまり好きじゃない。なんだかほのぐらくて、すっきりしないから。

 

「どこでもいいだろ」

 

 別に適当に言ったわけじゃない。

 

「探しに行けばいいんだから」

 

 そういう話だ。幸せのしょうちょう――青い鳥。

 どこかへ消えていなくなっても、もう一度見つけるだけだ。

 

「では青い鳥の幸せはどこだ?」

 

 そんなもの、考えたことがない。

 兄弟の手をすりけて飛び立った鳥は、空にけて見えなくなった。

 幸せの象徴というだけで、鳥自身にとっての幸せはべつってか。

 

「同じことでしょ」

 

 息をまらせた俺の横で、多々良ララが小さな声でつぶやいた。

 

「探してみないとわからない」

 

 いつものレオタードドレスではなく、もんしろちょうみたいにはなやかなドレス姿。

 舞踏会にさわしい服装を身にまとった多々良ララが、バイクの後ろへと降り立った。

 ナルキズムのかたに手をえて、童話のひめさまよりも勇ましいイケメン女子高生が告げる。

 

「アタシがあの黒い影を追いかける。サイタはテオを探して」

 

 あっに取られた俺が思わずうなずけば、バイクがあっという間に遠ざかった。

 じょうげんな変態ライダーの高笑いが夕焼けに響き、そこでようやく思考回路が正常に動き始める。

 

「ヘルメットー!!」

 

 届かない気はしたが、一応注意しておく。

 バイクの二人乗りはすいしょうされないし、ちゃんとヘルメットかぶれ。

 

 

 

 さて、任されたものの……どうするか。

 かしさんの高級車は見当たらないし、俺の移動手段は基本的にバスか電車。

 貸し自転車を探してもいいが、都会だと歩きの方が便利なんだよな。

 

 ゲームとかまんだと、こういう時こそ真ヒロインとか現れて助言してくれるのではないだろうか。

 俺は身近な女子をおもかべる。危ないギャルせんぱいさつじん疑惑都市伝説グループ所属こうはい、理想像に近いが殺人すいの合コン相手。

 …………ろくなのいないな、まじで。なんか泣けてきた。

 

「はぁ」

 

 うれいをふくんだいきあわあわのように、やわらかく耳に届いた。

 なんだか美少女の気配。急いでけば、白いぼうとワンピース。

 黒のちょうはつはまっすぐ背中を流れ、黒しんじゅのような瞳がこちらをあきれたように見つめている。

 

「ど、どちら様?」

 

 実はちゃっかり覚えている。こんな美少女、忘れるはずがない。

 大和ヤマトの事件が起きた夜、群衆でぶつかった女の子だ。服装も変わっていないしな。

 それでも初対面をよそおったのは、ちょっと期待してのことだ。運命的なものがおとずれる予感。

 

「能なしめ」

 

 俺の上向き気分が、いっしゅんにしてひび割れた。

 この声に覚えがある。忘れるはずがない。

 けれど――まかりちがっても、この美少女が発していい声ではない。

 

「………………フェデルタ」

「ようやく理解したか」

 

 ひざからくずちたかったが、最後のプライドを総動員してえる。

 げるための変装なのか知らんが、俺好みの美少女である事実をうらんだ。

 

「なにか用かよ?」

 

 かくするように、声を低くして問いかける。

 

「助言しにきた」

 

 いやだ! こいつを真ヒロインだなんて認めないからな!

 でも対応に困っていた俺としては、なんだかんだでありがたい話だ。

 今はわずかでもいいから情報がほしい。用心深く耳をませる。

 

ゆうかいはんは錬金術師機関だ」

 

 帽子のツバをれんな指先で動かし、顔を隠す姿はおくゆかしい。

 これで忠義の魔人フェデルタというのが、俺にとって最大の不幸だ。

 そう。誘拐犯が錬金術師機関であることは、予想のはんないだ。おどろきもうすれる。

 

「結果、四つのじょうが奴らの手にもどった」

「は?」

 

 水に絵の具をぶち込んだように、不安が一気によどんだ。

 確か鏡テオ達がぬすそうとしたやつだろ。でも箱の中身は空だったはず。

 わけがわからない。なにがどうなっているのか、あくが難しい。

 

「これで錬金術師機関は錠四つと鍵候補を一人手に入れたわけだ」

「っ!?」

 

 鏡テオを誘拐したことで、錬金術師機関がいっせいに有利へと傾いたってか。

 そうしたらカーディナルは動くか――俺はいやってほど知っている。

 

「さあ、どうする?」

 

 お前も俺に問いかけるのかよ。

 夕暮れの下、真っ赤に染まったコンクリートをながめる。

 目の前が真っ暗になりそうなほど混乱しているのに、赤いしきさいが目にまぶしい。

 

「……」

 

 背中が痛い。じりじりと夕日に焼かれて、燃えそうなくらいだ。

 頭からのあせあごを伝い、俺の体からはなれていく。ってくれないはくじょうものめ。

 まぶたを一回閉じて、深呼吸する。体がぐらつかないのは、きっと答えは出ているからだ。

 

「探しにいく」

 

 真っ向からフェデルタの瞳をにらかえし、断言してやろうじゃねぇか。

 

「どれを?」

「全部」

 

 きっと鏡テオが考えていたのは、こういうことなんだろう。

 全部手に入れようとして、どこかでつまずいた。その結果が今だってだけ。

 でも俺は――あいつのごうよくさがすがすがしいと思うし、嫌いじゃない。

 

「テオも、シュウも――全部探して見つけてやるさ」

「……はぁ」

 

 帽子で顔を隠し、溜め息をく美少女。

 けれど口元は少しだけほころんでいて、笑っているように見えた。

 

「ならば、もう一つだけ」

 

 もったいつけやがるな、こいつ。

 

しゃの石は青いらしい」

 

 夏の風は湿しっともない、ビルのすきけていく。

 ちょっとしたとっぷうに体があおられたと思ったら、目前からフェデルタは消えていた。

 なぞの単語を増やしていくな。まあいい。俺の行動方針は決まったからな。

 

「まずはテオだな」

 

 錬金術師機関だ、と犯人の正体がわかっているからな。

 この情報をまずは枢クルリにわたすか。あの猫耳野郎ならば、対応策もすぐ出せるだろうし。

 

『……』

 

 電話口での長い無言はつらいぞ。

 けいたい電話でさっそく手に入れた情報全て渡したというのに、返事がない。

 しかしここで短気を発動しても無意味だ。なにかしらの声が聞こえるまで待つ。

 

『土中のせみ……か』

 

 全くわけわからん。

 蝉なんて周囲でうるさいくらいに鳴いているが、それが関係しているのか。

 

『とりあえずヤマトを呼んで、足を確保して』

「だな。ヤクモはどうする?」

『今は放置』

 

 冷たいのか、むしろ温情なのか。

 受験生である天鳥ヤクモに無理はさせられないからな。

 

『俺も外に出て、テオを追う。位置情報はテオの護衛がドローン使うって』

 

 猫耳野郎がそっせんして外出を選んだ。明日は真夏の雪でも降るのか……まあ、それは横に置いておこう。

 言ったそばから、赤い空を横断してきた飛行物体。

 それは俺の目前で空中静止し、音声を流してきた。

 

あずさです。こちらのたんまつを』

 

 真剣なこわ。ドローンのアームが動き、手の平に機械が落ちてきた。

 ポイントカード並みに小さいが、画面のせんゆうりつは九割。

 衛星からの映像みたいな、上空から東京をかんした地図が表示されている。

 そして常に画面の中央にはてんめつする赤い点。それは高速道路を走っていた。

 

『樫が追っていますが、いっぱんどうと高速を使ってこうらんされているようです』

「こっちの移動手段はバイクになりそうなんだけど……」

『ええ。しかしお二人の固有ほうなら――』

 

 ドローンに話しかけているのも変な図だが、仕方ない。

 それになんとなく枢クルリの作戦もわかった。

 俺はいったん通話を切り、大和ヤマトへとれんらくを入れる。

 

きんきゅう事態だ。バイト抜け出せないか?」

『店長に早抜け許可を貰うっす』

 

 話が早くて助かる。

 駅前を合流地点とし、真っ赤に染まった道をけていく。

 

 遠くからあいいろが迫り、夜がにじり寄っていた。

 長い夜の始まりを覚え、背中をなぞる不安を無視する。

 

 まずは鏡テオ救出だ。

 とらわれのヒロイン役が似合う人選に、なんか複雑な気分に陥る。

 俺も映画のヒーローみたいに、たまには美女を助ける側になってみたいんだけどなぁ。

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