5話「リバーシブルな感情」

 夢から覚めた気分で、アタシ多々良ララは公園のベンチに座っていた。束縛全てから解き放たれたような、そのせいで物足りないと思う寂寥感。

 赤くなりつつある空を見上げながら理解する。アタシは小泉ソウジに振られたんだ。初恋が一年越しで終わったことに、目の前が滲んでいく。

 わかっていたはずなのに、覚悟もしていたはずなのに。通り過ぎていく感情に流されて、肩から力が抜けていく。カノンは錬金術師機関からの電話だとかで、見える位置だが少し遠い場所で携帯電話を操作している。


 子供達が母親に呼ばれて家へと帰っていくのを眺めながら、小さな溜息をつく。誰かを好きになっても、報われるとは限らない。だけど不幸じゃなかった。

 雑賀サイタ。無関係を貫きたい無神経傲慢野郎のくせに、お節介焼きで無視できる冷淡さがない。甘ちゃんと言えばそうなのだろうが、アタシは嫌いじゃない。

 アタシは彼に救われたのだろうか。それともケジメをつけられたのか。どうせこの後夕飯を強請りに行っても、仕方ないと不満そうな顔をしつつもサイタはご飯を出してくれるだろう。


 綺麗なワンピースを着ても、アタシの周囲にいる男はどうして反応してくれないのか。そのことに関しては一言申し出たい気分だ。

 だけどなんかどうでもいいや。サイタがアタシを名前呼びしたとか、つられてアタシも名前呼びになっているとか、魔法が変化したこととか。

 世界が終わることよりも誰かに渡した恋が終わる方がアタシにとっては大事だったから。甘酸っぱくもない、苦い味だけで終わってしまった。


 呆気ない。終わってしまえば、納得できる数々の出来事と、納得しかねる感情。理性だけでは抑えきれない心の動きが、胃よりも奥の部分からなにかを吐き出そうと蠢いているみたい。

 多分普通の女の子はここから肩を震わせて大声で泣いてすっきりするのだろう。明るく前を向いて、次の恋を夢見る。だけどそんな器用なことはアタシにはできない。

 疲れ切って飛べなくなった蝶のように、襤褸切れのような羽根を動かそうとして失敗し続けている気分だ。触覚や細い足を動かして、上を見上げるだけしかできない無力な姿。


 アタシが嫉妬した恋は、硝子の夢だった。どこかの女の気紛れで泡のように砕け散って、その破片がアタシに突き刺さっただけ。思い出してしまえば、滑稽で仕方ない。

 舞台の上に立たされたアタシは主役だと勘違いして、浮足立ったのも束の間、右往左往して大根役者を演じただけ。アタシにお似合いの役だったじゃないか。

 もう忘れてしまおう。そのほうが楽でしょう。わかっているはずなのに、わかりたくないと思ってないのに、忘れられない。忘れたくなかった。


 サイタのせいだ。アタシはアイツとダンスして、楽しかった。失恋も、怒りに任せて我を忘れたことも、コンクリートを踏み砕いたことも全部、忘れられない。

 どんな惨めな姿になっても、あの時間を忘れてしまう方が怖かった。アタシはやっと大嫌いだったシンデレラの気持ちがわかった。忘れられるはずがない。あんな素敵な時間を。

 灰を被って薄汚れたドレスと自分しか残ってないとしても、あの時間だけは硝子のように磨かれて輝いていた。幸せだった。だからシンデレラ、わかったよ。


 アタシはアタシのまま、歩けばいい。地面に這い蹲る蝶のように哀れだとしても、それがアタシなのだから。


 足首に小さな違和感が走る。感情の整理をしていたせいか、自分に起きた変化に気付かなかったらしい。スカートの裾を動かして、右足首を見る。

 金色の足輪アンクレットが陽の光で輝いている。もちろんアタシはこんなのを着けた覚えもないし、見た覚えもない。絶妙に外すことができない輪の大きさ。

 鍵を管理するための道具にも見えるし、普通のアクセサリーにも見える。とりあえず針金みたいに細いから、折れるかもしれないと触れた指先の力を込めた。


「あのドレスはお気に召さなかったか?」

「だ……うわ、変態」


 問いかける言葉が詰まるくらいの第一印象。時代錯誤な仮面舞踏会で使用するような豪華な羽根飾りと宝石があしらわれた仮面に、黒のライダースーツ。

 上半身辺りはファスナーを降ろしており、その下に素肌があるという時点である程度はお察しである。野球拳というゲームにおいて初回リーチだ。

 アタシは無言で携帯電話を取り出す。こういう時こその110だろう。なんなら写真を撮ってもいいが、仮面のせいで容姿の意味が消失している。


「はははは!!下着などに囚われる我が身ではなく、正直に言えば下着って蒸れて汗疹出るから嫌いなだけなのさぁあああ!!」


 喋り方が歌劇と言うかオペラというか、ミュージカル風味な語尾の伸ばし方。日常会話でこれは胡散臭い。やはり通報しかないだろうか。

 しかし仮面男は気にせずにアタシの隣に座る。限界までベンチの端へとにじり寄って距離を取る。知り合いだと思われたくないが、警察への調査協力のために容姿特徴を掴もう。

 黒く長い髪に赤い目。鼻筋は通ってて、肌はきめ細かい……全裸にライダースーツなのにイケメンって詐欺罪で起訴できるのか思わず調べそうになった。


「しかし身体的事情があるのに、パトカーに追われるとは世も末だな」

「アタシも目の前にいる変態が美形なことに世紀末を感じてる」


 噛み合っていないような、しかし通じる会話。どうやら警察に事情説明する時の手間が省略できそうな予感が。

 そういえば痴漢とかに出会ったことがないから対処法がわからない。名前を聞いておいた方が後々のためになるだろうか。


「……名前は?」

「ナルキズムだ!親しい者にはナルキーと呼ばれていたのさぁあああ!」


 母の味がする飴玉が頭に思い浮かんだのは横に置いておこう。とりあえず日本人ではないことを確認した。

 夏風が吹いて湿った空気が肌を撫でる。暑いので手を扇の代わりにして煽いだら、変態も同じことをしていた。嬉しくないシンクロ。

 しかしナルキズムは男らしい笑みを浮かべて、優雅に脚を組んでいる。見方によっては貴族然としていると思えなくもないが、思いたくない。


「昔話をしよう。とある美しい姉妹と悪徳なる男の生涯だ。男は美しい姉妹を妻にした。そして二人の娘を授かった。姉に一人、妹に一人、異母姉妹、腹違いながら美しき姉妹だ」

「ふーん。一夫多妻制って珍しいね。それで幸せに過ごしたなら、話は成立しないよね。どうなったの?」

「男は美しい妻達に似た娘達にも欲情を抱いた。同時に世界を欲した。選ばれた自分ならばできると、配下を使って自分の手を汚さずに戦争を始めた」

「それで?娘達は嘆いたの?それとも父親から逃げ出したの?」

「いいや。娘達は父の怒りを恐れた。寺院さえも焼くことを恐れない男だ。兵士達が飢えていく中、自分だけは腹を満たす男はある日……嫉妬した」


 嫉妬。嫌な言葉だけど、アタシにとっては重要な単語だ。目の前の男が続ける話に耳を傾ける。


「美しい娘の姉妹、その中でも純真に育った愛らしい妹の方に婚約者ができた。男は婚約者を利用するつもりで式を勧めたが、娘二人が熱を上げたのだ」

「……姉も?」

「そうだ。この世の罪が七つで収まるのならば、あの悲劇は起こらなかった。四人の愛を巡る流れに、七つの命が巻き込まれた」

「……魔人はそこで生まれたの?アンタ、慈愛の魔人でしょ」


 男がまたもや笑う。正解を言い当てた生徒に対して教師が微笑むように。やっぱりそうかと、アタシは冷静になった頭で考える。

 わざわざ泣き腫らした目をした女に近付く物好きな男なんて限られている。その中でも慰めることもなく昔話を始めたからには、それなりの理由があるはずだ。

 なにより男は強調するように嫉妬という単語を出す前に息を溜めた。サイタだと気付かないかもしれないけど、アタシにはそれで充分だった。


「我が命はあの日に尽きた……それなのに、ああそれなのに!!我が身は今も太陽の下で焼かれようと動いている!!なんと理不尽!我が人生に悔いはないのに、生き返ったことを悔いるとは!」


 夏の太陽に向かって両手を振りかざす男は心底恨めしそうに叫ぶ。その声に体の奥底まで震えた。それにしても生き返ったとはどういうことなのだろうか。

 多分こういう時枢クルリなら相手のことを観察するはず。あそこまでの予測はできないけど、とりあえずアタシも経過を眺めていよう。


「五百年。我が身を愛し、人間を愛し、全てを愛した。慈愛の魔人と呼ばれるならば、全てを慈しみ許そうと思い、笑って過ごしてきた……ああしかし!」

「……どうしたの?」

「あの扉がある限り、全ては終わらない。鍵よ……どうか、我が呪いを……どうか……むっ!?」


 沈痛な表情を湛えていた顔が、サイレンの音であっという間に豹変する。さっきまでの沈痛な空気を吹き飛ばすように、指笛でバイクを呼び出す。

 えーと、アタシの知識ではバイクに自動操縦をつける技術はまだ未発達なはずだから、魔法かなにかなのだろう。なんという無駄遣い、と思わなくもない。

 男は派手な蝶型のヘルメットを取り出して頭にかぶり、バイクの座席に跨って排気音を出しながら、アタシへと視線を向ける。ヘルメットのせいで少ししか見えないけど。


「では我が愛車と共に風になる故、後は頼む!なにか困ったことがあったら助けに来る余裕さえあれば走ってくるため心配御無用!!それではさらば、乙女よ!!」


 そして颯爽と排気音をけたたましく鳴らしながら消えていく変態ライダーを追いかけるミニパト。女性警官の声がスピーカーで響き渡っている。

 頃合いを見計らってアタシに近寄ってきたカノンの顔は冴えない。携帯電話を片手に苦い笑顔のまま、鈴の鳴るような声を小さくしながらも話しかけてくる。


「あれが錠の一つ、慈愛です。そして多々良さんの足にある金の輪が……鍵に選ばれた証です」

「なんか失恋したことで悩んでたのか馬鹿らしくなってきた」


 どうも巻き込まれ方が本格的になってきた。ということは、あの時アタシの魔法が変化したのは鍵に選ばれたからなのだろうか。

 それならば少しくらいあの魔人に感謝してもいいかもしれない。アタシの望む姿になれたのだから、もしも万が一に再会する場合はお礼を言ってもいいかもしれない。

 ただしできれば二度と出会いたくない類の輩であり、アタシがそれまでにこの感謝の気持ちを覚えている保証はないため、もうこのまま全て有耶無耶にしてしまいたい気持ちもあったりする。






 で、なにか変わったのかと言われたら、いつも通りだと言うしかない。お腹が空いたからサイタにメールでご飯を強請り、怒りマーク付きの返事で了承を貰う。

 折角の高いワンピースを汚すのは嫌だから、一旦は自分の部屋に帰って着替える。暑い夏に相応しいジーンズのショートパンツに半袖パーカー。女の子らしくないアタシが無愛想な顔で鏡に映っている。

 短い髪の毛も、長く筋肉がついた脚も、なにも変わらない。足輪は着替えている最中に姿を消していた。外した覚えがないから、条件が重なると姿を現す魔法の道具だと思って放置することに。


 サイタの部屋へ向かえばこれまたいつも通り。ソファでクルリはゲームをしているし、テオは鼻唄で機嫌を良くしながら皿の用意をしようとして、床に落としている。

 どこかの母親みたいにテオに向かってリビングで大人しくしていろと怒鳴るサイタ。割れてはいないが、欠けている危険性があると真剣な目で皿と睨めっこしている。

 香ばしい匂いが鼻を掠める。今日はどうやら豚バラ肉の野菜炒めに、わかめの味噌汁と冷奴のようだ。それがわかっただけで腹の虫が元気に鳴る。


「俺の優雅な午後予定を潰しやがって、猫耳野郎!!明日は昼まで寝てやる!!日曜日くらい家事休み!!」

「じゃあ久しぶりにポテトチップスを朝食に……」

「ご飯と卵と醤油があるから卵かけごはんにしろ!不摂生は許さねぇ!!」

「殻割るのメンドー」


 テオは卵かけごはんを食べたことがないと興味津々な様子で目を輝かせている。そういえばセレブというか、外国人だから生卵を食べる習慣がないのか。

 ゲームを黙々と続けるクルリに卵かけごはんの作り方と手伝いを頼むテオの姿はまさに、大型犬が面倒臭そうな猫に相手してほしいと構う姿そっくりである。

 ただしクルリは猫パンチはしない。テオが治まるまで無視を続けるだけであり、ゲームもパーフェクトクリア。それでもめげないテオも凄いと思うけど。


「おー、ララ。早く手伝ってくれ。俺一人じゃ、このボケ二人を捌ききれない!」

「ボケにボケと言われてもなぁ」

「僕はボケじゃないもん!坊ちゃんだもん!」

「今の短い言動だけで何か所ツッコミを入れようか!?くっそ、無関心なツッコミポジに手を伸ばす羽目になるなんて」


 とりあえずサイタもボケだとアタシは思う。明確なツッコミがこの場にいないということを明言しとこうと思う。

 なんにせよアタシは黙って覚えた皿をしまう場所や箸置き場から人数分の食器を取り出して、準備を始める。テオには簡単なテーブル拭きでも頼んでおこう。

 クルリは今まで手伝ったことがないし、そのままにしとこう。むしろクルリが自ら手伝いを申し出た日など、天変地異の前触れだと騒いでもいいかもしれない。


「もう夏休みへの日数をカウントダウンする奴らもいる時期に、俺はなんで他人の痴話喧嘩に巻き込まれてんだ!ったく!!」

「……痴話喧嘩じゃない。アタシが勝手に怒って、暴れただけ」

「そうかよ。んで、すっきりしたか?言い足りないなら深山でも頼れよ。俺はもう疲れた」

「うん。わかった」


 愚痴りながらも料理を作る手を止めないサイタ。本当にいつも通り。そういえばあと一ヶ月弱で夏休みなのか。そしたら何処かに旅行したいかも。

 海でも、山でも、何処でもいい。暑い夏の日差しを受けまくって、肌を焼いてみたり、普段はできないことに挑戦してみたい。いつもとは違う意欲的なアタシがここにいる。

 だけど一人じゃ寂しいから、誰かと一緒に行きたい。アタシはそう思ってサイタの汗だらけの顔を見る。夏の台所の地獄事情が垣間見える瞬間で、淡い感情を抱こうにも状況が悪い。


「サイタはさ、夏休みどうするの?」

「俺は目の前の厄介事と食事事情で頭一杯ですが、なにか?」


 余裕のない怒り声でそう告げるサイタ。額には青筋浮かんでるし、向けられる視線にはアタシのエンゲル係数が高いんだよという不満が込められている。

 お世話になっている身としてはこれ以上はなにも聞けない。いやだってサイタのご飯が美味しいのが仕方ない。だから厄介事が舞い込む大半の理由はそれだと思う。

 なんにせよもう少し日にちが経ってから聞いてみよう。ついでにテオやクルリと一緒に行けそうな場所……難易度がいきなり高くなったような気がするけど、一ヶ月じっくり考えればなんとかなるかな。


「ああでも、ララがあのワンピース着てくれるなら、一緒に海行こうぜ」

「……なんで?」

「白ワンピースときたら浜辺だろ?なんだよ不満なのか?」

「別に、そうじゃないけど」


 超ベタシチュエーションを無自覚で選んできたよ、この男。咳払いする要領でクルリが笑いを堪えている。そういえば針山アイもそういうタイプか。

 もしかしてあのワンピースを一応見てたのか。ああいうのが、好きなんだ。そっか、男って単純と馬鹿にする女の子は多いけど、アタシは意外と嫌いじゃないかも。

 だって単純な理由で好きになってくれるって、凄いことじゃないかな。外見だけで好きになるのもどうかと思うけど、好意には変わらないんだし。


「ついでにテオに泳ぎでも覚えさせて、あそこの猫耳野郎を引きこもりからアウトドア派に」

「望みが高すぎると思う。大体誰が面倒みるの?主にテオの」

「……っ、俺か!?」


 自分の過ちに気付いたように苦悩するサイタ。相変わらず無関心を貫こうとして失敗する原因は自分自身にあるとわかってきた頃だろう。

 それでも口の中でなにかを呟きながら必死に考え事をしている。海を諦めきれていないらしい。もしかしてそんなに白ワンピース付属の浜辺が見たいのか。


「大体お前、特別な時じゃないと綺麗な服着ないだろう?今回一度だけなんて服代がもったいない!!」


 いや違う。余計なお世話を焼いていただけだ。だけど確かにあのワンピースは高かったから、サイタの言う通りこれから着る回数は少ないだろう。


「だから海だ!あと一ヶ月の間に予定考えとくから、忘れんなよ」


 そして出来上がった料理を運び出したサイタ。皿を落とさないように気を配っているから、アタシの顔など見ていなかっただろう。

 暑さだけが原因じゃない真っ赤な顔を見られなくて良かった。浮かれた気持ちを隠せないなんて、子供じゃないんだから落ち着きたいのに、心だけが逸る。

 今すぐにでも夏休みになればいいのに。そう考えるアタシなんて、いつも通りで、いつもと違う。これじゃあ花の蜜に誘われる蝶じゃないか。恥ずかしい。





 とりあえず土曜日と日曜日に慈愛の魔人について話し、詳しいことはまだわからないことで保留という形になった。

 月曜日のアタシはいつも通り学校へ向かう準備を始める。健康的な長い脚に、短い髪、愛想のない顔に、少しだけ高鳴る鼓動。

 ここ二日間、サイタと会うだけでいつもと違う自分になってしまう。なるべくいつも通りを装って誤魔化してるけど、それもいつまで続けられるか。


 いくらなんでも尻軽じゃないかと自分でも思う。振られた直後なんだから、もう少し感傷に浸ってもいいはずなのに。というか相手はアタシより十センチ近く低いのに。

 でも身長は関係ないのか。とにかく平常心。どうせあの無神経傲慢野郎はアタシの動揺に気付かず、無関係な会話で盛り上がるのだから。一緒の電車で隣に座るくらいどうってことないはず。

 深呼吸してから靴を履いて外へと出る。予想通りサイタがアタシを待っていて、いつも通り欠伸をしている。そして唐突に話しかけてきた。


「ま、色々あったみたいだけど元気に頑張れよ。食事量の少ないララなんて、真夏に雪降るかと思ったくらいだからな」

「……大丈夫。今日の夕飯は米粒一つ残してやらないから」


 本当に変わらず無神経な男である。そのことに安心しつつ、残念に思う。やっぱり意識しているのはアタシだけで、アタシが変なんだ。

 それにしてもアタシそんなにわかりやすい変化をしていたのか。もしかして、心配してくれてたのかな。そうならば少しだけ嬉しいし、期待してもいいのだろうか。

 返してもらった手紙はアタシの机の引き出しに大切にしまっている。誰の手にも触れないように、もう二度と誰かの都合で利用されないようにと願いながら。


 だけどあと一回だけ、アタシの四文字で表せる心を目の前の男に渡してもいいだろうか。受け取ってもらえるかどうかわからないけど、アタシの心を拾い上げたサイタに。

 シンデレラ、硝子の靴を置いてきてしまった時慌てたよね。でもそれを拾い上げて探し当ててくれた王子に感激したはずだ。その気持ち、今は少しわかって、嫉妬してしまう。

 アタシも同じ状況になりたい。だから自然な流れで渡せないだろうか。今、アタシは目の前にいる男のことが……サイタの……今は……。


「それにしてもお前の男の趣味って悪いな。次は良い男に惚れろよ」


 ──今は目の前で無神経ながら晴れやかに笑う傲慢野郎の首を絞めたい。

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