2話「勘違いフラッグ」

 お買い物をするのは別に構わないけど、とても嫌な予感がする女子高生の私、深山カノン。現在錬金術師機関から特別扱いされ、平穏な日々を勝ち取れた次第である。

 気兼ねなく友人の多々良ララさんと気軽に服屋に立ち寄ることもできるし、情報収集という名目で色々助けてくれた枢クルリさんと近付けるし、順風満帆な感じで過ごしている。

 クルリさんは別に私のためというわけじゃなかっただろうけど、結果的に私は彼に救われた。メンドーという一言で、全て許してくれた寛大な人。これが勘違いでも構わない。


 そう。別に買い物もクルリさんが私に好意を抱いてなくても構わない。私が勝手にクルリさんに片思いするのも個人的な問題であり、些細なことである。

 ではなにか問題か。多々良さんの行動だ。中学時代からの付き合いであり、母親が経営するダンス教室の生徒でもある、イケメンに見える高身長女子の驚くべきこと。

 普段は動きやすさ重視で選ぶため、パーカーワンピースやボトムに興味を示す彼女が、値段と睨めっこして安いのを積極的に買う彼女が。


 足首まであるロングワンピース片手に悩んでいる。しかも結構なお値段に比例したデザイン重視の服だ。


 放課後に買い物したいと言われ、ちょっと気合入れたいということで駅前のデパートにやって来たのだが、まさかこんな光景を見ることになるとは。

 まるで母親の気分だ。昔はあんな素っ気ない服を着ていた娘がお洒落に目覚め、化粧にも興味を持って綺麗な蝶を羽化するように輝くのを見るに近い感情。

 ただし一つ疑問がある。きっかけはなんだろうか。最近だと雑賀さんと付き合いが深いが、ラフな友人同士のようにお洒落する必要性が感じない。


 クルリさんはいつも紫色のジャージ姿と猫耳バンダナで、鏡さんの服装は全て椚さんや梢さんに任せているようだが。

 もしかして針山さんという美少女に感化されたのだろうか。いやでも多々良さんは基本我を通すと言うか、趣味がはっきりしているので違和感がある。

 私の場合、長い付き合いだが彼女が私の服装を褒めることはあっても、着ようと言う感覚はなかった。まず私の服はゴシックフリルなどを重視して統一している。


 多々良さんが持っているワンピースを見る。白い布地に青いスパンコールがささやかに飾り付けられ、華やかな刺繍に彩るデザインだ。

 派手ではないが、趣味が良いと思えるような清涼さ。深い切れ込み、スリットが入っているが青い紐で編み上げているため、やはりデザイン性が高い。

 露出がありつつもお洒落でカバーする。この編み上げを植物の蔓に見立て、青い蝶が舞う刺繍も好ポイントだ。その分、学生が払うには辛いお値段だが。


 では何故多々良さんはこのワンピースを買おうと悩むのか。もしかして雑賀さんとデート……なんてことはあり得ない。絶対に。

 無神経傲慢野郎と名高い雑賀さん。別に悪人ではなく、建前を作らないと人を助けられない、けど結局助けて無茶してしまう人だ。

 いやでも配慮が足りないと言うべきか、本当に無神経で、自分は無関心なクールメンズと言いそうなところが癪に障ると言うか、どこにでもいそうな男子高校生である。


 しかし料理が上手い。私も意外と家庭料理やお菓子作りなら自信はあるが、雑賀さんはその遥か頭上を行くおふくろの味を習得している。

 その料理に何人が魅了され、結局問題を抱え込むことになったか。クルリさんも雑賀さんの料理の虜だし、正直ちょっと悔しい。今度教わろうかな。

 多々良さんも完全に雑賀さんに胃袋を掴まれた人だ。昔から多めに食べる人だったが、雑賀さんと出会ってからは制御が外れている気がする。というか、身長が伸びた理由はプロテインではなく、食事量だと私は思う。


 なんにせよ雑賀さんと出かけるために買うワンピースとしては高すぎる。大体あの男が高価なワンピースを褒めるところや、照れる様子が思い浮かばない。

 むしろラーメン屋に連れていって汚す未来しか浮かばない。では多々良さんが雑賀さん以上に気を遣う、綺麗な服を褒められたい相手となると……やはりあの男なのだろうか。


 もう一人、思い浮かべた少年。それも別に悪人ではない。ただし馬鹿が付くほど正直者というか、報われない、救われない、といった感じの善人だ。

 多々良さんがずっと好意を抱いていた相手。告白しようとして、結局その気持ちを利用されてしまい、友人のまま無意味な関係を続ける男、小泉ソウジさん。

 確か工業高校に進学したはず。多々良さんは律儀に関係を続けているようだが、私はできれば縁を切った方が良い気もする相手なのだ。


 小泉さんは雑賀さんと別系統の無神経さだ。明るい無遠慮というか、悪意のない無邪気さと鈍感。本当のことに気付かないまま、自分の利点だけを得る。

 まだ雑賀さんの方があからさまで、こちらも遠慮せずにいられるので楽だと言えば楽だ。小泉さんのは反応し辛い上、本人は自覚していないのが性質として悪い。

 簡単に言えば、男って馬鹿よね、の典型だ。思い出すのも忌まわしい如月さんならばそのことに気付けただろうが、多々良さんの場合は恋は盲目をきっちり体現したような純真少女だ。


 そう。多々良さんは女子なのだ。確かに顔立ちは整っているし、高身長でイケメン顔。ショートカットや起伏の乏しい表情も相まって、周囲の女性は勝手に色めき立つのだ。

 でも付き合えばわかるのだが、実は星や蝶などのメルヘン柄が好きだったり、新商品に目がなかったり、甘い物が好きだったり、趣味の社交ダンスでも密かに女性役のステップを常に覚えている正真正銘のガールだ。

 本人がそれを主張しないだけだ。女の子らしくなりたい男勝り、ではなく、中身がきっちり女子なのに外見ハンサムという組み合わせの問題だ。


 服装もパーカーを選ぶのは自分に似合う物がそれだと自覚しているから。誰だって自分に似合わない服は買わないだろう。それだけなのだ。

 なのに多々良さんが一切それを気にしないのが辛い。もう少し女の子としての幸せを手に入れてもいいと思うのだが、余計なお世話にならないように気を遣う。

 とりあえず、さり気なく、違和感がないように、平然として、尋ねてみよう。大丈夫、いつも通り軽やかに質問すればいいのだから、完璧にできるはず。


「そのワンピースを買うのかしら?もしかして雑賀さん?」

「ううん……週末、ソウジに会いたいとか言われたから……ちょっと」


 脳内緊急会議を発足します。議題は、多々良さんはまだ小泉さんが好きなのかどうか、である。副題として、あの男は一体なにをする気だ、である。





 思わず誘われるまま雑賀さんの自宅、夕ご飯の御招待を受けてしまった。誘ったのは多々良さんで、了承確認のメールを送ったところ、怒られつつも許可が出たらしい。

 私の思考は迷路の出口を目指してパニックになっている鼠状態だ。どうして小泉さんと出会うのにあんな高いワンピースを買うのか。決まっている、多々良さんは期待している。

 表面上には浮かんでこないし、本人も気付いていないようだが、多々良さんは小泉さんともう一度好機が巡ってくるのではないかと浮かれている。どうしよう。


 小泉ソウジ。確か多々良さんの告白を利用した如月ミズキと恋仲になっていたはずなのに。もしかして別れたのだろうか。一応如月さんはあの馬鹿に一年は付き合ってあげたのか。

 なんにせよ緊急事態だ。馬鹿はなにしてくるかわからない。頭が良い人が仕掛ける奇策とは違い、正体がわかった後も理解不能な筋道しかない。予想ができない。

 私は雑賀さんが部活から帰ってくる前にクルリさんの部屋へと入る。クルリさんは雑賀さんの料理を食べるためだけに、マンションの部屋を扉で繋げた人だからだ。


 つまりクルリさんの部屋から簡単に雑賀さんの部屋に入れる。不用心に見えるが、雑賀さんはああ見えて懐に入った人間はとことん信じるらしい。

 それにクルリさんはお金に困っていない。盗みとかメンドーなことするくらいならば、ボタン一つで解決するくらいの知能で財産を築き上げる怠惰な人だ。

 雑賀さんが学校に行っている間、自宅警備員としてクルリさんが働いているような図にも近い。実際どんな強盗もクルリさんの固有魔法を前にしたら勝てないのは目に見えている。


 固有魔法。私は持っていないが、多々良さんや雑賀さん達が持っている能力。二人に一人は当てはまる、不自然なほどありふれた話だ。

 クルリさんの固有魔法【神の家ザ・タワー】は空間魔法。自分の心象心理を別空間で形にし、視線を集めた相手を引きずり込む。その空間の法則は全てクルリさんが決める。

 まさに神様となって家を作り上げるのだ。ただしクルリさんは過去の事例にいて、自発的に使ったのは三回しかない。魔法だからといって便利なわけではないから。


 改装してほぼフローリングしかない部屋の中、絨毯マットの上で寝ながらゲームをしているクルリさん。猫が仰向けで猫じゃらしで遊んでいると私には見えていた。

 恋は盲目と言うけど、私も例外ではないらしい。クルリさんの仕草全てを目で追いたくなり、その全てが愛おしい。これでは多々良さんに対する心配もお節介以外の何物でもない。

 それでも多々良さんは大事な友人で、小泉さんは起爆装置に近い問題の人物だ。多々良さんが遠慮なく雑賀さんの部屋に向かう中、私はクルリさんに近付いて声をかける。


「あの、御相談があるのですが……よろしいですか?」

「メンドー」


 どうやらゲームに集中しているらしい。これ以上邪魔して機嫌を損ねるのも不本意だが、多々良さんに聞かれるわけにはいかない。

 少し強引に話を続けてみよう。それで嫌われたとしても、私は自分の判断に責任を持つだけだ。恋と友情を天秤にかけるのも性に合わない。


「多々良さんが週末に雑賀さん以外の人と出会う予定があるらしくて、その相手が私も知っている限りでは不安な方なのですが」

「……デート?」

「違うのがこれまた厄介というか……お話しませんか?」


 少し眉尻を下げて笑いかければ、ゲームをクリアしてから起き上がるクルリさん。面倒そうに目を細めているが、少し考え込んだ後頷く。

 たまには強気に出るのもいいらしい。でもクルリさんは猫みたいな御方だから、ただの気紛れかもしれない。それでも彼の目の中に自分の姿が映れば嬉しくなる。


「色恋沙汰は馬に蹴られるのがオチだと思うけど。死亡フラグよりも明確すぎる」

「馬に蹴られた方がましなほど、多々良さんの蹴りって強いですよね?そういうことです」


 多分これだけでクルリさんは私が言いたいことを理解してくれるはず。どういった構造なのかわからないが、クルリさんは物事を見据える能力が尋常ではない。

 これが本当の才能なのだと思う。ゲームで負けなしという実力は、クルリさんの才能の一部。彼の本質がわずかに浮きだった結果に過ぎない。

 熟慮しているクルリさんは無言のまま目を遠くに見据えている。その横顔を見れるのが幸せで、少しだけ落ち着かなくなった私の耳に嬉しそうな声が響いてきた。


「クルリ!今日の晩御飯にカノン達が遊びにくるって本当、あ、本当だ!わーい、皆でごはん!!」


 無邪気な様子で遠慮なくクルリさんの部屋に入ってくる鏡テオさん。主人の帰りを待っていた大型犬のように走り寄り、クルリさんの周囲を意味もなく回り続ける。

 汗を流しているため、おそらく走って帰って来たのだろう。いつも持っている小型キーボードのバックはない。玄関で椚さんが着ぐるみ姿でそのバックを持っているため、そういうことなのだろう。

 夏が少しずつ勢いを増しているというのに、荷物と着ぐるみを着ていたせいか、椚さんはリスの頭を外して雨のような汗をフローリングに零している。


「ぼ、坊ちゃん……俺はこの後副業の方のお仕事行きますんで、お迎えは雑賀さんにメールで頼みますからくれぐれも一人で外に出ないように……」


 護衛とホスト。その二つの仕事をこなしている椚さん。梢さんの方は現在ドイツで主人であるエーレンベルク家に直接報告をしているらしく、不在。

 それでも週末辺りに帰ってくるらしく、ドイツ土産を買ってくるとか。なんにせよ鏡さんを一人にすると危険な予感しかしないため、その世話の一部を雑賀さんに頼んでいるようだ。

 雑賀さんは最初不平不満の嵐だったそうだが、鏡さんの世話代と食事代という名の御好意による支給金で、文句は言いつつも了承したらしい。


「カノン、ねぇ、カノン!僕ね、週末は小人さん達使ってライブパフォーマンスしようと思うけど、どうかな?」

「だ、駄目です!子供が触れると大変です!魔法は本当に必要な時以外は使っちゃ駄目ですよ!」


 テンションが上がっているのか人懐っこく恐ろしいことを告げた鏡さん。貴方の固有魔法は毒薬を生物の形にして操る、ということを忘れているのだろうか。

 鏡さんの固有魔法【貴方に贈る毒薬ギフト】は強力すぎる上に、本人には耐性がない類の物だ。それで一度痛い目に遭ったというのに、昔から何度も使っているせいか彼には忌避感がない。

 私に否定されたことで落ち込んでしまう鏡さん。そ、そんな大型犬が主人が遊びに付き合ってくれなかった時のような眼差しで見られても、駄目な物は駄目である。


「というか、魔法を使いながら演奏できるの?メンドーじゃない?」

「本当だ!盲点というやつだね!じゃあ僕はいつも通り演奏するよ!」


 クルリさんの提案により集団昏倒は免れた。良かった、本当に良かった。鏡さんが不器用な人であることも重なり、本当に良かった。

 最近では両手合わせて四本指演奏になった鏡さんだが、魔法でパフォーマンスする前に本格的な十本指演奏を学んで欲しいところである。

 それにしてもいつの間にやら私にも懐いている。もしも番犬だったら、馬鹿犬と称されてもおかしくないが、彼は方向性としては愛玩犬なので問題ないのだろうか。


 雑賀さんはお母さんというか、オカン、いや近所のおばちゃん、そういった類な気もする。そして多々良さんが一家の長女で、クルリさんと鏡さんは猫と犬。

 これでお父さん系や長男系、はたまたおじいちゃん系も増えそうな気がして嫌な予感しかしない。実際、雑賀さんは無自覚だが順調に鍵候補を集めている。

 錬金術師機関やカーディナルでは注目度や重要性は低いが、候補が集まるのは組織の対立を増やす要因だから止めてあげたい。でも結局雑賀さんは関わるんだろうなぁ、無神経に、傲慢に。


「……カノン。一計がある」


 クルリさんが内緒話するように私を手招きする。従わない理由がない。私は彼の口元に耳を寄せ、聞こえてきた内容に開いた口が塞がらなくなった。

 とりあえず成功したとしても、一番痛い目を見るのは雑賀さんだということがわかる作戦。クルリさん、なんだかんだいって信用してるのだろう。かなり悔しい。





 夏が近くなってきた。必然的に陽が落ちるのは遅くなり、部活時間は長くなる。軟式野球で大会を目指さない部活動とはいえ、長時間の運動で疲弊した体を酷使する俺が雑賀サイタである。

 というのも、メールで深山カノンが晩御飯に来ると多々良ララに教えられるわ、椚さんは鏡テオの面倒を見てほしいとメールするわ、枢クルリは挙句の末に焼きそばリクエストだ。

 しかし枢クルリと鏡テオから食費を貰っている俺に拒否権はない。これも生活のためだと自分に言い訳し、怒涛の量である麺を一番でかいフライパンを使って焼いていく。男子高校生の筋力を有効活用だ。

 夏野菜の味噌汁、簡単なハムサラダ、山のような焼きそば。もう今日はこれでいいだろう、ということで全員席についてから食事開始だ。

 部活で腹減っている上に飯まで作った俺はいつも以上の速度で食していく。もしかしたら多々良ララ並に食べているかもしれないと、横目で食欲旺盛女子の様子を見る。

 減っていない。まるで普通の女子高生のような食事量と速度。あの、あの多々良ララが俺のご飯に反応せず、考え事で溜息をついている。明日は震度四の地震が来るな、間違いない。


 それほどの驚愕光景だ。鏡テオの方が今日は食べているぞ。ただし鏡テオの場合は諸事情で胃袋が小さく、幼稚園児並の食事量だが。

 もしかして俺の料理が美味くないとか、そういうことか。いやあり得ない。こちとら妹二人の贅沢な舌に合わせた万人受けする味付けを習得したんだぞ。

 実際俺の舌も満足感を脳へ送っている。不味いはずがない。では何故多々良ララが少食になっている。もしかしてあれだろうか、聞いてみよう。


「多々良……ダイエットか?」


 俺自身は真面目に聞いたつもりだったが、机下で約三人に足を踏まれ、特に脛を蹴った足には涙目になるほどの威力があった。

 どうやら見当違いだったようだ。じゃあなんで少食になっているんだよ。俺の料理に飽きたとか言われたらさすがの俺もショックを受けるぞ。

 別に枢クルリや鏡テオが少食になっても問題ない。偏食や拒食は困るが、二人は俺より一応年上だし、自己管理くらいはできるはず。


 ただし多々良ララが食べないという事態を見過ごすことができない。どうしてかわからないが、年頃の少女として食べないのは不健康だろう。

 しかもいつもは美味しいだのと褒めてくれる言葉が今日はない。やっぱり俺の料理になにか変化でもあったか?疲れているから、塩分多めにしてしまったのだろうか。

 誰か第三者に確認を取らなければ。しかし鏡テオは頼りにならないし、深山カノンはあまり俺の料理を食べたことがない。ならば残るは一人だ。


「クルリ……俺の料理に不満はないよな?」

「女子高生だったら完璧だった」


 この猫耳野郎。相変わらずの憎まれ口を叩きやがって。しかしどうやら味に不満はないらしい。男子高校生手作り料理、という点だけに問題があるようだ。

 しかしそれは枢クルリが男であるためだ。多々良ララは女。ならば他の問題はなんだ。女が少食になる原因、しかも多々良ララにも起こるであろう問題。

 よし、わかった。もうあれしかない。あれのためには水しか飲まないとか言い始める奴もいるし、絶対これに違いない。さすが俺、わかっているじゃないか。


「多々良……体重制限だな。社交ダンスにもあるんだろう?」


 違ったらしい。またもや机下で俺の足が蹴りの嵐によって苛烈な痛みを伝えてくる。もうこれ以上の理由は俺には思いつかないぞ。

 多々良ララが溜息をついて俺から視線を逸らす。物思いに耽る、といった表現が似合う横顔。もしかして虫歯が痛むとかいう理由なのか。


「サイタ。週末は暇?」


 唐突に枢クルリが俺に予定を聞いてきた。初めてのことである。怠惰な猫耳野郎は普段から俺の予定お構いなしにメールしてくるはずなのに。

 一体どういう心境なのかと俺が怪しむ横で、多々良ララが肩を跳ねさせた。もしかして塩の塊かソースが固まったところでも食べてしまったのか、気まずそうな顔だ。

 しかし週末か。夏休みも来月に迫ったというこの時期に、テスト週間が迫り、その間は部活ができないためと説明され俺に、暇かと尋ねやがったな。


「暇じゃねぇよ。部活だっつーの。昼には終わるけどよ、午後は昼寝するからな。絶対に!」

「……ふーん。わかった」


 なんか今の了承の声音に引っかかる物を感じたぞ。猫耳野郎がなにかを企んでいるのか。しかしメンドーで全てを片付ける怠惰な猫耳野郎がなにを画策するのか。

 今日は変なことばかりだ。カーディナルや錬金術師機関も鏡テオとの一件以来姿形も見せないし、深山カノンは呑気に晩御飯食べてるし、針山アイはよくわからないし。

 もうここまで変だと週末に季節外れの雪が降ればいい。そしたら部活も休みだし、俺は気兼ねなく昼まで寝るぞ。最近忙しすぎるからな。休める時に休まないと。


「テオ、午後に路地演奏を予定に入れといて。ララ、週末に今流行りのミュージシャンがいる場所に相手を誘え。テオの声なら相手も喜ぶはずだ」

「……?わかった。けど、なんで枢がアタシの予定を知ってんの?」

「色々あるんだよ。メンドーなことに」


 そう言ってハムサラダのハムを食べる枢クルリ。どういうことだ、一体週末になにがあるというんだ。困惑する俺の横で、多々良ララが深山カノンの顔を眺めているし。

 深山カノンは両手を揃えて謝るようなポーズをしている。どうやら深山カノンが多々良ララの予定を枢クルリに教えたということでいいのだろう。

 しかしなんで鏡テオの演奏を午後にして、多々良ララに合わせるように告げたのか。俺は深く追及せず、ただ疑問だけを残しながら食べ続ける。


 そして猫耳野郎が仕掛けた策略にまんまと踊らされることも知らず、俺は週末を迎えた上に酷い目に遭うのであった。

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