5話「マネーはパワー」

 結局、あの夜は俺、雑賀さいがサイタと多々良たたらララは荒れたくるるクルリの部屋に一晩泊まった。

 枢クルリは帰ってくることなく、俺達二人は早朝に警察の人が部屋を調べるとかなんとかで自宅に帰る流れとなった。


 まだ日の出も寝ぼけているような寒い初夏の朝、通り過ぎた顔に薔薇の痣があるスーツ姿のホストも欠伸している。

 俺は固有魔法所有者かと思って少しだけ視線で追ったが、すぐに曲がり角で見えなくなってしまったのですぐに無関心になる。

 魔法を持っているなんて二人に一人当てはまる話なのだから、珍しいことではない。ただあんな目立つ場所に痣があるとやはり人目を惹くと思う。


 多々良ララは朝に弱いらしく、ふらついて俺の後頭部に額をぶつけてきたので、眠気覚ましの飲み物買うために近くにあるコンビニに寄る。

 都内のコンビニは早朝でもしっかりと活動しており、金髪の若い男の店員が、もう一人の社員らしき女性に話している。


「いやだから本当に夜空に女の子が……」

「お前夜工事バイトやってて朝にコンビニバイトだからって寝ぼけてんじゃないぞ。レジやれ、レジ」

「ういっす。いらっしゃいませー」


 俺は今にも眠りそうな多々良ララの手を掴んで、栄養ドリンクとコーヒー缶を人数分レジ台に置く。

 ついでに出来立てというか蒸かしたての肉まんも人数分。なぜか女性社員の方がにんまりと俺と多々良ララを見ている。

 レジの若い男は気にせずにバーコードを読み取って、金額を告げてくる。俺はおつりの小銭が少ないような金額を出して袋を手に取る。


 コンビニから出ていく際にまた女性社員と若い男の話し声が聞こえてきた。


「ちょっと見た!?今のイケメンの方が女の子で、ちっちゃい方が男の子で、早朝に手を繋いで栄養ドリンク!?しかも心なしか制服よれよれ!」

「はぁ……」

「今日祝日だからって、男の子頑張っちゃったのかしら?若いっていいね…とと、いらっしゃいませー」

「いらっしゃいませー」


 俺は後ろから聞こえてきた多大なる誤解の話に脱力する。制服よれよれなのは自宅に帰ってないからだよ、馬鹿野郎。

 多々良ララが目をこすってこちらを夢うつつな状態で眺めてくるので、栄養ドリンクの蓋を開けて飲むように差し出す。

 そして掴んでいた手を離して距離を取る。これ以上誤解されてたまるか、そういったのとは無関係でいたいんだ俺は。


 駅に向かう途中で栄養ドリンク、缶コーヒー、肉まんの順で歯を動かした多々良ララは少しずつ目が覚めてきたようだ。

 俺は缶コーヒー、肉まん、栄養ドリンク一気飲みの順で咀嚼して、今日はもうずっと部屋でゴロゴロしていたいと疲れた思考で考える。

 それも部活からの練習メールを確認して吹っ飛ぶことになるのを、五分後電車に乗ったばかりの俺は味わう訳なんだけどな。



 ただでさえ疲れていた俺は過酷な野球練習にノックアウト状態のまま、部室の床で転がる。汚れることすら疲れの前では無関係だ。

 同じ部活仲間の二次元大好き残念イケメンの西山トウゴは変人を見る目だ。他の部員も俺の奇行に大丈夫かと声をかけてくる。

 とりあえず手のジェスチャーだけで大丈夫と伝え、少しだけ体力回復したところで用意されているスポーツドリンクに手を伸ばして飲み干す。


 大体の部員が着替え終わった時、まだ部室に残っていた男子数人が西山トウゴを中心にゲーム機を持って何かを言い合っている。

 俺は愛用の漢字シャツを着ながら、西山トウゴが持っているゲーム機を覗く。最近流行っている協力対戦型ゲームだ。

 部活練習は昼過ぎに終わっていたので、これからゲーム仲間で最難関ミッションに挑むとかなんとか意気込んでいる。


 俺もそのゲームをやっていたのでゲーム機を持ってくれば良かったと後悔する。なにせ自宅に帰らず制服よれよれのままでの登校だ。

 多々良ララはとりあえず先に帰しておいた。別れる頃には完全に目が覚めていたから大丈夫だろう。

 帰る準備が完了した俺は部員たちのプレイを眺めることにした。挑んでいるミッションは噂で一番難しいと言われる奴だ。


 無線通信で集合をかけている最中、一人知らないプレイヤーが混じる。文字チャットで仲間に入れてと告げてきた。

 西山トウゴは少しでも戦力ほしいからと快諾。だけど俺はその知らないプレイヤーが見覚えある気がして固まってしまう。

 だってこのゲームは好きなキャラメイクや装備で外見変わる類のだけど、そのプレイヤーのキャラクターには猫耳がついている。


 名前は非表示なので見えなかったが、その後のミッションでの鮮やかな活躍に西山トウゴが尊敬の目で猫耳プレイヤーを眺めている。

 他の部員たちも誰だこいつとはしゃぎだす中、俺は静かに部室の扉を開けて左右に首を動かす。

 すると予想外というか予想通りというか、猫耳バンダナで昨日と同じジャージ姿の枢クルリがやる気のない座り方で、ボタン連打をしている。


 俺に見つかったのも気付かない様子でミッションに集中し、クリア音と同時に立ち上がってやっと俺の方に気付く。

 そして丸まった背中で去ろうとするので、思わず服を掴んで引き止めてしまう。小さく舌打ちするのが聞こえたが、今の俺の心境からしたら無関係だ。

 事情聴取とか警察の人とか色々あったのにお前はなんで普通にゲームしてんだよ、この猫耳野郎。


「どうした―サイタ……って、そいつは?」

「え、えっと俺の……友達?」

「なんで疑問形、って、その猫耳はもしかしてさっきのプレイヤーか?」


 西山トウゴの声に他の部員達も部室から飛び出して、枢クルリの猫耳バンダナに目を向ける。

 振り向かない枢クルリだが、わずかにバンダナに隠しきれてない耳がほんのり赤い。もしかして照れてんのか。

 さらに西山トウゴは思い出したように手元のゲーム機を見て、改めて枢クルリを見て、おそるおそる尋ねる。


「も、もしかして猫耳野郎さん、ですか?」

「……」


 否定する材料を探している枢クルリだが、その長い沈黙が逆に肯定として受け入れられてしまう。

 西山トウゴは目を輝かせてときキスというゲームに出てくる美少女キャラのストラップがたくさんついたバッグから、別のゲームを取り出す。

 そしていつもとは違うハイテンションで詰め寄って、ここの攻略方法を教えてくださいと頼み始める。


 するとこうすればいいと的確なアドバイスをして、参考代わりに目の前で実践プレイする。

 西山トウゴだけでなく同じゲームをしている部員達全員が尊敬の眼差しを枢クルリに向ける。

 ゲームに対しては真摯な対応をする枢クルリを見て、悪い奴じゃないんだけどなんだかなぁ、と考えていた俺もその鮮やかなプレイを見て拍手するしかなかった。


 夕方になるまで西山トウゴ達に対してゲームに関する交流を続け、最後はゲーム大好き男子の羨望対象となった。

 西山トウゴなどはときキスという恋愛ゲームの萌え語りを理解してくれる相手として、まるで神を崇めるかのような状態だ。ここまで年頃男子の心を掴むとは恐ろしい。


 何故か帰りは枢クルリが俺についてきた。俺のマンションとは違う場所に住んでいるというのに。

 赤い夕焼けもビルが邪魔して、ほの赤い影の道を歩くことになる。その道で枢クルリは俺の方を振り返って事後報告をしてきた。


「とりあえず全部解決させてきた」

「ど、どうやって?」

「金」


 うわぁ、一番聞きたくなかった答えが出てきた。しかし確かにそれさえあれば解決できそうだ。

 あの生活でどうやって稼いでいたのか。両親の姿とかも見てないし、生活も一人暮らしの引きこもりっぽいけど。

 でも広告収入でもかなり稼げる話とか最近では多いみたいだから、枢クルリもきっとそうやって稼いだのだろう、と俺は思うことにした。


 相変わらずやる気のない足取りに丸まった猫背、猫耳バンダナに睡眠不足な顔。

 紫色のジャージもサンダルも、どこも枢クルリは変わっていない。今も面倒そうにどう説明しようか考えている。

 ぼさぼさに伸びた黒い髪を掻き乱して、俺の視線から逃れるように目を背ける。今は二人で向き合っている。背中は見えない。


「マンションもあとは手続きだけでいいように父さ、弁護士に任せてきた。新しい住まいも準備中」

「……てことは?今日とか明日はどうするんだ?友達は?」


 俺の問いに無言で答えるように、さっきまでゲーム機を持っていた手の人差指を俺の顔に向けてくる。

 思わず頭に疑問符を浮かべてしまうくらいには混乱した。やる気のない、明らかに俺達を邪険にしていたこいつが友達と聞かれて俺を指差す。

 まるで俺達仲よしこよしの友達です宣言に近い爆弾だ。本人もそう思っているのか、不満そうな顔をしている。


「さっき、あいつらにそう言ってた」

「あ、ああ、あー……」


 そういえば西山トウゴに聞かれて咄嗟に友達と言ってしまった。まさか今言質にされるとは思わなかった。

 少しだけ目線を迷わせてから、視線を地面に向けて表情を隠す枢クルリは言葉を続ける。その立ち姿は夕焼けのせいで赤く見える。


「メンドーだけど、他にあてがないというか……無理ならホテルとかネカフェに泊まるし」

「金かかるだろ。いいよ、泊めるくらい」

「食費とか払う。今日は肉じゃがが良い」

「おまっ、遠慮してるかと思ったらそうでもなかったな……牛肉買いにスーパー寄るけどいいか?」


 俺は肉じゃがの材料と買い置きしていた材料を照らし合わせて、必要な物を脳裏に描く。

 枢クルリは面倒そうだったが、泊まる身としては勝手に部屋に上がれないので渋々ついてくる。

 そしてスーパー内ではかごにジャンクフードを入れようとする枢クルリと、栄養を考えてやめろと静止する俺の寸劇が繰り広げることになったのはまた別の話だ。


 帰り道、ただでさえ部活で疲れている俺は大量の荷物を持って自宅へと向かう。枢クルリも持っているが、あまり重い物は持てないということで軽い袋だけだ。

 本当は無理矢理にでも持たせようかと思ったが、枢クルリが支払いを済ませたので俺としては申し訳ない気持ちがついてしまい、仕方なく重い物担当だ。


「世の中お金が全てじゃないけど、大体はお金で解決できるもんだよ」

「最低な名言だな、この野郎!全くその通りで反論できない俺も俺だけどよぉ……」


 枢クルリは物事に執着もしなければ、お金にもあまり興味がないようだ。浪費癖はないが、金に糸目はつけない、ってやつだな。

 どれだけ稼いでいるか知らんが、色々と面倒なことを金で解決したというあたり、かなりの金持ちのようだ。

 こうも嫌味なく気前良いと太っ腹と錯覚してしまいそうになる小市民な俺。こちとら生活費やりくりのために料理を身に着けたからな。


 駅前のスーパーから俺が部屋を借りているマンションはそう遠くない。ただし駅前の人混みを通り抜ける必要があるんだけどな。

 するとまた懐かしい童謡を歌う中性的な声が聞こえてきた。どうやら前に見たストリートライブの青年だろう。

 壊滅的な一本指伴奏をものともしない歌声で今日も人だかりを作っている。大盛況なようで、なによりかもな。


 枢クルリはあまり関心がないらしく見向きもしない。とりあえず二人で荷物を抱えて無言のまま歩く。

 途中で赤い縁の眼鏡をかけた塾へ向かう途中の学生にぶつかりそうになり、慌てて避けて逆に枢クルリとぶつかってしまう。

 驚いてこちらを見ていた学生に素早く謝って、逃げるように早歩きする。なんだか呼び止めようとしていたようだが、気にしてられなかった。


 お互いに息を荒げつつもなんとかマンション前に辿り着く。すると野良猫を眺めている私服姿の多々良ララが立っていた。

 半袖のパーカーにジーンズ生地の短パンというラフな姿だ。やはり顔がイケメンなので、女性の通行人が振り返って顔を赤らめている。

 そして俺と枢クルリを見て、首を傾げている。だが深く追求する気はないのか、それとも腹減っているのか、目線は俺達が持っているスーパーの袋だ。


「今日は何?」

「クルリのリクエストで肉じゃが。あとでおすそわけでもするか?」

「出来立て食べたいな」

「……だから性別を……ま、もういいか。クルリ、多々良が一緒でもいいか?」


 そう問いかけた矢先で枢クルリは熱心に猫を見ている。あまりにも凝視しているので猫が威嚇している。

 俺がもう一度声をかけたら振り向いてきたが、猫嫌いなのか好きなのかよくわからない奴だ。嫌いとか言ってたけど、やっぱ好きなんじゃないのか。

 とりあえずもう一度多々良ララが一緒でもいいかと聞くと、素直に頷いてきたので三人で食べることに。


 多々良ララも荷物持ちとしてスーパーの袋を持ってくれたので、だいぶ楽になった。俺は空いた手で肩を回す。

 エレベーターで三階にある俺の部屋に向かう途中、枢クルリが思い出したように呟く。


「そういえばさ、昨日猫嫌いって言ったけどさ…」

「おう?」

「やっぱ好きかも」


 ……猫耳を現実でも装備しといてすごいいまさらなことを言われた気がするぞ。

 ネットネームも猫耳野郎で、ゲームのキャラメイクでも猫耳つけてるんだから、なんで昨日嫌いと言ったのかわからないくらいだ。

 俺はとりあえず短く、そうか、とだけ言って到着したエレベータから出て、部屋に向かう。なんだか隣の部屋から工事の音がする。


 ポストには大家からの手紙が挟まれており、空いていた隣の部屋に新しい入居者が近々入る予定だという。

 そのための工事で少々うるさいかもしれないが、なるべく昼間学校に行っている間に終わらせるらしい。

 俺は転校生でも来るのか、ということに似た軽い気持ちで了承する。あまりにもうるさければ大家に相談すればいい。


 とりあえず枢クルリと多々良ララを部屋の中に招く。一人暮らしが寂しく感じるほど、今日は賑やかになりそうだ。








 誰かの言葉がぶつかるたびに減っていた何かが埋まる感覚。それを俺、枢クルリは染みわたるように感じ取っていた。


 管理人のおばさん達には色々言われたが、全て溜めていたお金で解決してきた。

 ブランド物大好きなおばさんはそれだけで上機嫌だったし、警察を仲介人として今後俺に家族共々近づかないように誓約書も書かせた。

 なんか錬金術師機関とかいう怪しい奴らは何も言ってこなかったので、問題は早々に解決したわけだ。


 おそらく目立ちたくないのだろう。錬金術師機関なんて明らかに秘密組織みたいだし、七つの罪を集めるとか頭がおかしいとしか思われないだろう。

 マンションの立ち退きは弁護士である父親に全て任せてきた。俺と深く話したくないらしく、必要なことだけ伝えるだけの数年ぶりの会話は、親子らしいことなど何もなかった。

 でもそっちの方がメンドーじゃないから楽だった。荷物は引っ越し業者に全部頼んで、全財産が入ったポーチと暇つぶし用のゲーム機片手にあのマンションから出た。


 俺の背中には相変わらず誰かが指差して、言葉をぶつけてくる。だけど不思議と俺の中から何かが減ることはなかった。

 撃たれたはずの男はなぜか生きていて、俺の目の前にいた。背中にいても指差すことしないし、言葉をぶつけてなにかを減らそうともしなかった。

 女の方も同じで、ただしあの空中遊泳体験はきつかった。ゲームだったらどんな状況でも平気なんだが。


 俺はずっと卑怯者と言われてきた。だけど俺は一度もゲームでズルとか裏技とかチートとかしたことない。

 そういうのメンドーなこと引き起こす要因だし、やろうという考えは俺の頭にはなかった。

 だって俺にとってゲームは楽しむものであって、勝つためのものじゃない。偶然に負けたことがないだけで、楽しんだ結果が勝利だけだったという話だ。


 相手の策略を読んで、相手の策略に乗っかって、それでも打破する快感は人生じゃ味わえない。

 だからゲームは好きだった。どんなゲームにも手を出した、けど人生というゲームだけはつまらなかった。

 最近では尽きるのを待つだけの人生ゲームは、あの夜何かが埋まって少しだけ変化した。


 恥ずかしいことを言ったという自覚をあの男は持ち合わせてないようだ。今だって普通に肉じゃがを作るために材料を刻んでいる。

 俺は客人らしくソファの上に寝転がって、漂ってくる香ばしい匂いに安らぎを覚える。数年ぶりの手作り肉じゃがだ。

 女の方は食器を運んでいて、手慣れたその動きにかなりの回数を一緒にご飯準備しているのかと思ってしまう。


 今でも俺の中は何かが減っていたせいで空洞のように空いている気がする。

 それが少しずつだけど埋まっている。傷だらけで死んだ猫のことを思い出して、少しだけ目が潤むようになった。

 ドライアイだから目が潤むと染みるので、手で目元を隠して寝た振りをする。ゲームやりすぎのせいだけど、後悔していない。


 傷だらけで死んだ猫と目の前にいる男が重なる。全然似てないのに変な話だけど。

 そう思ってから、少しだけ猫が好きになった。今までは思い出すから嫌いだったけど、そうじゃなくなった。

 猫耳がついたバンダナが寝転がった際に少しだけずれる。額の痣が見えてしまうかもしれない。


 でも別にあの二人の前では遠慮する必要はない。あっちも同じ固有魔法所有者だし。

 白と黒の市松模様の塔の形した痣。ラプンツェルという童話が嫌いな俺には皮肉にしかならない痣だ。

 でも今では俺もラプンツェルと同じで、あの高層マンションから出てしまった。そしてある人物に会いに来ている。


 本当に皮肉な話だ。けどそんなに悪い気分じゃないのも確かだった。

 もしかしてラプンツェルってそういう話なのだろうか。なにせあの話は、めでたし、という文字も読まずに閉じてしまった。

 何かを埋めるために塔を出たのだろうか。それなら今度は最後まで読んでみようか。


 とりあえず今は目の前に出された湯気の立つ肉じゃがに興味が向く。

 俺と同じように女の方も目を輝かせており、男は別の品目を作るために鍋を出している最中だ。

 肉じゃがから目を背けないまま、俺は男に向かって言葉を出す。


「ありがと、サイタ」

「どういたしましてー……って、え!!?」


 驚いたようにサイタは俺を見ている。ララの方も少しだけクールな表情を崩している。

 久しぶりに呼んだ誰かの名前はくすぐったくて、俺は二人の視線から逃れるように机の下に隠れる。

 だけどまた俺のがらんどうだった内部が少し埋まった気がして、思わず頬が緩む。こういう人生ゲームなら、少しは悪くないかも。


 怠惰な俺の生活はあの夜を境に何かが変わったらしい。だからって真人間になるつもりはないけどね。

 なんだかんだで三人揃って肉じゃがの肉争奪戦になり、俺はサイタとララの食欲に恐れ入るわけなんだけど、温かい食事の前ではどうでもよくなった。

 厚揚げとねぎの吸い物は俺の中を満たすように吸収されて、その夜はゲームする必要もないくらい心地いい気分で寝れた。




 隣の部屋に新しい住人が来るとは聞いていた。だけど雑賀サイタである俺が、横にいる枢クルリのしてやったり顔に腹立ってもいいだろう。

 個室の壁をほぼ無くした大半がリビングの部屋。キッチンもないが、冷蔵庫だけは置いてある。あとトイレとシャワールーム。

 そして俺の部屋に繋がる扉。つまり隣の住人は外に出る手間を省いて俺の部屋に尋ねられるわけだよな、畜生。


 学校から帰ってきた俺に待ち受けていたのは、隣の部屋に枢クルリが引っ越してきたという事実だった。


「世の中お金が全てじゃないけど、大体はお金で解決できるもんだよ」

「二度目の身に沁みるありがたい名言をどうも……じゃねぇっ!クルリ謀ったな!?」


 予想外の展開に俺が怒ってもいいだろう。傲慢野郎と言われる俺だが、これは当然の権利だろう。

 枢クルリは猫が喉を鳴らすような声で笑う。俺が怒っているのが面白いと言わんばかりの態度だ。

 相変わらず紫色の着古したジャージにサンダル、そしてトレードマークのような猫耳バンダナ。


 確かに俺は襲ってきた奴らのことが気になり、同じ目に会うであろう猫耳野郎を探したさ。

 だけどそれがどういった経緯でどういった変化でこうなったのか全くわからない。とりあえず非日常と無関係でいたい俺の願いはさらに遠ざかった気がする。

 俺が肩を落として増えた厄介事に頭痛がし始めたことも気にせず、餌をねだる猫のように枢クルリが今日の夕飯をリクエストする。


「焼き立て鮭と漬物とお味噌汁食べたい」

「おまっ、それを部活で疲れた俺に作れと……」

「食費は出す」

「アリガトウゴザイマス」


 送られてくる生活費をやりくりしている俺にとってはありがたい言葉だが、別の側面では納得しきれない。

 しかもここ数日でわかったが、枢クルリは怠惰なあまり食器も運ばないということが判明している。

 これで多々良ララが手伝ってくれたら少し楽なんだが、と思った矢先にご本人登場。


「なんか美味しそうなメニュー聞こえた。羨ましい、アタシも食べたい」

「……わかったよ。今日も三人分な」

「わーい、雑賀のご飯」


 字面は喜んでいるのに声と表情はクールな多々良ララ。

 そしてご飯できたら呼んでねと言って改築が済んだ部屋に入ってゲームを始める枢クルリ。

 ちなみに年齢を聞いたら、俺より一歳年上と判明した猫耳野郎。高校生だったら大学受験生じゃないか、と思ってしまう。


 こうしてあの質問に答えられた固有魔法所有者三人揃ったわけだ。別に望んでいなかったのに。

 もしかしてこのまま七人揃うオチじゃないよな?そして七人に食事提供係となったら俺は怒りの緒がぶち切れるぞ。

 なんにせよ普通の日常に戻っていたはずの俺は、余計な関心を持ったせいで少しずつ非日常に足を踏み入れているわけだな。


 無関心と無関係で生きてきたはずなのに……怠惰は俺に暇を与えてくれないようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る