2話「確率論とイートイン」

 だれかの言葉にれるたびに、おれの命が減っていくさっかくを理解できるだろうか。

 

 

 やっかいな話になったと後ろからついてくる二人をながめる。

 背中に視線を受けるくるるクルリ――俺は自分のペースで歩を進める。

 

 向かうは俺の家、というかマンション。

 都内ではおそらくセキュリティが厳重な方だろう。まあ、それも最近あやういんだが。

 最上階よりも三階くらい下の、それでも十階以上の数字をかんする部屋。

 

 男の方――雑賀さいがサイタと名乗っていたやつは、色んな場所をにらみつけてけいかいしている。気配を読み取るのが下手くそすぎる。

 身長はそう大きくない、男子高校生のようだ。年下と思われる。

 

 女の方――多々良たたらララだったか。

 俺が言うのもなんだが……メルヘンな名前だ。

 どこかのお星さまでも眺めてつけた名前だろうかと、本人の前では言えない思考をすぐにす。

 

 すごくメンドー。

 けれど男の方が必死な顔するから、無視できなくなった。

 

 それに姿は見えないけどいやな視線を感じた。

 昔に浴びすぎて気持ち悪くなった敵意と、さぐるような観察の二種類。

 

 敵意の方は見当はついていた。

 ネット上でのゲームを現実にんできた、悪い方の区別できない奴。

 

 もう片方はいくら調べてもわからなかった。

 でも女の方がその視線を逆に観察するような目をしているから、もしかしてさっきの話と関係しているのだろうか。

 

 固有ほう所有者が特定の質問に答えた矢先におそわれる。

 鹿みたいな話だ。そこらの中学生に話しても鼻で笑われるだろう。

 

 腹減ったからコンビニで適当に買ってすぐに帰るつもりだったのに。

 なんでこんなメンドーなことになったのか。

 

 むらさきいろのジャージの下はあせが流れる。

 初夏とはいえコンクリートは熱をめるから、夕方になってもすずしくなる気配はない。

 

 俺がマンションの自動ドアから流れてくる冷気にいやされている背後では、男の方が上を見てほうけた顔をしている。簡単に言えば面。

 

「高級マンションかよ……」

すごいね。ほら、あの電子セキュリティとか」

 

 女の方はおどろいているものの、冷静に防犯カメラやマンションのホールのエレベーターがカード機能で動く仕組みなどをかくにんしている。

 

 入ってくる人物は全員カメラに映る。

 カードキーがなければ家主でさえエレベーターは使えない。

 そして客人はホールにあるインターホンで、向かう部屋の者に許可をあたえられなければエレベーターは使えない。

 

 このマンションのみょうな安全性として、階段はない点があげられる。

 非常時は部屋に設置されたきんきゅうだっしゅつ用スロープを作動させて、すべだいで遊ぶようにげるしかない。

 ただしそのスロープは異常事態以外で作動させると管理室に警報が鳴り、管理人が部屋へ様子を見にくるけになっている。

 

 不便に聞こえるかもしれないが、人と会う気のない俺にとってはさしつかえのない防犯体制だ。

 

 配達物はホールの郵便受けに入る前、管理人室で管理人が受けとる。

 あやしい荷物があったらそこで処理してくれるはずだ。

 ただし量が多かったり、配達人の様子がおかしかった場合は教えてくれる。

 

 いや……注意してくるが正しいか。ああ、メンドー。

 

「こら! 待ちなさい!」

 

 郵便受けも見ずにエレベーターに向かおうとした俺を引き留める声。

 中年の女性が太った体をらして歩み寄ってくる。

 見事なぜいにくがリズミカルなのは見応えあるが、あえて顔をらす。

 

 どうやら今日の管理人は最悪なことにうるさいおばさんだ。

 

 太った体にはブランド物の服に、派手なそうしょくや金の指輪。

 たいしゅうはコロンをつけすぎているため、大変きつい。公害あつかいできるんじゃないか。

 

 俺と同い年のむすがいるとやらでまんばなしもしてくる。かなりうざい。

 しかもその自慢話は大体他人をとすものだ。

 

 しゅで管理人業務を始めたとか言っているが、どうせそのブランド品買うための金しさだろう。

 

「ちょっと! 枢さん! ここ数日変な荷物多いらしいですけど、一体なんです? 今日もくさった生卵の処理で大変だったのよ!!」

「……すいません」

「口だけならなんとでも言えます! 私が言いたいのは貴方あなたが変なことやってるんじゃないかってこと!?」

 

 メンドーなことになった。

 ただでさえ今日は俺に変なことを言ってきた二人がいるのに。

 

 そしてその二人は背中しでは表情まで見えなかったが、きっとおばさんのけんまくあっとうされているだろう。

 むしろされなかったら、ぜひその方法を教えてほしいもんだ。

 

 俺はなるべくおばさんと目を合わせないように何度もあやまる。

 どうせ不満を俺にぶつけたいだけだ。お金をもらって仕事しているのにな。

 

「全く学校にも行かずに外出もごくまれ!! 親の顔が見てみたいって、あーら、ごめんなさい。そういえば貴方は親によってここにほうまれたんだったわね」

「……」

 

 余計なことを言いやがる。

 でもおばさんの口は止まらない。プライバシーって知らないのか。

 

「昔は神童とかもてはやされて、今やこもりなんて、そりゃ見捨てるわね! それに比べて私の息子は成績ゆうしゅうで、なんでもネット上でも人気の動画とう稿こう……」

「おい、クルリ」

 

 急に背中からふくんだ声をかけられた。

 でもそのいかりは俺ではなくおばさんに向けられている。

 

 そのせいでおばさんはうるさい口をいっしゅん閉ざした。

 その間にけば、額に青筋かべた男がおばさんを睨んでいた。

 

 女の方は少しだけ得意げに笑っている。

 男の行動に気分が少し晴れたらしい。

 俺からしてみれば、どうしてそんなメンドーなをするのか……理解不能。

 

「さっさと部屋に案内してくれよ。俺は体臭きつい奴といっしょにいるのきらいなんだよ」

「なっ!? あせくさそうな貴方に言われる筋合いは……」

「すいませんおくさん。ぼくの友達が無礼を働いて。てきにおいですが、貴方のような上品な人ならもう少し量を少なくした方がはなやかで素敵ですよ」

 

 思いっきり失礼なことを言った男に対しておころうとしたおばさんに、すかさずイケメンフォローする女。

 声も多少低くしておだやかな空気の中、にさりげなく「量を減らせ」という意味の言葉。

 しっかりとれするほどの俳優並みのがおつき。

 

 するとおばさんはうっとりとした顔で、女を見上げている。

 どうやら顔立ちに注目しすぎて、スカートは視界からはいじょされたようだ。

 

「ま、まぁ今日はこれくらいで。お友達に感謝することね」

「はぁ……」

 

 友達になった覚えはないんだが、同年代のせいでそう思われてしまったらしい。

 

 なんにせよ口うるさいのはいなくなったし、後ろの二人をエレベーターまで連れて行って部屋へと案内する。

 静かに上へ向かっていくエレベーターは、カードキーの番号に書かれた部屋の階にしか止まらない。

 

 だから他の住人に会うことはない。

 顔も見たくない。存在もにんしてほしくない。

 

 なのになんで俺は誰かを部屋に招いたんだろう。

 メンドーなだけなのにな。

 ああでも断るのもメンドーか。

 

 世の中本当にメンドーばかりだ。

 きっとこれからもずっとそれは変わらない。

 

 

 一階全体が部屋になっている構造のマンション。

 その広いリビングを前にしてげんかんから上がらずに絶句している男。

 

 俺はそんなの気にせずにリビングへと向かう。

 ごみぶくろの山とかはないしれいな方だと思うんだが、なぜ驚くのか。

 

 女の方は男よりもねせずにつうくついで上がってくる。

 きゃくというよりけんきゃくな足だと思わず見てしまう。

 

「ひっろ……いのに物がない」

 

 男はしぼすようにそれだけ言うと、やっと靴脱いで部屋に入ってくる。

 俺の部屋は台所とリビングが続いていて、部屋として区別されているのはシャワールームとトイレだけ。

 

 かべぎわには大きめのクローゼット。

 そこは服をめるたな以外は、本とゲームソフトが積み重なっている。

 

 リビングが一番広くて、そこにソファベッドとパソコンをつなげたテレビ。

 他にはゲーム機数台。あとは外をわたせる大窓くらいだ。

 

 その窓にもカーテンをかけて室内が見れないようにしている。

 しゃこうの厚い布地なので、夜明けに気付かないことも多々あった。

 

 だから部屋の大半は暖かみのある板のフローリング。

 ゆかれいだんぼうのオマケ付き。なので今日みたいな暑い日は、床が冷えて気持ちいい。

 

「なんか飲みたかったら冷蔵庫開けて。好きなの飲んでいい」

「ふーん、じゃあお言葉にあまえて……うわ」

 

 俺の言葉にえんりょなく女の方が台所へ。

 置いてあるにでかい冷蔵庫を開けて、短くあきれたような声を出す。

 その反応が気になった男は、女に続いて冷蔵庫を見て――二度目の絶句。

 

 しかし俺はそんな二人を気にせずに、買ってきたポテトチップスを食べ始める。

 テレビの電源をつけて、パソコンも同時に起動。

 パソコンの小さい画面ではなく大きなテレビの画面でゲームがしたい気分だった。

 

「炭酸飲料にコーヒーかんてつ明けの体用栄養ドリンク……のみ」

「野菜は!? 肉、いや米……何もねぇ!!? お、おま、クルリ!?」

「……なんだよ?」

ごろの栄養は!? まさかそのポテチとか言うんじゃねぇだろうな?」

 

 うすいもものを口にくわえて、ここ数日の食事を思い出す……と言っても一日に一回食べるか食べないかだ。

 それに数日と言っても徹夜をかえしたり、昼間にばくすいしている。

 なので日にち感覚もあいまいだ。そういえば今日は何月何日だったか。

 

 思い出せるはんで口に入れた物を並べていく。

 野菜チップスにパン、とりあえずコンビニで買えるせいひん

 

 そして俺の食べた物の名前を聞くたびに、男の体がふるえを大きくしていく。

 今にもふんしそうな勢いだ。まあこわくないふんだがな。

 

「野菜チップスで栄養を取っているだろう」

 

 といった矢先、ものすごい形相で睨まれた。なんかメンドーな気配。

 足音立てながら「買い物してくる」と言って、男は部屋を出ていった。

 なんで怒ったのか俺にはわからない。本当に……その感情は意味不明だ。

 

「アタシも人のこと言えた義理じゃないけどさ、少しはまともなの食べたら」

「どうして?」

たおれたら元も子もないだろう」

「別に、倒れてもきっと誰も気付かない」

 

 一人で住むにはじゅうぶんすぎる部屋。

 一人分の家具と荷物。

 一人分にも満たない食料。

 

 この部屋に誰かを招く気なんてなかった。

 だからこれだけでよかった。

 それだけの話になんでこいつらはこんなに気をかけるのか。

 他人に気を使ってもメンドーなことが起きるだけなのに。

 

 

 

 昔からゲームというもので負けた覚えがなかった。

 特にチェスは小学生のころに世界ジュニア大会で決勝まで行けた。

 

 両親はそんな俺をめて、周囲も俺をはやした。

 だけど友達とかそんなのはいなかった。

 ライバルとかしつけてくる奴はいたけど。

 

 メンドーなのが嫌いな俺はどんな相手でも本気を出して勝った。

 そっちの方が早く勝負が終わるから。

 

 けれど俺は負けた奴に睨まれてきた。

 同級生には本気出すなよと怒られたこともある。

 勝負前には「手加減するなよ」と笑ってた奴も、最後は怒っていた。

 

 チェスの世界ジュニア大会。

 決勝の相手は俺にチェスを教えてくれた奴だった。

 そいつは優勝が夢だと、じゃに笑っていた。

 

 俺は優勝すればインタビューとか、その他もろもろが発生してメンドーだと思った。

 優勝は欲しい奴が手に入れればいい。好んで背負いたいとは思わない。

 

 なによりそいつは強いから俺が本気を出せば時間がかかってしまう。

 だからメンドーなことはやめて、わざと負けた。

 

 優勝カップを手にしたあいつは、俺に向かって泣きながら怒った。

 そして、

 

「友達だと思ってたのに、ライバルだと思ってたのに――きょうもの

 

 とかな。

 俺は返す言葉を探すのもわずらわしくなった。

 

 メンドーだと思った俺は準優勝も辞退して、その場から逃げた。

 みんなが指さして卑怯者だと俺の背中にぶつけてくる。

 

 それからはメンドーだらけ。

 学校に行けば卑怯者と笑われては、チェスの勝負だけでなく相手が得意なゲームをいどまれた。

 勝負に勝つたびに卑怯者とののしる声と、敵意は大きくなっていった。

 

 俺の眼前には誰もいなくて、背後の奴は背中になにかをぶつけてくる。

 

 その言葉に触れるたび、俺の中でなにかが減っていく気がした。

 俺はそれが命だと思った。

 

 そんな錯覚におちいっている最中、ねこに出会った。

 石をぶつけられまくった傷だらけのねこ

 人間にすり寄ってもメンドーなだけなのに、その猫は傷だらけの体を俺にりつけてきた。

 でも俺はそんな猫からもした。関わってもメンドーなだけだし、病院に連れていくのもメンドーだから。

 

 だけど夜中になぜか猫のことが気になって、親にもだまって家をした。

 夜の公園は怖くなかった。けどひびく軽い音のはっぽうおんに首をかしげた。改造モデルガンでなにかをつ音。

 毛皮もめくれてが血だらけの猫は動かなかった。それを見て笑う集団が俺を指差して改造モデルガンのじゅうこうを向けてきた。

 

 生まれて初めて魔法を使った。なんで使ったか、今でも思い出せない。

 

 別にモデルガンは怖くなかったし、指さされたことも見つかった俺が悪い。

 なのに動かない猫を見た時、また俺の中でなにかが減った気がして、ドーナツみたいな穴が胸に空いたような。

 

 メンドーなことに、傷一つついてないモデルガンで遊んでいた集団は俺を責めた。魔法を使った卑怯者だって指さした。

 猫も俺が殺したことになった。明らかに撃たれたけいせきがあるのに、誰も俺を信じてくれなかった。両親すら信じてくれなかった。

 けど少年法とかなんとかで俺は無罪だった。それでもばく歴だとかなんとかで俺を見るたびに誰もが背中を指さして言う。

 

 卑怯者、犯罪者、猫殺し、そうやって背中に言葉がぶつかるたびに、なにかが減った。

 

 進学した中学でも指さされて居場所なんかなかった。だから中退した。勉学に興味はなかったから問題ない。

 両親はぜつえんじょう代わりに広いマンションの一室と定期的に仕送りをするだけで、俺に会うことをしなくなった。

 でも仕送り金に手をつけていない。あとでなにに使っているのか聞かれたらメンドーだから。まぁ聞く気ないだろうけど。

 

 株をゲーム感覚でやれば簡単にかせぐことができたし、ブログ広告とかでも収入を得られた。

 生きるのに全く問題のない人生。それなのに俺の中では何かが減り続けている。多分命で、寿じゅみょうも比例するように短くなっているのだろう。

 さっきみたいにおばさんみたいな人が俺の背中に言葉をぶつけるたび、減るのが加速していくような錯覚。

 

 なんでこんなメンドーなことになったのか。それでも俺の寿命はまだきないらしい。

 ゲームだったらクソゲー確定な俺の人生はいまやスクロールするだけの退たいくつな作業となって、残機が尽きるのを待ち続けている。

 どこからクソゲーになったのか。チェスの大会でわざと負けた時か、猫が死んだ時か、それとも生まれた時からクソゲーだったか。

 

 それでも呼吸だけで過ごすのはメンドー以上にひまだから、今もネット上のチェスゲームで持て余した人生をまぎらわす。

 今日の相手も弱かった。次の相手もきっと弱くて、他のゲームでの勝負も勝ってしまうだろう。だけど俺に挑む奴はいなくならない。

 勝つたびに挑まれては、でも再戦がメンドーだから逃げて、そのたびに画面に浮かぶ文字は俺を卑怯者と罵ってくる。

 

 今も負かした相手から逃げたら、卑怯者、って。見えないのに、背中に向かって指を差されている気分だ。

 

 

 

 そうやってゲームにのめりんでいた俺の鼻に数年ぶりの食事らしい匂い。

 顔を上げて見れば台所で野菜を刻みながらしるを作っている男。女はその様子をおもしろそうに眺めては食器代わりに紙皿を広げている。

 まともな食事をする気はなかったから俺の部屋には食器というものがない。だからわざわざ買ってきたらしい。

 

 野菜サラダに肉のいたものとうとわかめの味噌汁にてご飯。デザートは果物ゼリー、かんももと色々そろえている。

 俺は出来上がった食事に目を丸くする。出来立ての料理は両親との生活以来だからだ。机ないかとたずねられたので、クローゼットにたたしきのがあると言った。

 女がそれを取り出して上に食器代わりの紙皿や紙コップを広げていく。紙コップもちゃわん代わりらしく、味噌汁が入れられる。

 

 さらには牛乳パックがあらあらしく机の上に置かれる。チビなのにまだ身長をばすことをあきらめていなかったのか、この男は。

 だけど俺はだんだったら中断しないゲーム画面を消して、机の前に足を向かわせる。すでに男と女はすわっているので、このまま食べるようだ。

 

「と、いうわけで食え! ビタミンとタンパク質にカルシウム! あらゆる物をそろえたからな!」

「わーい、雑賀の食事」

 

 女は文字から見たら喜んでいるようだが、表情はあまり動かしていない。でもどこかとしている。

 はしを持って両手を合わせていただきますと言う男。俺もなんだか合わせて同じ動作と言葉を告げる。

 食べることすらメンドーだった俺にしてはこうばかりだ。でも温かい湯気の立つ味噌汁は減っていたなにかをめた気がした。

 

 

 

 食べ終えた後に男はりちに後片付けやテーブルきを始めた。俺はゲームを再開させ、女は背後のソファベッドに座って眺めている。

 今やっているのはオセロ、次にしょう、七並べ、オンラインゲームと夜全て使って時間をつぶしていく。

 

 オセロでは全面を黒で埋め尽くして、完敗させて再戦をもうまれたが無視。卑怯者と言われた。

 将棋では特定のこまは動かさないまま歩兵を成り上がらせて王をる。再戦を申し込まれたが、やはりきょえらそうにと罵られる。

 七並べも相手のサレンダーによって早々にしゅうりょう。もう一度といわれたが、メンドーと返事。勝ち逃げかよとてられる。

 

 俺の中では相変わらずなにかが減っていく。早く尽きればいいのに、しぶとく残る何か。

 

 背後では洗い物を終えた男も女と同じように画面を眺めていた。夜の八時、そろそろ帰ったらどうだろうか。

 振り向かないままオンラインゲームの画面に移る。ねこみみ装備のキャラメイクをしたアバターで暴れまわる。そうかい感は、ない。

 キーボードを打つ音だけが部屋にひびく。目は画面で、指はすでにどのパネルをせばいいか体で覚えている。

 

「なぁ、クルリ。お前猫耳好きなんだよな」

「……好きじゃない」

「は? バンダナに猫耳、オンラインゲームのキャラも猫耳、挙句の果てにネットネームも猫耳ろうなのに!?」

 

 よく知っているな、と思いつつメンドーだから俺は返事せずにゲームにのめり込む。

 というか猫なんて嫌い。それのせいで俺の人生はメンドーだらけになったから。今だって頭のかたすみで傷だらけの猫が動かないことを思い出す。

 それを思い出すたびに空いた穴みたいな何かは平常心を揺るがして、ゲームに集中させてくれない。

 

 だからって俺がゲームで負けることはなく、今も対人戦で相手をばした。再戦を申し込まれたけど、メンドーだから逃げる。

 

 俺が返事しないとわかって男はそれ以上ついきゅうしてこない。ただ黙って俺のゲームプレイを眺めている。

 女は時計を見て、けいたい電話のカレンダー機能を見て、明日は祝日かと男の方に尋ねている。嫌な予感に、わずかながら俺のかたが動く。

 

まっていい?」

「おま、多々良……一応相手は男だぞ? しかも初対面で……二人っきりとか……」

「雑賀も泊まるから三人だよ」

「自然に俺をみやがったな!? しかもじょうきょう悪化じゃねぇか! 自分の性別を思い返して冷静に判断しろ!」

 

 背中でひろげられる会話を聞き流しつつ、目の前の画面に集中することにした。

 コロシアムという対人戦ができる場所で、ロワイヤル形式の集団戦に挑む。

 全員が敵でも問題ない。相手が仲間同士で固まっていても問題ない。俺が一人でも問題ない。

 

 というかギルドとかメンドーだし、パーティー作るのもメンドー。誰かと一緒にいるのはメンドー。

 

 昔から家族もメンドーだった。チェスで大会決勝までは褒めてくれたのに、その後はぜつえん状態。

 友達とか同級生とかもメンドー。ゲームで俺が勝てば泣いたり怒ったりして、卑怯者って指差してくる。

 チェスの大会決勝の奴もあれ以来姿を見てない。俺を卑怯者と呼んだあいつは、チェスをやめたのかもしれない。世界優勝者になったしな。

 

 誰かとうたびに俺の中では何かが減っていく。だから一人でいたい、放っておいてくれ。

 

 それなのに何で俺は後ろの二人がいることに、少しだけ満たされているのか、わからない。

 

「悪いな、クルリ。いきなり泊まりとかめいわくだろ、今日はもう帰……」

「また来られてもメンドーだから、泊まっていいよ。ただし話が終わったら二度と来ないで」

 

 男の言葉に素っ気なく返す。俺の中が今日はいつもとちがって変に動く。気持ち悪かった。

 ただ尽きるのを待っているだけでいいのに、スクロールするだけのクソゲーみたいな人生でいいのに、サプライズイベントなんていらない。

 それにこれ以上俺に関わっていると、メンドーなことになる。あの感じた視線の内一つが今にも動き出すと考えていたから。

 

 男は目を丸くしつつも、俺の言葉後半にいらついたような気配をただよわせる。背中でしか感じられないが、なんとなくわかる。

 女の方はさっきと変わらず平静なままだ。俺はゲーム画面を消して、振り向かないまま話をうながす。早く終わらせてくれ。

 

「俺達は変な奴に襲われた。お前もきっと襲われる、だから今度はむかって少しでも情報を……」

「迎え撃つって魔法で? ごうもんでもするの?」

「いやそこまでは……。でもなにかしらの会話を引き出せれば」

 

 俺はねこな背中をさらに丸めて溜息をつく。だ、この男は考えているようでなにも考えていない。

 具体策が一つも出てこない辺り、最悪だ。相手の情報もほぼないのだろう、多分ゲームも感情に任せてやるタイプだ。

 そういった感情任せの相手が俺は苦手だ。どう出るかわからないし、負ければ感情的に八つ当たりしてくる。

 

 チェス優勝者のあいつもそうだった。勝ったのに感情に任せて俺を卑怯者と指さした。メンドーなタイプ。

 でもそんな相手でも俺はゲームで負けることはない。ただこいつとの会話がゲームではないので、せんたくが出ないのが難点だ。

 シュミレーションゲームみたいにせんたくさせてくれたら楽なのに、俺は自分で考えてこいつを黙らせなくてはいけない。

 

 仕方ないので顔だけ振り向かせて男を見る。けんを売るような目だが、敵意はない。

 女の方は静かに観察しているので、口出しする気はないようだ。それは楽な話だった。

 

「ゲームでもなんでも相手のペースに乗せられたら負け。だからまずは自分のペースに乗せる、そしてペースはくずさない」

「なんでゲームの話?」

「お前が相手のペースに乗せられているからだよ。しかも敵の動きやおもわくつかまずに、相手の目的の一人である俺のところに来た」

「ぐっ、う、それは確かにそうだけど……」

「おかげでメンドーなことに、俺はしっかりと目をつけられた。というか七人揃うと駄目なのに、なんで候補の俺のところに来たんだが」

 

 男は驚いて俺を見ている。なにせ七人揃うと駄目というのはまだ説明されてないからだ。

 けどあの質問では選たく肢は七つ、そして答えた奴が二人、どちらも襲われたということは選んだ奴は無差別こうげき

 でも選択させるだけなら二択でも良いはず。それが七つなら、七人の答えがかぎとなるはず。あとは推測と予想を組み立て。

 

 そしてまた俺が観察されているということから候補の段階と思える。なによりあんな適当な問題で世界中の人間から七人なんてしぼめないしな。

 

 そういえば固有魔法所有者をねらうと言っていたか。一応政府から魔法名は与えられているが、あざかくれているし一度しか使ったことがないから確定されてないのか。

 なにせ固有魔法所有者と通常者を見分けるのは痣くらいしかないからな。目の前にいる男と女の痣は見てないが、自分から固有魔法所有者の共通点があると口をすべらせていた。

 でも最近なんかネットで魔法使わないのと聞かれて、現実で使えるからと答えた覚えがあるな。二人に一人は魔法が使えるし、めずらしいことじゃないから答えたな。

 

 俺はある意味失態をおかしていたことに気付く。俺は日本語が使えるから、ほぼ日本人と特定されている。オンラインゲームのサーバーも日本サーバーだし。

 それだけで六十億人から一億人に絞り込める。魔法が使えると人間は二分の一、五千万人までさらに限定される。

 うっかり浮かれて男であることも答えた覚えがあるぞ。女の子には弱いんだよ、一応男だから。でもそれでさらに二分の一になるな。

 

 つまり二千五百万人くらいまで絞り込めるわけだ。何気ない質問でもここまで数を減らせるんだから、分数というのも馬鹿にできない。

 それでもぼうだいな数だ。けど視線を感じるということはほぼ特定されていると考えておかしくないはず。

 

「……クルリって、もしかしてかなり頭いい?」

「どうだろう。中学中退だし」

 

 勉学に興味がないから頭がいいとか悪いとかにも興味なかった。でもゲームのルールは一度聞けば理解できるのうではある。

 チェスの試合も流れを再現するのは得意だし、将棋とかのめん暗記も苦にならない。オンラインゲームで使うボタンもすぐに体が覚える。

 音ゲーも足が自然に動く程度の運動神経で、連打とかも得意で、時間あくもお手の物で長考とかしても問題ない。

 

 でも頭いいのかと聞かれたら中学中退だからどうなのか、わからなくなる。社会の基準と俺の基準は全く別物だ。

 そして社会の基準でいえば俺の経歴はほこれるものではないはず。だから今の質問には明確な答えが出せない。

 

「なんにせよ、相手の動きが掴めないときはじっくり待った方がいいと俺は思う。ゲームでも長考という時間的ゆうが与えられるだろう」

「いやだって、後の祭りじゃ意味がな……」

「だから考えるんだろう。下手に動いて後の祭り状態に陥った方がずかしい」

「うぐぅ……」

「じゃあさ、枢はどう考える?」

 

 女の方が言葉も出なくなった男の代わりに声を出す。それは俺への問いかけ。

 俺はとりあえず貰った情報と推測予想などを交えた考えを整理していく。時間的に五分はいらないが、将棋とかだったら俺としては長く考える方だ。

 

 相手はなにか、というかを誰かを探している。限定方法は七つの選択肢が与えられた質問。また答える相手が固有魔法所有者であることも必要。

 なぜそんな回りくどいことをするのか。もしかして確定的ではなくとっぱつてきな誕生をおそれているのだろうか。

 もしくは質問に答えられた固有魔法所有者全員が、誰かになりえる可能性を持っている、ということか。

 

 誰かを探していると言うより、要素を持った相手を見つけて排除するに近いのか。

 

 だけどそれだけなのだろうか。なんだかかんを感じる。そう、排除するはず。なのに俺はなぜ観察されている。

 視線を感じるということは俺はほぼ候補として確定済み。こいつらでも見つけられたなら猫耳野郎としても決定づけられていると思う。

 それでも観察だけだ。前は仕留めそこなったこいつらが、候補の俺とせっしょくした時点で始末してもおかしくない。

 

 おかしい。情報が足りない、白黒の判別もできないチェスをやらされている気分だ。

 

 多分、こいつらも気付いていない、無意識に排除した情報がある。多分取るに足らない情報だ。

 だけどその情報になにか隠れている気がする。まずはどういった状況でどんな質問をされたかを追求。

 

 ちゅうまでの合コンから始まる馬鹿なくだりは早々に排除し、原因の質問のところに耳をすませる。

 雑誌の心理うらない、選んだ童話によって罪と美徳が提示される。質問者は目の前で男と女を確認している。

 さらにはその場の軽いノリで固有魔法所有者かどうかを確認後、相手をさそんで痣を見てしゅうげきを開始。

 

 大して俺の状況は、相手がどこの誰かも確認を取らないまま質問。ただし罪と美徳の説明は排除している。

 さらにそれ以降は質問をしてこなかった。使用言語から日本人というだけの確証はできただろうが、男か固有魔法所有者かもわかっていない。

 その質問の動画を投稿後、特定したものの襲撃なし。観察はされているようだが、不思議と敵意は感じない。

 

 あまり違わない、と考える奴もいるのだろうか。こんなにも状況が違うのに。

 実際目の前にいる男はどう違うんだというもんを浮かべた顔をしている。ただ女の方はささやかながら違和感に気付いたようだ。

 少しだけ色が見えてきたような錯覚。そしてこんきょはないが、ちがっていないだろう答えを言葉にする。

 

 

「おそらくお前達を襲った奴らと、俺を現段階で観察している奴らは別物だ」

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