第4話:鬼神乱舞

―――私は夜明けの知らせと同時に目を開けた。

寝てはいない。寝られないというわけでもない。

零狂院一族は黄昏時に半刻ほどしか寝ない。

そういう決まりではなく、そういう体質なんだそうだ。

しかし私は例外のようで、いくら起きても眠くはならなかった。

体のつくりから違うのだから一族の者にはああだこうだ、と言われていそうだ。

「藤次郎、目代。帰りの舟を守っていてくれ。ここからの陸路は痺れるからな」

「まさか一人で行くつもりではなかろうな!?百紅ももべに家は雑兵合わせて500万もの兵を抱えている。それをたった一人で相手するなど常人では不可能だ!」

―――常人ではないから可能なんだ。

「まぁまぁ…藤次郎。舟を隠したら眺めの良い所へ行きましょうか」

「目代、貴様まで何―――」

藤次郎が最後まで言い切る前に目代が彼の口を手で塞ぐ。

「では行ってくる。自分の身は自分で守れよ。死体は持って帰らぬからな」

「刹夜待て、せめて武器を持って行け私の大太刀なら一騎当千が可能だ」

「要らぬ。刀なら敵地で調達する」

私はその場から駆け出していく。砂浜を西へ行くと平野が見えてくる。その先に百紅家の城がそびえ立っていた。

城の御前に平野に密集する敵兵の軍。

城壁の見張り台に構える弓兵の数は数え切れない。海からの防人であれだけの射の正確さを誇っているのだから城を守る弓兵となると一味も二味も違うであろうな。

―――武者震いが止まらん。

「武器を持たぬ娘の姿を象った鬼よ!我は百紅家が一番槍、百紅 唐一とういち! 貴様の首を取る者の名を胸に刻め!」

法螺貝の音と同じくらいに百紅 唐一の声が響く。

どんな喉ならあれほどの声が出るのか。

私は脚を休めない。

止まらないと感じたのか、兵たちも唐一の号令で雄叫びを上げ魚鱗の陣にてこちらに迫ってくる。

パッと見は完璧な魚鱗に見える。しかしほんの僅か、足が遅い兵がいる。脚並びはてんでバラバラ。つまりは…

「な、に―――」

先頭の男の顎への平手打ちと同時に刀を奪う。後ろへのけぞる男の肩に脚を置き目の前の二人の両目を狙って刀を横薙ぎに振るう。そのまま後ろへ倒れようとする先頭の男の脳天を足場に跳躍し、魚鱗の陣にて周りを守られている唐一の首元に刀を振り下ろすと心臓へと至る。

極僅かな時間で隊の長を打ち取られた者たちは呆然としている。

そこから怒りに感情が切り替わる刹那の間に私は周りの兵を屠っていく。

陣を組んでいる最後の1人の眉間に刀が刺さり、それを引き抜こうとしたところで血で鈍った刀が折れてしまった。私もまだまだ技量は半人前だな。

…頭数だけは多いな。さすがは戦国大名の本軍、といったところか。武人の質も初陣の時と違って一枚も二枚も上手。

「唐一様の仇ィイイ!」

「―――あくまで反応速度の話だがな」

迫る槍の切っ先を足踏みして勢いを殺す。

ハッとなっている兵の顔を槍を踏んでいる足で跳躍しながら相手の鼻へと足裏による蹴りを喰らわせる。

今回の服装は掻取掛けであり、丈も一番下が足首までなので動きやすく、気に入りの駒下駄とも相性がいい。

私の駒下駄は特別製で歯の表面に鋼鉄をつけてあるため、生半可な兜であれば凹ませる事など造作もない。当てどころが悪ければ私の足の指が骨折するだろうが、恐らくそんな下手は打たない。

周りの兵もようやく状況を呑めたようで、武器を構えて自らの将が命じた魚麟の陣を崩してこちらに攻め入ってくる。

やはり戦略も今殺した一番槍がやっていたのか。

―――名前をちゃんと聞いていなかったから一番槍としか言いようがない。

ただ私を討ち取るという絶対的な自信を持っていたのだろうが、それはもはや油断に他ならない。敵対する相手への侮辱はなってはならない。

…私もヒトの事を言える立場ではないか。

向かってくるヒトの形をした獣を、落ちている槍で横へ薙ぎ払う。

腰を入れてこれほどないほど遠心力を利用する。

風で煽られた布のように、敵は飛んでいく。落ちれば甲冑の重量でタダでは済まないだろう。

そうしていると現時点でもはや動いている兵がいない事に気づく。

先陣を切る者らがこれとは。もはや城の守り手に猛者がいる事を祈るばかりだ。



◆◆◆







―――もはやあれは人間業ではない。

あれだけ小さな体で大きな兵を圧倒する鬼のような強さ。

それでいてまるで踊り子のような滑らかな動き。

そして結果は敵に死という厄災をもたらす…。

「これが厄鬼姫と謳われた現当主の力、か…ハッ…」

乾いた空気が男の口から洩れる。

圧巻とはまさにこれである。

「我々の大将が噂だけでない事は理解出来ましたか?藤次郎さん」

「…あっぱれだ。外から覗いていても時折見失う。目の前で対峙したら指一本さえ触れられるか分からぬほど」

「貴方がそこまで言うとは正直驚きましたがねェ…姫様の実力は計り知れません。軍師の私でさえ、戦略など必要ないのではないか、と思うほどに」

藤次郎はただただ、厄鬼姫という存在を軽んじていた。本家で生まれ、ただちょっと才能があるだけの娘であると。その実、名のある武将でさえ、力で薙ぎ倒す鬼神そのものである。

「あれは天才ではないな。まさに鬼。…鬼才と言うのが正しいであろうな、目代」

「えぇ。姫様は鬼才でありながらもその才能をこれまでの稽古の積み重ねによって最大限に開花なされている。戦場での経験を上乗せすればその花弁は大きく広く咲き誇る事でしょう」

―――戦場の華は華麗に舞う。

花壇へ紅色の花を咲かせ、多量の養分が詰まった肉塊を花壇の肥やしへと。

高所から覗くとその肉塊は花を支える茎にも見える。

「我々もこのままでは大将の付き人の資格すらない。いざ参ろうか、目代」

目代も高台から敵陣営の戦力や状況を頭へと整理し、藤次郎の後についていくのだった。








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