P-2 仲介人 ー An intermediary agent

「命をかけるつもりできているんだよな?」


 ボートが岸壁を離れる日の朝、だだっ広い倉庫の片隅でコーディネーターの若者は笑いながらその場にいる全員に問いかけた。

 ナギと名乗ったその男は精悍な顔つきとは裏腹に、髪は老人のように真っ白だ。いや、その色は透き通り、白を通り越して銀色に近い。腕には見えるだけでも二つの銃創と一つの刀傷。修羅場をくぐって来た者だけが持つ言葉の迫力に圧倒されて、誰もが頷く。


「携行兵器、簡単に言うとマシンガンで武装した無人機ドローンが東京湾の上をうようよ飛んでいる、って聞いたら信じるか?」


 ナギの言葉にその場の全員がざわめく。

 無人機は火山地帯や崩落箇所といった危険地帯の調査、要人警護や大掛かりな式典の警備などに使われている。アトラクションの一つとして無人機を飛ばしているショッピングモールもある。開発されてから何年もの時を経ているのにたいして形が変わらないのは、コストと生産性の問題。ジェットエンジン搭載タイプや静粛性重視で超電磁ホバリングができるタイプもある。しかし市場で最も人気があるのは、安価で生産性が高くシンプルな四つのローターを搭載するタイプ、通称「四枚羽カルテール」だ。


「あり得るのか?」

「無人機の武器装備は法律で禁止されているはず」

「そもそも東京湾なんて目立ちやすい場所で・・・」

「いや、震災以来、東京湾の立ち入り制限指定は解除されていないから、わからないぞ」


「こいつを見てみろ」


 ガシャン、と音を立ててナギが床に投げ出したのは、破壊された小型の無人機。四枚羽とその下の本体に、銃弾の痕と見られる穴が幾つも開いている。その場の全員の視線が、本体の下に釘付けになる。そこには小さな銃が取り付けられている。口径こそ小さいがおそらく連射が出来るタイプ。機銃だ。


「どうやって手に入れたんだ、とか野暮なことは聞くなよ?こいつは最も小型なタイプだ。積んでいる銃も小型だから急所に弾丸を撃ち込まれない限り死ぬことはない。だけど東京湾の上にはこいつより一回りも二回りも大きい奴がうようよ飛んでいる。そしてお前さんたちはその下をくぐって、外洋に連れて行ってくれる船まで辿り着かなきゃならない。命がけだって事くらい、わかるよな?」


 その場が静まり、誰もが改めて自分の心に問いかけ直す。「命をかける価値はあるのか?」。「ほかに方法はないのか?」。しかし「眼の前の男の言葉が真実なのか」ということについては、誰も考えない。

 ここにいるのは皆、社会からつまはじきにされた者、つまりははみ出し者だ。

 横領や窃盗、万引き、盗撮、中には離婚なんて簡単な理由で勤めていた企業と住んでいた地域から弾き出された者もいる。

 生まれ持ったIDタグにより、犯罪歴はおろか、出生から学歴、職歴、結婚暦や資産の多寡まで全てを管理され、一つの失敗さえ許容することのない完璧に”清潔な”社会。理由がどうあれ、そこで生きていくことのできなくなった人間は、湾岸地区で”新国民”と呼ばれる移民たちに紛れてバラック小屋で暮らすか、この国の外に逃げ出すしかない。それができなければアンダーグラウンドと呼ばれる地上とは別の秩序が支配する世界で、気が狂うような毎日を過ごすか、だ。

 眼の前の男の言葉が真実かどうかは問題ではない。どのみち「やる」しか道は残されていない。


「腹は据わったみたいだな」


 全員の顔を見回したナギの顔に、穏やかな笑みが浮かぶ。


「何があっても恨みっこなしだぜ?」

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