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 週末、波那は気分を変えて六歳年上の次姉陸奥里佳子ムツリカコの子供二人を公園に連れている。彼女の子供は四歳と生後八ヶ月の男の子で、上の子は近所のママ友の子供たちと仲良く遊んでおり、下の子はすやすやと眠っている。

「この時期の子供って日に日に大きくなっていくのよね」

 乳児はどこへ行っても大人気で、彼女たちは代わる代わる赤ちゃんの顔を覗き込んでいる。

「えぇ、ハイハイし出すと一気に活発になっていきますから」

「そうそう、あの頃は大変だったけど今となっては懐かしい」

 彼女たちはすぐ傍で遊んでいる子供たちを懐古しながら微笑ましく見つめている。こういうの良いなぁ……彼は母親ならではの優しい顔と子供たちの元気な姿に癒されて、婚活の苦労をほんの少し忘れさせてくれていた。


 今日は何だかだるいなぁ……この日は朝から体調が芳しくないので病院に行こうか悩んでいた。しかし無事に辿り着けるかすら怪しい状態で、午前中のうちに病院に行くことだけ決めて会社には連絡を入れた。

 少し仮眠を取って十時を少し回った頃、体が動くうちに、と病院へ向かうことにする。自宅からは徒歩七~八分ほどなのだが、この日はやたらと遠く感じられて段々と気分が悪くなってくる。

 これマズイかなぁ? 視界が霞み始めて足元もふらついており、それでも意識朦朧の中歩き続けるも途中で気を失ってしまう。


「気が付いた? 病院だよ」

 その後意識を取り戻した時にはベッドの上で寝かされていた。波那はうっすらと目を開けると、通い慣れている内科の診察室の光景が映っている。

 声を掛けたのは子供の頃からお世話になっている主治医のおじいちゃん先生で、八十歳を超えたのを機に引退して、息子に代を譲ることになっている。

「あの、僕どうやってここに……?」

「津田さんとこの総ちゃんが連れてきてくれたんだよ。たまたま仕事中にここを通り掛かったんだって」

 まだいるはずだよ。これまた慣れ親しんだ看護師の男性が『津田さんとこの総ちゃん』こと津田総一郎ツダソウイチロウを呼びに出た。

 彼は四兄時生の同級生で、小さい頃から小さくて体の弱い波那を何かにつけいつも気に掛けていた。高校卒業後、大学進学を機に実家を離れていたのだが一昨年勤めていた会社が倒産し、実家に戻って自宅から通える地域を選んで製薬会社の営業マンとして働いている。

「ありがとう総ちゃん、わざわざ連れてきてくれたんだね」

「びっくりしたよ、通勤途中にへたり込んでるの見掛けたからさ」

 津田は心配そうに顔を覗き込む。

「顔色悪いな」

 彼は大きな手で波那の頬をそっと撫でた。

「今日は仕事休んだ方が良いね、最近何か新しいことでも始めたかな?」

 おじいちゃん先生の問診で、婚活のことだろうと思った波那ははいと頷いた。

「慣れないことをして疲れちゃったんだと思うよ、少し休むかペースを落とそうか」

「分かりました、そうします」

 波那は処方されている薬はまだ残っているので、今回は診察だけで病院を後にする。その際津田が一人にするのは心配だと家まで送り届け、会社にはこの日一日休むことにした。


 最近沼口が加入したかと思えば、今度は広島支社で退職者が出たので営業一課から一人そこへ転勤することが決まる。その男性社員の補填は中途採用を決めている若い男性を配属させて後任に据えると発表された。

 よくよく話を聞いてみると、彼の実家は広島県にあり、ここ数年母親の体調が芳しくないのを気に掛けて異動の希望を出していたそうだ。三年経ってそれが叶い、本人は案外嬉しそうにしている。彼の妻の実家も近くなり、昨年子供も授かったので母も張り合いが出て元気を取り戻してくれるのではという期待もあるようだ。

 その話に波那は母早苗を思う。八人いる子供たちのほとんどが実家を離れており、うち二人は海外で暮らしている。四年前に夫である父を亡くし、一時期塞ぎ込んでいたのを目の当たりにしているので、一般職でも転勤のある営業課からその心配の無い部署への異動を模索しようと考え始めていた。

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