粒子ドライバー・ソーグ

多田七究

第一章 ソーグ

1話 変身 Aパート

 夏休み最後の日。うだるような暑さで、都会の人影はまばら。

 まだ、あまり高い場所から光は降り注いでいない。にもかかわらず、アスファルトやコンクリートがたっぷりと熱を含んでいる。

 高い建物の上から小鳥が見下ろすなか、少年が元気よく歩いてきた。

 歩道にならぶ街路樹がいろじゅ。そのうちの一つにとまった小鳥が、小刻みに首を動かしている。見えるのは、大きな建物にはさまれた、小さなおもちゃ屋だ。

 ガラス製の透明なドアを引いて、少年が店内へと入る。

 ひんやりとした店内。とはいえ、あまり広くないため冷房を強くする必要がない。袖の短いシャツから腕を出し、ハーフパンツからひざを見せる少年は、寒そうではなかった。

 心を弾ませる少年が、何かを探している。

 その映像が、はっきりと脳裏によみがえった。


「新番組。ギアロード・ソーグ!」

 TVには、ナレーションと同じ文字が映し出されている。機械的な顔の模様とともに。

変身へんしん!」

 身体からだに力を入れた成人男性が、腕を胸の前に構えて叫んだ。銀色のベルトがまぶしい。

 だが、変身へんしんする様子は映らない。なぜなら、予告の時間が短いためである。

「放て。ファイナルアーツ」

 どうやら、なぞ組織そしきに対抗できるのはソーグだけらしい。

「日曜日。あさ9時、放送スタート!」

 変身後へんしんごの赤いヒーローが動いた。黒い怪人かいじんを次々と倒しているところで、無情にも宣伝が終わってしまった。


 ギアロードシリーズは、長年つづく特撮番組とくさつばんぐみである。

 登場人物や設定を変えながら続いているため、どの作品からても問題はない。

 おもちゃと連動していて、メインターゲットは子供たち。とはいえ、近年では大人用の変身へんしんベルトも販売するようになった。根強い人気がうかがえる。

 おもちゃ屋の棚に、銀色が目立つ箱はない。

 まだ放送が始まっていないのに、ソーグの変身へんしんベルトは売り切れていた。

 少年は、がっくりと肩を落とした。

 夏休みの宿題をもっと早く終わらせておけば、こんなことにはならなかったのに。というか、宿題ってなんだよ。なんなんだよ。

 行き場のない感情をもてあました少年は、姿の見えない店員を探し始めた。

 そして、箱に入っていないベルトを見つけた。

 正確には、ガラス製のケースに入れられたソーグのベルト。少年には展示物とは思えなかった。カウンターの向こうにある上に、何も説明がないからだ。

「ジュンヤくん、遅かったじゃないか」

 エプロン姿の男は、あまり見た目に気を配ってはいなかった。クセのある短髪があちこちを向いている。店員としての得点は低い。しかし、笑顔を絶やさない。子供たちには親しみやすいおじさんと言える。

「おにいさん。これ、売ってくれよ」

 カウンターから身を乗り出して指差すジュンヤ。ちなみに、おにいさんと呼んだのはお世辞ではない。常連だからだ。

「いや、もう29だし。おじさんでいいだろう」

「そうじゃなくてさ。頼むよ。サブロウさん」

 両手を合わせて合掌するジュンヤが目を閉じ、薄目を開ける。ちらりと店員のほうを見た。

「名前に“さん”もいらないし。それ、箱が違ったからなあ。偽物にせものかもしれないぞ」

「え? どこも変に見えないけど。よく見せて!」

 いまにも飛びかかりそうな勢いの少年に圧倒され、店員がたじろぐ。顔にシワを作ったあと、ケースから変身へんしんベルトを取り出した。

 ベルトといっても、腰に巻く部分はない。バックルのみで、スマートフォンのような見た目と大きさ。普通のベルトの上からはめ込む仕組みになっている。服に装着することも可能。シリーズの多くではベルト全てが商品のため、珍しいおもちゃだ。

 本物と違いがない。ジュンヤには、カウンターの上のベルトが偽物とは思えなかった。

「それで、いくら?」

「ん? 買う気か?」

「いま買わないと、いつ買えるかわかんないから」

 ジュンヤの嬉しそうな顔を見て、店員が普段どおりの表情に戻った。

「箱も説明書もないから、2000円でいい」

「いいの?」

「もともとベルトを巻くパーツがなくて、値段控えめだし。テコ入れか? どうでもいいか」

 しきりに礼を言う少年。代金を受け取った店員が笑顔で見送り、ぬるい空気が流れ込んでくる。入り口のドアが閉まった。

 鍛えているようには見えない男性がつぶやく。

「まっ。僕には関係ない」

 エプロンのひもが結ばれていることを確認して、せまい店内の掃除を始めた。その表情を、外からはっきりと見ることはできない。

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