第12話 理由 

 二階に上がり、夕方に曲がった角を左に曲がった突き当りの部屋、そこに私たちは呼び出されることになった。一人ずつ入ってきてほしいと言われ、最初の一人目以外は大広間に残された。順番は理久くん真理さん史郎さん先生ときて、最後に私だった。箒ちゃんが決めた順番はどうやら適当らしく、何ら規則性はなかった。


 大広間にある皆で食事をした円卓から少し離れたところに、高級そうなソファーがあったので全員そこに集まって理久くんの帰りを待った。


「どんな話をしてるんだろうね?」

 私の隣に座っている先生がそんなことを聞いた。

「先生は本当に何も知らないのですか?」

「何も、とは?」

「先生は箒ちゃんと知り合いだった。なのに、私にそれを言わなかったし、この会の詳しいことも話さなかった。本当は全部知っていてそんなことを言っているのではないですか?」


 ずっと疑問に思っていたことだった。最初からずっと何かを隠していると感じてしょうがない。先生は私をからかって遊んでいるのではと思ってしまう。


「そんなことはないよ。箒ちゃんとは箒ちゃんが小さい頃に一度会っただけ、それ以外に面識はない。箒ちゃんのお父さんにだって、会ったのはせいぜい三回程度だ。だから私も君と同じでどうしてここに呼ばれているのか分かんないんだよ」


 その言葉が本当であるのか、私には到底判断できない。しかし、これ以上聞いても無駄であることは分かったので質問を止めた。


「しかしねえ、こうもごちゃごちゃの職種を集めてどんな話がしたいって言うんだか」

 そっと囁くように、真理さんが言った。

「ごちゃごちゃだから意味があるんじゃないのかい?色んな話を聞きたいのかも」

 先生は外向け用の優しい声でそう言った。何故か私にはその声を使ってくれたことがない。


「だとしたら節操がなさすぎよ。ある程度自分で目標を決め、その目標のために大人を集めるのならまだしも、目標も見据えずただ色んな人の話を聞けば分かるかも――なんて馬鹿々々しい。結局最後に決断するのは自分でしょうよ」


 目標もなくふらふらと生きている私に、真理さんの言葉はぐさりと刺さった。

「あの、真理さんはどうして招待を受けたんですか?招待状には屋敷に来てほしいとしか書いてなかったし、怪しさ満点の会なのに・・・・」

 私の質問を聞いた真理さんは、少し私を見つめた後顎に手を当てて考え込んだ。そして数秒後に口を開いた。

「簡単に言うと疲れてしまったのよ。周りの視線に」


 少し悲しそうに真理さんは言った。私の質問にすんなり答えたのも、心が疲弊しているせいかもと思えるくらい、寂しそうな顔だった。


「私って足が動かないから、生きていくには誰かの助けが必要なんだけれど、それを好きでやっていますってアピールしてくる人間が多くて、もううんざりなのよ」

 どうやらどんな人間にも悩みはあるようで、才能を持ち世界に称賛されても解決できないこともあるのだと感じた。


「どっか田舎にでも隠居しようかと思っていたら、山奥の屋敷に招待されて、自分が買う別荘の参考にでもなればと思っただけよ」

 別荘の下見か・・。庶民には分からない感覚だ。

「史郎さんは?」


 食事の時からあまり喋らない史郎さんは、うつむき気味の顔を起こして反応した。史郎さんは私と対面して座っているので、顔を起こした史郎さんとがっつり目が合ってしまった。元々人の目を見て話すのが苦手で、しかも異性と話すことも苦手な私は自分から話しかけておいて史郎さんに少し驚いてしまった。


「ああ、すいません」

 驚いた私を見て謝罪をする史郎さん。悪いのは私なのに、申し訳ない。本当に自分の引っ込み思案には困ったものだ。

「いえ、えっと、大丈夫ですか?なんかさっきからうつむいていますけれど・・」

 自分の緊張を悟られないために相手を心配しているふりをした。なんとも後ろめたい。


「少し疲れているだけです。今日一日、ほとんど移動に使いましたから」

 史郎さんは自分の肩をとんとん叩きながら答えた。

「そういえば真理さんは車椅子でどうやってここまで来たんですか?」

「ロープウェイまでは付き人が運んでくれたのよ。はあ、やっぱりこんな山一つ登れないなんて嫌な体になったものだわ」


 真理さんは深い溜息をついた。

「それより、私もあなたがここに来た理由が知りたいのだけれど」

「ああ、そんなことですか。簡単ですよ、僕は生前の東寺さんと医者と患者の関係だったのです。なのでまあ、前主人の友人として招待されたといったところでしょうか。とは言っても僕も箒ちゃんと会ったのは数回程度ですがね」

 と、自分が屋敷に来た理由を史郎さんが話し終えたとき、理久くんが入ってきた。


「終わったよ。次の人行っていいってさ」

 なぜか理久くんは疲れ気味で、テンション低めだった。

「どうしたの?というかどんな話をしたの?」


 私が理久くんの様子がおかしいと思い聞いてみたが、「それは実際に話をしてみればわかることだよ」と言って部屋から出て行ってしまった。


 理久くんが出て行ったあと、葛さんが現れて真理さんを連れて行った。

「大丈夫ですかね、彼」

「確かにちょっと様子がおかしかったね」

 史郎さんと先生も理久くんの様子がおかしいと思ったらしい。

「ま、あの子も疲れていたんだろうさ」


 先生はそう言って勝手に納得した。しかし私には、それ以外の何かがあると思えて仕方がなかった。箒ちゃんは一体彼に何を聞いたのだろう・・。


 その後理久くんと同じくらいの時間で真理さんも終わって、それを葛さんが伝えに来た。

「あれ?真理さんはどこに?」

「先に部屋に戻られました。次は史郎様でしたね、どうぞ二階へ」


 史郎さんもいなくなり大広間には私と先生だけになった。

私は疲れからか、ソファーの上で眠ってしまった。

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