第9話 案内

 自己紹介を終えた私たちは、箒ちゃんに屋敷内を案内されることになった。そういうのは葛さんの役目だと思っていたのだが、彼女は晩ご飯の準備で忙しいらしい。てっきり葛さん以外にもここで働いている人がいるのだと思っていたが、この屋敷には箒ちゃんと葛さんの二人だけで住んでいるみたいだ。


 この広い屋敷に二人だけなんて寂しくないのだろうか?葛さんはともかく、箒ちゃんはまだ中学生くらいだし、親元を離れるなんて一般的にはありえないことだ。


「寂しくなんてありませんよ」

 私が疑問を唱えると箒ちゃんは気さくな笑顔でそう返してきた。


「そもそも私にはもう家族はいませんから」

 それを聞いて聞いてはいけないことを聞いてしまった気がしたが、当然のことのように語ったので私は安心した。


「それに住み始めてまだ一週間も経っていませんし、これからどうなるかは分かりませんわ」

 なぜだろう。この子の言葉や話し方は大人びている感じがする。しかし大人び過ぎているとも思った。

 無理をして大人を演じている、そう思えてならなかった。


「ここがお風呂です。一つしかないので女性と男性で時間を決めて入りましょうか」

 一階の廊下を歩いている私たちに、ドアを手で示しながら、箒ちゃんは説明した。すると史郎さんに車椅子を押されて一番後ろを移動していた真理さんが手を挙げた。


「なんでしょう?」

 先頭を歩く箒ちゃんが足を止めると、皆も足を止めて後ろを振り向いた。史郎さんも歩みを止めて真理さんを見下ろしている。

「お風呂はここだけなのかしら?私は一人では広い浴槽には入るのは難しいのだけれど」

 そう聞かれた箒ちゃんは嬉しそうににっこり笑って言った。

「大丈夫ですわ。葛さんに介助をお願いしていますから」

 それを聞いた真理さんは嫌そうな顔で溜息をついた。

「何かご不満がありましたか?」

 心配そうに箒ちゃんが優しく声をかけた。

「いえ、ただ迷惑をかけてしまうのは好きではないのよ」

「そんな、お呼びしたのは私ですから、真理様は何も責任を感じる必要はありませんわ」

 そう聞いて真理さんは納得したようだったが、どこか不機嫌そうなのは変わらなかった。


 その後トイレや談話室の場所を案内された。そして一階の案内が終わると二階に上がることになった。しかし階段を昇る際、真理さんが踵もとい車椅子を返して自分の部屋に戻ってしまった。


 帰り際「これ以上は大丈夫ですから」と言っていた。私は階段を昇る介助を誰かにお願いするのが心苦しかったのだろうと思った。


「そうですわね。二階は男性が泊まる部屋があるだけですので、女性の方は先に部屋に戻っていても大丈夫です」


 箒ちゃんのその言葉で、私と先生は先に行った真理さんと同じように自分の部屋に戻ることにした。

 私は部屋に戻り、スマホを取り出して電源ボタンを押した。しかし画面右上に表示されたマークによるとここは圏外であった。


 私は溜息をついてからスマホの電源を切った。

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