解題(前)

 完結は去年のこととなってしまいました。『一行詩』をお読みいただき、ありがとうございました。

 合計三十行という短い詩集でしたが、作者としてはかなり楽しめた作品となりました。

 私が一行の詩を投稿しようとした発端は恐らく、『一行怪談』(吉田悠軌)という本を読んだことにあります。内容のほうはここでは語りませんが、一頁に一行(一文)だけ印字されている怪談が、驚くほどの存在感で迫ってくる、そんな印象を受けました。

 小説投稿サイトで一行の詩を投稿されている方はたくさんいらっしゃいます。しかし、一話一行形式ではなく、まとめて一話、という方が多いようでした。

 カクヨムの投稿形式はかなり自由度が高いと感じています。もし、皆さまが一行詩を投稿する形に迷ったら、折角なので一話一行という形式も、考えてみてください。



 以下は、三十編を書き終えた時点の私が詩を振り返るものになります。まごうことなく蛇足ではありますが、ナンバリングのみで投稿していた関係、作者自身も何を書いたかの反省が必要なのです。

 お気に召す方は、お付き合いくださいませ。



僕に降りそそがない陽光だけを数えたい


 地球に比べて太陽はあまりに大きく、陽光はほぼ平行にそそぐと聞きました。ほんの少し、宇宙から見れば分からないくらいの違い/角度の差で、私が照らされているのは何故なのか。照らされないものがあるのは何故なのか。明確な言葉で表すことはできないのでしょうか。



流転する暮れる戻らない日々の流転を生きる


 R音を使って遊びたかっただけの詩です。

 ブランコが一回転した後の公園は、私にとって、二度と元の風景に戻りません。地球が回るのなら、私たちは決して戻ることのない世界を知っています。



数えられないこいのぼり夜の川で口をあける


 可算なのか、不可算なのか。五月のはじめ、夜の川にかかっていたたくさんのこいのぼりは、私に数えきれなかっただけなのか、それとも数えるべきでないモノだったのか。

 waterは不可算名詞?



飛びちがいてわめく烏の港。背広の空。


 飛行機にちゃんと乗ったことのない私には、ダイヤの乱れや欠航の焦った雰囲気が分かりません。想像のなかでそれは、タカに怯えるカラスのざわめきをもって置換されます。

 カラスの黒が背広の群れへと繋がりを見せたのは、原点への回帰と言えるでしょうか?

 今になって、ムクドリでもよかったかと思いました。また、かっこいい「鴉」表記でなかったのは、「烏」のほうがアホっぽいからです。



うすぐものテラスへ僕の影無限に伸びていく


 海へ行ったときに見た、薄く広がりをもった雲。「うすぐものテラス」という言葉を思いついて、どう使おうか考えるうち、ブロッケンの怪物がこちらへ手を振るのが見えました。

 前半と後半で字の密度が変わる、というところにも、ちょっとした達成感を感じています。

 


伸びては縮む世に充ちていたすべて、ことば


 「ことば」を「海」と云ってしまうこと。「海」を「ことば」で括ってしまうこと。

 海は潮の満ち引きや、小さく言えば寄せ返す波によっても、絶えず大きさと形を変えています。神によって光が生まれる以前にカオスが充ちていたのなら、現在の海と同様、誰にも見られることのない世界で、すべては伸び縮みしていたに違いないのです。

 キーになるのは、「充ちていた」でしょうか。

 ルビで遊びはじめた詩になります。はじめは「みことのり」だったり、ルビと逆だったり。公開してからも迷って改稿を繰り返していました。



秋にコスモスの花開くこと原初の神は何思う


 多くの植物は花も葉も終わり、動物も眠りへの準備を始める季節。冷たい冬へ向けありとあらゆるものが後始末をはじめる秋に、コスモスの盛りが訪れます。秋をコスモスーcosmosー秩序の季節と云ってしまうことは、捉えようによっては、きっと残酷です。

 ちなみにコスモスの花言葉は「乙女の純潔」などですね。



いよいよ夏であるとしかめ面のねこの言う


 猫の詩。

 我が家の猫は、夏の気配を感じると、家中の涼しい場所を探しはじめます。去年よりも居心地のよい場所を。そんなときに座椅子をずらしたりすれば、しかめ面で文句を垂れるのは必至です。それにしても奴らは毛だらけで暑そうですね。

 古臭いしゃべり方なのは、おおかた夏目漱石のせいです。



母の羽衣はまだ隠されていると、父笑う


 上と似た構造で、今度はブラック路線を、と思い書いた詩。オマージュ元は「羽衣伝説」ですね。

 母が人間でないこと、いつ居なくなってしまうか分からない存在であること。突然知らされたら子どもは困惑するでしょうね。それを笑いながら語る父を、悪意があると見るか、能天気と見るか、それとも……?

 下敷きとなる「羽衣伝説」のvariantによって、この詩の意味は変わってくるのではないでしょうか。



10

大好きだよと嘯いた 肩からふわり風に解く


 猫から羽衣の流れが性格悪すぎた気がしたので、また軽めの詩です。ハッピーではありませんが。

 心にもないことを、大切な人に言わなくてはならなくなったとき、あなたならどうしますか? スピーチの気分で自分を演じたら、なんだか肩の力と一緒に大事なものを逃してしまったような気分になりました。

 嘯いた、の意味を取り違えているような気がする今日この頃。でも調べません。



11

憂うか、厭うか、熊、鹿、雨だ。


 長雨の昼、ふと、鹿も熊も害獣なのだなぁと思いました。恵みの神、恵みの雨、ヒトを襲う獣、豪雨災害、つまりは畏れと獣害。深い山の中で、背中を丸めた熊も、梢を見上げる鹿も、雨を受けています。それは多分ゲンジツ。

 句読点で区切りまくる形は、少し特殊でしょうか。音読すると一言一言に語気が乗るので気に入っています。またいつかやるかも知れません。



12

夜毎に重ねて毛布の下のひとになる


 今日の夜は冷えるから、薄手の毛布をもう一枚出しましょう。

 頭まですっぽり被ったら目を閉じて、いろんな詩を思い出します。ノートの隅に書きなぐったほんのちょっとも。提出したプリントの裏へ書いてしまったのは、誰かの目にとまっただろうか。

 眠たくなったら毛布を抱えたまま、もぞもぞ寝やすい体勢を探して。


 とまぁそんな夜のイメージを書いたつもりだったのですが、出来上がってみればビックリするほど動きのない文に。



13

夏の白雪。重く重く覆い隠して光る。


 雪はその下になにかを隠しているもの。夏の雪はあり得ないけれど、あり得ないからこそその下には、もっと重大なものを隠しているのではないでしょうか。

 原型はだいぶ前に書いた詩で、『金木犀を追って』の「茶色い猫」「雪の霊廟」と同時期のボツ作でした。偶然居合わせた山形の吹雪を見ながら書いた詩ですね。……冬じゃんか。



14

薔薇蕀バライバラ棘と峠に伝う蔦トゲトトウゲニツタウツタ 針桐に這うハリギリニハウ青い薔薇アオイバラ


 これでもかっ、というくらいに遊んだ詩になります。一度更新途絶えたあと、心機一転の意気込みで更新再開したやつです。つまりここからシーズン2です。

 5-7-5-7-5。形式はちょっと古風ですが、最後の「青い薔薇」がモダンでしょうか? 柿本人麿的にいうと「青い薔薇」より前は枕詞でしょう。さしたる意味は意図していません。

 今思えば、藪をこいで進む峠道と青い薔薇のコントラストは逢魔時の異界をイメージさせる……かも知れません。この場合、『仮面ライダークウガ』や同『アギト』の演出に近いものがある……かも知れません。



15

なもしれぬ銀河いちりん あしもとにかおる


 足元に咲いた花が、悠久を生き繋いできたすべての生きものの内の一種類であること。その美しさ。気の遠くなるような距離と時間を越えて、気の遠くなるほど多くのものが繋がりあって生きてきたということ。足元の小さな花は紛れもなく、銀河の広がりをもつひとつの命。しかしその名前を私は知りません。

 ひらがなを多用したかったので、字数調整に苦労しました。





後編へ続きます。

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