第4話 ひとりピラミッド建設みたいな

 鉄を削るような耳障りで甲高い音だったから、最初は工事でも始まったのかと思った。でも段々その騒音が大きく鮮明になってきて、それが工事の音なんかじゃない事に気付いて驚愕した。

 これは……人の叫び声じゃないか……。

 グラさんと共に窓から外を見たけれど、声の主は発見できず、妙な事にこの叫び声を耳にしても、他の客は談笑したり、新聞を読んだりと、まるでこの声が聞こえていないように、皆くつろいでいる。

 ひょっとして、また例の現象ってコト……?

 俺がそう思った直後。

「おいっ、見に行くぞ! それを早く飲んじまえ!」

 アイスコーヒーのグラスを掴んで、グイッと一気に飲み干すグラさん。俺もストローでアイスコーヒーを全力吸飲、グラさんの後を追いかけて外に飛び出した。


 奇声の発生源はマカレナの裏手ですぐに発見できたが、それを見た瞬間、自分の目を疑った。博物館で展示されていそうな、細かい彫刻がびっしり掘られた石の棺桶。重機を使わなければ、絶対に動かせないであろう巨大な塊だ。それを女の子がたった一人、こめかみに血管を浮かび上がらせ、奇声を発しながら引きずっていたのである。


 棺桶の先端には沢山の鎖が打ち込まれていて、鎖は全て女の子の体へ何重にも巻き付いている。体を前傾させ、棺桶を引っ張るその姿はあまりにも異様な光景だったけれど、通行人は皆、女の子の事を完璧に無視。

「ふんぬぎぃいいいィィィィッ!!」

 人間の口から発しているとは思えない、身のすくむような奇声が響く中、俺は絶句してその様子を眺め、グラさんも横で口をあんぐりと開けたまま驚愕している。


「これって、俺が半分出ちゃった……から見えているって事ですよね。俺達以外には女の子の姿が見えてないですもんね」

「いや、他の奴らにも女の子は見えているぞ。ただ、棺桶を引き摺る姿じゃなくて、普通に歩いている姿だけどな」

「えっ!? そうなんですか!?」

 

 女の子が引き摺っている棺桶は、よく見ればガードレールをすり抜けてしまっていて、騙し絵のような物理的にありえない光景だ。目がチカチカしてくる。立体映像的なモノかと思い、石棺に手を伸ばしてみたら硬くひんやりした石の質感がそこにあった。

 間違いなく存在している……。


「俺達と違って、女の子本人は半分出ちゃってないから、自分の身に何が起こっているのか知らないし、日常生活は普通に送っている訳よ。さっきの雨雲の奴も、びしょ濡れの事を全く気にしてなかっただろ? でもこれはちょっと異常だな……。棺桶の影響を思いっきり受けちまってる。この辛そうな表情を見てみろよ」 

 グラさんは女の子の真正面に回り、彼女をまじまじ眺めながら俺に手招きした。 


「グラさんは他の人に気付かれないからいいですけど、俺がそんな事したら、ただの不審者じゃないですか」

「あのなぁ、お前だって半分出ちゃってんだから、半分側の存在なんだよ。普通側にいる奴らにとって、お前は存在していないのと同じだ。あぁ、普通側ってのは、一般の奴らの事な」

「えっ! 俺って存在してないんですか!?」

「半分側の現象が絡む状況限定だぞ! 今は棺桶が関係しているから大丈夫だけど、いきなりおっぱい揉んだりしちゃ駄目だ! その行為は半分側と関係無いから認識されちまう。気持ちは分かるけどな」

 気持ちは分かるじゃないよ……。アンタと一緒にしないでよ……。


 グラさんの発言に呆れていると、女の子がジャラジャラと盛大な音を立て、鎖を巻き付けたまま道路脇のベンチへ腰を下ろした。険しかった顔が、穏やかな普通の表情に変わった瞬間、俺は思わず大声を上げてしまった。

「この子、知ってますッ!!」

「なんだよ! 知り合いかよ!」


 マカレナの窓からこのベンチは良く見えるのだけれど、ある女の子が、かなりの頻度でここを利用していた。

 スーツ姿の彼女はいつも過剰に疲れており、酔いつぶれて終電を逃したおっさんのごとくベンチに全身をあずけるや、小一時間ほど居眠りをして帰っていくのである。

 夜勤明けなのか休憩時間なのかは分からないが、その余りにも痛々しい姿を見て、一体どんなブラック企業に務めているのか、過労死するんじゃないのかと、俺は結構本気で心配していたのだ。

 棺桶のインパクトが強すぎて、目の前にいるのがその女の子だって事に、今ようやく気付いた。


「彼女がいつも疲れていたのは、仕事が辛い訳じゃなくて、棺桶を引きずっていたからなんですか……?」

「詳しい事は分からんが、棺桶が原因の一つなのは間違いないと思うぞ……。この感じだと、半分側の影響が始まったのは、昨日今日の話じゃないみたいだからな」

 ベンチの背もたれに両腕を掛けて天を仰ぎ、大の字で居眠りし始める女の子。その豪快な寝相に通行人も驚き、心配そうな顔で通り過ぎていく。


 心痛む光景を前に、ふと一つの考えが浮かんだ。 

「グラさん。俺達の姿は女の子から見えないんですよね。それなら、寝ている間に、彼女の体に巻き付いている鎖を外す事ってできませんか?」

「ええッ!? コレを外そうってのかよ!? 俺とお前で!?」

 重いなら棺桶を置いていけばいいじゃん、ぐらいの軽いノリだったけど、 何か俺、大それた事言っちゃった……? グラさんの余りの驚きっぷりを見て、不安になった。

「まぁ、そうだよな……。このままだと、この子可哀そうだもんな……。外せたとして……いけるか……? アレがこうなって……ソレがこうなって……」

 暫くの間一人でブツブツと呟き続けていたが、

「よっしゃ! 一丁やってやるか!」

 グラさんは何かを吹っ切るように、威勢のいい掛け声を上げた。

 その様子が若干気になったものの、さっそく俺達は鎖を取り外す作業へ取り掛かる事にしたのである。


 しかし、グラさんが何故それほどまでに驚いたのか、その場でしっかり確認するべきだったのだ。それを怠ったせいで、俺は後戻りのできない窮地へと追い込まれるハメになった。

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