原初の太陽が灯るとき 消された古代史

コミナトケイ

「――なあ、あんた学者さんだろ?」


 山と海、木々に囲まれ自然の息吹を感じる――そんなある村へ足を踏み入れたというところで、僕は突然声をかけられる。

 農作業の途中、といったところだろうか。額の汗をぬぐい、こちらを見つめる壮年の男性。日差しの強い夏日に長袖での作業はこたえそうだ。


「――なぜ、そうだと思うのです?」


 なるべく平静を装って尋ねたつもりだが、いささかの動揺は隠しきれなかったかもしれない。よそ者感はにじみ出ていたに相違ないのだろうが……それにしたって、藪から棒にそのように断定されたのはさすがに今回が初めてだからだ。

 対する男性の回答は、以下のようなものだった。


「こんな、なんも珍しいもんもない村にくるのなんか、学者さんくらいのものさ。なあ、あんた邪馬やま台国たいこくの研究にきたんだろ?」


 再び質問で返される。

 

 ――邪馬台国、か。

 日本という名前になる前に、この島国に存在していたとされる古代国家だ。

 はたして僕は確かに古代史の研究家であり、失われた古代習俗を解明するべく各地を駆け回っているのだが――


「いえ、僕は――あ、ちょうどよかった。この村の方でしたら、照灯しょうとう神社ってご存知です? 神社本庁にも登録されていないうえに地図にも載ってな――」


「……あんた、なぜその名前を?」

「え? いや知り合いの先生からお聞きしまして……」


「あそこは山の奥にあって、住民でもめったに寄り付かんところだ。よそ者には危険すぎる。悪いことは言わん、引き返した方がええ」


 唐突に発言を遮られたと思えばまくし立てるように注意されてしまい、りすっかり面食らってしまった。


「そうなのですか……残念です」


 だが、研究者としてこれしきのことで引き下がる訳にはいかない。

 なんとしても手がかりを得なければ――


「ところで、聞くところによると明日は照灯しょうとうさい、でしたか――村のお祭りだそうですね。それはぜひ見ておきたいと思うのですが……さしあたって、宿のようなところはありますでしょうか? よろしければ、教えていただきたく」


「あ、ああ。祭りね。なるほど……まあ、祭りを見てくってんなら……基本村人だけの祭りだから、よそ者向けの宿とかはないが――ふもとにある輿水こしみずさんのお宅に泊めてもらうといい。そこまで案内しよう」


「お仕事中ですのに、恐縮です。ありがとうございます」


 ありがたい申し出を受けたのでご厚意に甘えて、輿水さん、という方のお宅まで小型のトラックに乗せてもらうことにした。



 ……はいうものの。

 室内冷房をつけていただいても、蒸し風呂のような暑さ。

 少しばかり息苦しさを覚えるものの、こちらはご厚意で乗せて頂いてる身。

 文句は言ってはいられない。


「……どこかのええとこの学者先生からどこの馬の骨ともわからん素人まで、ここに来たらだいたい輿水さんのところを訪れる。邪馬台国の手がかりを求めて、なんだがね」


「へぇ、そうなんですね」


「……でもだいたいはがっかりしたような風にして帰っていく。うちみたいな小さな村なんかにそんな手がかり、あるわけがないわな」


「ははは……同業の者がご迷惑をおかけして申し訳ありません」


 思わず苦笑する。

 邪馬台国の魅力に取り憑かれた人はそんなに一様に肩を落としてこの地を後にしたのだろうか。

 仮に満足のいく結果が得られなかったとしても、そんなことはおくびにも出さず、取材元の方には敬意を払っていただきたいものだ。


「あんたが悪いんじゃないさ。あ、あんた、名は?」

鳥栖とすです。鳥栖とす理人りとと言います」

「鳥栖先生か……にしてもあんた、ずいぶんと若いのに、うちのなんでもない祭りを見たいだなんて、変わってんね」

「よく言われます」

「しかも、一人で。女の一人でもいないのかい? 先生のような方なら出会いのひとつやふたつ、ありそうなもんだが」

「いえ……今は研究のほうが楽しいので」

「ダメだダメだ、若いうちからちゃんと見つけとかないと。都会モンはそう言って後になって後悔するんだからな」

「あはは……考えておきます」


 再度の苦笑。正直、この手の話は苦手なのだ。

 僕はこの時代の女性にも、まして古代の卑弥呼ひみこにすら魅せられていないのだから、その手の欲求とはとんと無縁だ。

 大学を出たかどうかの歳でそれはどうなんだ、おまえは宦官か、とかポスドク仲間の同期にはさんざんに言われているのだが――大きなお世話というものだ。


「お、そろそろ見えてきたぞ」


 車に揺られること数十分、というところだろうか。

 田畑や手付かずの平地にポツポツと昔ながらの住宅が見える。

 そのような景色を見てきた中でもひときわ風格を漂わせる、大きくて立派な家屋が見えてきた。あたり一帯の大地主かなにかだろうか。


 車を降りたというところで、その家からこちらへと向かってくる一人の女性。


「……南海みなみさん、打ち合わせの時間にはまだ早いかと思いますが」



 ありふれた表現にはなってしまうが――

 僕は一目見て呑み込まれそうになってしまった。



 成人はしていないだろう。おそらくは中学か高校か――

 今までに感じたことのないような、胸が締め付けられるような――どうしてだろう、僕にはこのような感覚、まあ無縁だろうと思っていたのに。


 南海さん――僕を乗せてここまで連れてきてくださった農家さんと思われる男性だろうか、僕の方をちらっと見たと思えば何やら少女に耳打ちする。


 なんだかこれじゃ僕が不審者かなんかみたいな――

 はっ、まさか僕よりも若いと思われる女性をジロジロ見てたような形になってしまっていたのか!? ぼ、僕は決して変態なんかでは……

 いや、僕のような研究バカ、変人ではあるんだろうけど……

 このカラッとした暑さとはまた違った理由の汗が額ににじんでいるのがわかる。



 そして、彼女はそんな僕に近づき声をかけてくる。汗腺は開いていくばかりだ。



「鳥栖先生――ですね。学者さんのようだとお聞きしました。ようこそわが村へおいでなさいました。私は輿水永依と申します。ご存知でしたらことさら隠す必要もないでしょう――私が、照灯神社の宮司ぐうじです」 

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