どーる!!【マコの海岸物語】

わたなべ りえ

第1話



 俺、佐野誠。

 大学一年。


 正直いってジャニーズ系のいい男だと自負していた……のは、一ヶ月前まで。

 初めての大学の夏休みを前にして、俺はとんでもない悪魔と出会ってしまい、あわれ、死んでしまった。

 いまや、不自由なマネキン人形。金髪ハーフの浅野真琴として、悪魔に囚われた生活を送っている。


 詳しい話は……ここでは省く。

 前の話を読んでくれ。


 とにかく、今の俺は、悪魔のコレクションの一部と化して、部屋の片隅でごろごろしているだけの日々だ。

 不自由そのものだ。



「な、な、な、何が不自由なんですかぁ! あたし、あたし、あたしはぁ……」


 どどどどど……と階段を昇る音。

 だだーん! とドアを開ける音。


 何が起きているのか、俺にはわかるけれど、無視。

 どら焼きを食いながらの、昼時の海外ドラマは、わりといける。

 GSIのグロイのよりも、グレイスアラトミーのエロイほうが好きだ。

 しかし、テレビの前に、マシュマロのような女のコがででーんと立ちはだかると、無視してもいられない。


「そこ、どけよ! 姫子! せっかくいい場面なのに」

「あたしは、たいへんな場面ですぅうううう!」



 この女の子。

 白雪姫子。


 ちょいと世間ずれした感じと子どもっぽい顔、それに似合わない胸の大きさ。

 それらしくはないけれど、俺を不幸のどん底に突き落としたれっきとした悪魔なのだ。


「何よ! マコ姉さまの悪魔! あたしを、不幸のどん底に突き落としておいてぇええええ!」


 姫子は、ぐちゃぐちゃに泣きながら、俺に紙切れを突き出した。


「……えーと、何々? 悪魔さんカードの限度額オーバー?」


 俺が紙切れを一字一句間違いなく読み上げると、姫子はその場に泣き崩れた。


「あ、あ、あ、あんまりですうううぅー!」


 あんまりだと言われてもな。

 俺は、前向き。起きてしまったことは、あまりくよくよしない性格だ。

 だって、仕方がないだろ?


「し、し、し、仕方がないですってえええ!」


 姫子は、大きな目をとんがらせて叫んだ。

 俺は驚いた。悪魔は、本当に目をとんがらせることが出来るんだ。器用だなぁ……と感心する。


「だ、だいたいマネキン人形の分際ぶんざいで、どうしてあたしのどら焼きを食べているんですかぁああああ!」

「いや、だって、退屈だと、何となく口が寂しくて……」


 マネキン人形だから、ダイエットしなくても理想体型だしな。


「いいいい……」

「いいならいいじゃん」

「い、い、いったい何を買ったんですかああア!」

「PMWのZ4」

「何ですかぁ? それ?」

「いわゆるオープンカーってやつ」


 なぜか、ロケット・パンチが飛んできた。




 それからしばらくは、まるで葬式のような嫌な雰囲気だった。

 姫子は、後ろ向きなヤツだ。限度額オーバーの紙を握り締めたまま、しくしく泣き続けているし。

 俺は俺で、姫子が放ったロケット・パンチのおかげで、首が180度回転、後ろ向き。まさに悪魔に憑かれたような状態だ。


 しかし、驚いたな。

 オタクな悪魔だとは知っていたが、ロケット・パンチを持っていたとは。次は、ブレスト・ファイヤーか?


 あまりに直らない首に苛々して、俺は一度首を外した。そして、着け直した。

 こういう時、マネキン人形ってのは、便利だ。やろうと思えば、体の部分を着け直すことが出来る。まぁ、元々着せ替えするのが目的だからな。


 やっと元通りになってほっとした。だが、姫子をフォローしないことには。

 このまま泣かれたままだと、水害にでもなりそうだ。

 何せ、悪魔の涙の量ったら、ただ事じゃない。ハンカチからしぼった水が、バケツ十杯目になった。


「海にでも、ドライブってどう?」


 俺は思い切って提案してみた。

 姫子は、目と鼻を真っ赤にしながら、俺を睨んだ。


「それで、車が許されると思っているんですかぁーーーっ!」


 ……思っていたんだけれど、無理か。

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