第22話  受け継がれた祈り

大陸北西部はこれまでとは違い、一面が雪の世界である。

そしてデントは女神信仰の篤い町であり、道の辻には小さな祠に、旅の安全を見守る『ミニ女神像』が立ち並ぶ。

それらの光景を、雪化粧ごしに眺めつつ行くのである。



「勇者様。女神像ですよ。ありがたやぁ」


「ほんとだ。草で作った傘をかぶってんのな」


「屋根無しだからじゃない? ここは雪国だもんね」



その石像は両手を謹み深く前に結び、柔らかな微笑みを浮かべている。

まさに慈愛と創造の神の名にふさわしい容貌だ。


ーーこれがあのエルイーザかよ。


普段の彼女を知る人間からすれば失笑ものであるが、これは設定通りである。

舞台裏では極端に品がなく、誰よりも横柄であることは周知の事実。

それでもゲーム内では別人なのだ。

エルイーザは、ソーヤとは違った意味での演技派役者なんである。


一同はその像を横目で眺めつつ、街道を進んでいった。

やがて、デントの町へと到着し、新たなイベントが開始した。



【イベント:女神の降臨 を開始します】



町の規模はカバヤに比べるとかなり小さい。

メインストリートは石畳だが、裏道などは未舗装で、雪が溶けずに残っている。

レンガ作りの家々は暖かそうだが、大多数が年代物といった様子で、所々に経年の劣化が散見される。

王都などに比べ、派手さや武張った様子のない静かな町であった。



「さて、最初にどこへ向かうんだろうな」


「これって宿屋に向かってませんか?」


「あぁ。そうっぽいな」



ユーザーは真っ先に宿屋に導いたのだが、宿泊とはいかなかった。

やんわりとした態度ながらも、店主によって追い返されてしまったのだ。



「すまんが、お祈りを済ませてから来ておくれ。それまでは泊める事は出来ないよ」



この町の全住民が熱心なエルイーザ信者である。

なので武器防具、道具屋に至るまでが門前払いとなるのだ。

ユーザーは方々をうろついたあと、観念したようにして祈りの場へと向かった。


町中の祠は辻のものとは違い、神殿と呼べるほどに広かった。

信仰の中心的な役割を果たしている為である。



「ようこそ旅の方。お祈りを捧げていくかね」



祠で出迎えたのは、腰の曲がった老人だった。

外見からして、90歳前後とおぼしき男性である。

リーディスたちの返答はもちろんイエス。

すると老人は眉ひとつ動かさずに、こう言ったのだ。



「相分かった。これより準備を始める。しばしここで待たれよ」



老人はリーディスたちを祈りの間に留めおき、自身は奥の部屋へと去っていった。

その場に待たされたリーディスたちは、付近の神聖さに目を見張った。

総大理石の建物は、床、壁、柱に至るまで滑らかな輝きを放つ。

さらには部屋の中央には、立派な台座が設置されていた。

サイズが不自然に大きいことを除けば、これまでに勇者装備を安置していたものと瓜二つであった。



「お待たせした。これより祈りの儀を執り行う」



準備が整ったらしく、着替えを済ませた老人が台座の前に立つ。

その背後には、彼の配下だろうか。

儀式のための道具大小を抱えた神官たちが、多数顔を並べた。

そして、最後列にリーディスたちが横一列になって並んだ。



「神聖なる儀式のため、くれぐれもお静かに」



含蓄のこもった声だ。

老神官の言葉に全員が口を引き結ぶ。

すると、物音ひとつしない静寂が、ひととき辺りを支配した。


本来であればこれから、儚くも美しき歌声が五重奏で披露される。

それは忘れかけていた幼い頃の記憶のように切なく、それでいて温もりのある旋律なのだが。

果たして、酒の勢いを借りた改編はどうなったか。

老人は頃合いを見計らい、手にした杖を高く掲げ、よく通る声で叫んだ。



「ァィアーーイアーーァ、アィアッ!」



それに呼応するように、神官たちが手にした道具を鳴らし始める。


ーードドッカドンドンッ!


「アィアーー、アィーーアイヤァー!」


ーードッカドドッカ、ドッカドドッカ。


「ィイヤッハーーッ!」


ーードッカドドッカッ。


「ィイヤッハーーッ!」


ーードンカドドンカッ。


「ィイヤッハーーァ!」


ーードッドドン、ドドンッ。ドッドドン、ドドンッ。



様式が酷く変質していた。

西洋風の儀式から、アジアンテイストに大きく舵が切られたのだ。

そのくせ、服装は元のままなので、見た目とのギャップも相当なものであった。



「ァアお女神さん!」


「お女神さぁーん!」


「ンァアお女神さん!」


「お女神さぁーん!」


ーードッドドン、ドドンッ。ドッドドン、ドドンッ。


「ァアお女神さん!」


「ィイヤッハーーァ!」


「ァアお女神さん!」


「ィイヤッハーーァ!」


「ァアイーヤァイヤァッ!」


ーードドッカッドドォンッ!



老人は杖を天高く掲げて制止した。

彼は息ひとつ切らさず成し遂げたどころか、その顔はソウルシンガーのように精力的であった。


そして、辺りには再び静寂が訪れた。

だが、儀式前のものとは意味合いが大きく異なっている。


ーーどうすんだよコレ。


そんな思いがリーディスたちを支配していた。

次にとるべき動作が見えてこない。

しかも儀式中は私語厳禁。

無言のままに心は大きく揺れ動いた。

だが、イベントはそれからも着々と進み、特に悩む必要など無かった。



「おぉ……女神様が、女神様が降臨なされた!」



老人を始め、背後の神官たちも揃って頭を垂れる。

これにて彼らの役割は完了した。

以降の彼らはマネキンも同然となる。


台座の中央が天井付近から降り注ぐ光によって、眩く照らされている。

そこへ滞空しながら一人の女性が現れた。

女神エルイーザである。

彼女はゆっくりと地に降り立つと、静かに、囁くように言った。



「愛しき大地の子達よ。か弱き我が子達よ。汝らの求めに応じ、参上致しました」



もう一度言う。

彼女は間違いなくエルイーザ本人である。

ひとたびオフになれば大酒を飲み、暴言撒き散らすアノ人である。


それが今は淑女のお手本のような言動で、石像と同じ微笑みを浮かべているのだ。

この豹変ぶりには、2週目のリーディスたちでさえ一向に慣れる気がしていない。



「勇者の子孫リーディス、そしてマリウス。私がエルイーザです」


「ほ、本物か?」


「もちろん。驚かせてしまってようですね。ごめんなさい」



リーディスはうっかり『普段と別人すぎるだろ』と言いかけるが、なんとか言葉を飲み込んだ。

勇者といえど命は惜しい。

だから、端的とはいえ彼女の口から放たれた謝罪の言葉についても、決して追求されることは無かった。



「マリウス。あなたは大いなる力をお持ちですが、いまだ目覚めておりませんね。此度はその芽吹きのお手伝いにやって参りました」


「大いなる力……ですか」


「そのように構えることはありません。何も考えず、私にその身を委ねてください」


「……わかりました」



ふわり、ふわり。

エルイーザは宙を舞うかのような足取りで近づき、マリウスの前に立った。

そして愛おしげに伸ばされる彼女の右手。

それが『大地の子』の頬を撫でた。

そして……。



「マリウスよ、目覚めなさい!」



ーーバチィィン!

ーードゴォン!



強烈な平手打ちが炸裂。

まともに食らってしまったマリウスは、そのまま数十メートル離れた大理石の壁まで吹っ飛ばされてしまう。

あまりにも強烈な一撃に、そのまま意識を手放した。



「成功しました。これで彼も、眠っていた力に目覚める事でしょう」


「いやいや。目覚めるどころか、思いっきり眠りについたんだが」


「ところでリーディス。あなたもまだ勇者の力に目覚めていませんね?」


「い、いや。オレは……」


ーーポキッ ポキリッ。



エルイーザが拳を握り、自分の細い骨を鳴らし始めた。

相変わらず首から上だけは、先ほどと変わらず淑女のままで。



「ではもう一発いきます」


「待てよ。せめて平手だろ。どうして握り拳なんだ!」


「注入方法が勇者用なので。でも大丈夫です。これは、その、死なないヤツなんで」


「ふざけんな! こんなもん理不尽……」


「リーディスよ目覚めなさい!」


「ゴフゥッ!」



女神の拳が天井に向かって突き上げられた。

その動作によって顎を下から正確に撃ち抜かれたリーディスは、そのまま天井に激突した。

そしてすぐに落下し、気絶。

それからはピクリとも動かなくなった。



「あなた方も欲しいかしら?」



リリアとメリィに微笑が向けられる。

彼女たちは生きた心地がしなかった。

ここまでの流れからして、穏便に済ませてくれるはずがない。

二人は床を舐める勢いで頭を下げた。



「とんでもない。アタシは賑やかし女で十分です!」


「私も無愛想なクソガキが相応です!」


「そうですか……そうですか」



表情こそ変わらないものの、女神の気配が怒気で曇った。

オフの時であれば暴言の1つでも飛んできたであろう。


それでもリーディスとマリウス2名の尊い犠牲があったおかげで、エルイーザはある程度の満足を得た。

小さく鼻を鳴らし、帰ろうとしたのか一瞬体が浮き上がる。

その動きに場の緊張が解けかけるが……。



「ああっ! 何と言うことでしょうか!」



帰らない。

厄介さんがなかなか帰らない。

これにはミーナたち生存者も気が気じゃない様子だ。



「えっと、女神様。何かありましたか?」


「西です。西の街道に強力な魔物が現れました。何と言うことでしょう。今まさに、崇高なる宝物が手にかけられています!」


「わかりました、西ですね!」



これ幸いとばかりに一斉に祠から飛び出した。

特にミーナの姿が勇ましく、いまだ虫の息であるリーディスとマリウスを両肩に抱えての脱出に成功したのだ。


こうして全滅を免れた一行は、回復もそこそこに町の西へと向かった。

女神が危惧した『崇高なるもの』の正体とは何か。

それを知ったとき、彼らは大いに驚かされる事となる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る