第15話  頑張る姿

場面は少し前に遡る。

眠りから覚めたミーナは見慣れない部屋に居ることに気づく。

周りには不揃いな武装をした男たち。

それらが木箱や廃材に腰を降ろし、不敵な笑みを浮かべながら彼女を眺めた。


ミーナは足元から迫る寒気から、少し後ずさる。

その仕草が何かを刺激したらしい。

男たちから下卑た嘲笑(わらい)が起きた。



「うへぇっ たまんねぇなオイ!」


「坊っちゃん。早いとこやっちまいましょう。オレぁもう辛抱たまんねぇですよ!」



手下たちが一人の男に懇願した。

その男は周りの者よりずっと若く、20歳ほどに見える。



「慌てんなよ。お前らの番は後回し。オレが遊ぶのに飽きてからだ」


「わかってますって。眺めてるくらいは良いでしょう?」


「そんなもん見て何が楽しいんだか。まぁ好きにしろ」


「へぃ! ありがとやす!」



ミーナは身を固くした。

男たちが何を企んでいるのか、世間知らずな少女であっても察しが付いたのだ。

彼女に向けられているのは、魔物が戦闘時に発する殺気とは違う。

これまでに感じた事のない劣なる悪意の塊である。



「あなたたちは、何をしようとしてるか分かってるんですか!」


「もちろん。分かった上で手下に拐わせたんだ」


「私は勇者様の仲間で、大聖女で、邪神を倒しに行く旅の途中なんですよ!」


「そうそう。その大聖女様よ。珍しい女だよな、だから拐わせた」


「もしや、邪神の意を汲んだ……?」


「いいや。無関係だ。珍しい女を手に入れたかった。そんだけ」


「そんな……」



ミーナはにわかに目眩を覚えた。

男の言葉は常軌を逸しており、一向に理解できなかったからだ。



「安心しろよ、何も殺したり売り飛ばしたりはしねぇ」


「安心? そう言うならすぐに解放してください! 私には大事な使命があるんです、すぐに解放してください!」


「うるせぇ女だな。おい、この女の口を塞いじまえ」


「へい。ぼっちゃん!」


「あんまりですよ、それが命がけで戦っている人に対する仕打ちですか!」


「邪心討伐なんて、別にオレが頼んだんじゃねぇし。お前らが勝手にやってる事じゃん。恩着せがましく言うのやめろよな。うぜぇ」



目の前が暗くなる想いだ。

勝手にやってる事。

世界の命運を賭けた戦いをそう評されてしまったのだ。

これにはさすがに絶句してしまう他なかった。


ミーナは暗い気持ちになりつつも、演技のための言葉を探した。

……だが、見当たらない。

そもそも、誘拐も途中で阻止されるので、小屋の中の出来事は全てアドリブである。

だから適切な言葉を考えなくてはならないが、頭が真っ白になっている。


下劣で醜悪な視線が向けられるが、それが肌に突き刺さるようだ。

極めて邪悪で身勝手な悪意。

まだ幼さの残る少女には、余りにも恐ろしいものであった。


そんな彼女に気遣いはない。

荒縄と布を用意した男が、虜にすべく動きだす。



「顔だけは殴んなよ」


「ぼっちゃん、それくらい分かってますって!」



手下の汚い手が伸ばされる。

無造作に髪を掴もうとするが、それは届かない。

少女の体がスルリと揺れ動いたからだ。


ーーゴキリッ!


鈍く乾いた音が室内に響く。

男は想定外の痛みに耐える事ができず、その場に崩れて失神した。



「テメェ、何しやがった!」


「意外に強ぇぞ、お前ら全員でかかれ!」


「へい!」



いくつもの腕が伸びてくるが、結果は同じだった。


ーーゴキッ。

ーーゴキリッ!

ーーバキンッ!

ーーグシャリ!


瞬く間に半死人の山が出来上がる。

痛烈なカウンター攻撃を受けて、まともに立っていられる者など誰も居なかった。

哄笑(こうしょう)や下卑た笑いで満ちていた部屋は、呻き声一色となる。

そんな中を、ミーナは呆然と立ち尽くしていた。


これまでの旅をけなされた事。

多人数により貞操を汚されかけた事。

全てを暴力で解決してしまった事。

怒りや哀しみが混ざり合い、感情に大きなうねりを生み出し、彼女から思考を奪ったのだ。


そのころ、部屋のドアが蹴破られる。



「ミーナさん、大丈夫ですか!」



マリウスの登場。

それに気を緩めたミーナは力なく倒れてしまう。

これが彼女が一身に受けた屈辱と、その落とし前についての全てである。

________

____



マリウスは誘拐犯たちを探すが、残されていたのは見捨てられた手下ばかり。

リーダーの男はいつの間にか逃げ出したらしかった。



「逃がしてしまいましたか。できれば頭目を捕まえたかったですね」


「すいません、私の努力が足りませんでした……」



ミーナが真っ青な顔で俯く。

震える指や膝は、本心から出たものだ。

誘拐劇もアドリブだらけの「演出」とは言え、明らかに逸脱しているし、打ち合わせのひとつも無かったのだ。

多感な年頃の少女には、あまりにも辛い体験だと言えよう。

いくら強力な力を持ち、自分の身を鉄壁に守れる人物であるにしても。



「マリウス様。私達の旅は果たして、意義のあるものなのでしょうか。人々に歓迎されているんでしょうか?」


「ミーナさん……」



彼女はかなり役柄に感情移入しているらしい。

先ほどの誘拐犯の暴言で、まるで自分の事のように傷付いているのだ。



「どのような心無い言葉で罵られたか、敢えて問いません」


「はい……。どうお伝えすれば良いか。とにかく酷い言葉で詰られたのです」


「なるほど。それで傷ついたのですね。気にしないで忘れた方が良いと思いますよ」


「忘れる……、ですか?」


「ええ。世の中には何に対しても貶す者は居るんです。そんな人物の為にあなたが気を病む必要はありません」


「そうですか。そうかもしれませんが」



ミーナの顔は晴れない。

彼女も人知れず悩んでいる部分があるからだ。

突然ヒロインの座に奉りあげられただけでなく、大聖女という肩書きと共に重要キャラクターに昇格してしまった。

さらについ先ほどまで、戦闘中でも散々に迷惑をかけてしまっていた。


多大なプレッシャー。

伴わない成果。


逃げたくなる気持ちを抑え、何とか挫けずに頑張ってきたのだ。

自分には過ぎた役目だと感じつつも。

だから先ほどの言葉が、ひどく刺さり、痛むのだ。

無視すべきだと分かってはいても。



「私なんかが出しゃばるべきじゃなかったんです。この先だってとても務まるかどうか……」


「そうでしょうか。とてもよく頑張ってくれてますよ」


「ですが……」


「無理強いはしませんが、ここで貴女に去られたら寂しいですね」


「え……?」


「僕は貴女の頑張る姿が好きなのですよ」



きっと勇者さんたちも同じです、どうかもう少し続けてはくれませんか。

そう言葉を繋ごうとしたのだが。



「本当ですかマリウス様!」


「え、ええ。もちろん」


「えへ、えへへ。じゃあもっとたくさん頑張りますね!」


「そうですか、よろしくお願いします……?」



ミーナの頬が桜色に染まり、湿りつつも笑顔が戻った。

そして、2人の物理的距離が、1歩から半歩ほどに狭まっている。


マリウスは薄々と感じた。

これはきっと大きな誤解を与えてしまったらしい、と。

だがそんな認識差があっても、ミーナの照れ笑いを見ていると、正す事が躊躇われた。

そして、すぐにリーディスたちと合流してしまったので、誤解を解く絶好のタイミングを失ってしまうのであった。


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