第11話  勇者イベント

あれから一行がどうなったかというと、一応は着地点を見つけることが出来た。

従来通りであれば、この時点でリーディス・マリウス・聖女の3人パーティとなっているはずである。

にも関わらずミーナに加え、リリアとメリィの同時加入までを許してしまった。


システムの都合上、戦闘に参戦できるのは4人までであり、それ以上の人数参加は編集モードといえども不可である。

では彼女たちはどうしたのか、というと……。



「フレッフレッ勇者様! ガンバレガンバレ勇者様ぁ!」



戦場に酷く限定的な声援が響く。

2人の聖女からだ。

彼女たちはメインヒロインの座を奪い合うことを諦め、サブメンバーとしての地位に甘んじたのだ。


サブメンバーであれば人数制限はない。

定期的な出番がある上に、戦いで傷つく危険も無い事から、そのポジションを受けいれる事にしたのだ。


この賑やかしい変化だが、ゲームプレイにも好影響を及ぼしている。

彼女たちの声援が低確率ではあるものの、戦闘メンバーに二回攻撃のチャンスを与えているのだ。

その恩恵を受けられるのは勇者だけでなく、他の2名までも同条件だ。

これは没になった役職の『応援師』の能力なのだが、リリアたちは悪びれることなく流用したのである。



「いきます! えいっ」



戦場に華やかな声が響き、鋭利なナイフが標的を切り裂いた。

この行動でリーディスが撃沈。

間髪いれずにリリアたちが応援し、2回攻撃が発動した。



「まだまだ! 逃がしませんよ!」



次いでマリウスも轟沈。

以降はミーナの独り舞台となる。

そして今までと同じく敵を全て葬り去り、元メイドは着実にレベルを上げていった。

主人公格の男連中は足手まといにすら成れない現実を、ただひたすらに嘆いた。



「はぁ……もう中盤になるっつうのに、まだレベル1かよ」


「勇者さん。これは由々しき事態ですよ。どこかで僕たちも強くならないと……」


「そうだけどさ。今のところ打つ手がねぇよ」



そんな事を小さくぼやきつつ、一行は新たな町へと向かう。

大陸南東部にある漁師町だ。

これにて、この大陸を東西に横断したことになる。



【漁師町イサリに着いた】



町の様子はというと、あまり賑わいや豊かさは感じられなかった。

古びた木造建築ばかりが並び、庭先にカヌーやら投網やらが散見され、住民も日に焼けているので肌が浅黒い。

宿泊施設があるだけで、武器防具はもちろん、道具屋すら無い。

だが、そんなイサリの町であるが、実は重要な意味合いが持たされている。

勇者の盾に関する情報が組み込まれているのだ。

住民は口々に語る。



「イサリの町へようこそ。ここは勇者の盾がある事以外、ごく平凡な田舎町だよ」


「ここにヘップションウスの遺した盾があるとガキの頃から聞かされてるが、どこにあるんだろうなぁ。そういや、そろそろ干潮の時間だな」


「干潮になると、海岸沿いに洞窟が現れるんだ。あそこには何があるんだろう。魔物がウヨウヨしてるから近寄れないんだ」



といった具合であった。

断片的にではあるものの、直球気味の情報が随所に散りばめられている。

いっそのこと『干潮時になれば洞窟に入れるので、そこに祀られた勇者の盾を持っていけ』とでも言ってしまえば良いのに。


聞き込みによる収穫と言えばそれくらいで、装備を新調できる店もないので、後はその洞窟とやらへ向かう事となった。



「このままダンジョンに突入するみたいだな。宿屋はナシか」


「まぁ、僕たちを回復させる意味がありませんからね。一撃で沈みますし。ミーナさんが健在なら、探索に問題はありませんから」


「大丈夫ですか、お二方。残り体力1で辛くないですか?」


「平気だよ。もう慣れた」



切り立った崖を砂浜の方から回り込むと、ポッカリと洞窟の入り口が顔を覗かせる。

特に警戒することなく、ズカズカと乗り込んでいった。



【盾の洞窟に到着した】



中は薄暗いものの、所々がランプで照らされていた。

『魔物のせいで、一般人は近寄れないはずじゃあ』などというツッコミは最早無粋。

その程度の不条理は、このゲームに関しては有って無いようなものなのである。


それははておき、盾の洞窟。

重要装備が設置されているだけに、敵の妨害も強烈だった。

鉄トカゲ、さまよう漁り火、三ツ又魚人など、これまでの敵より1ランク上の顔ぶれが行く手を阻む。


鉄トカゲはその名の通り身体中の皮膚組織が鉄で生成されている。

さらに地を這うような身の低さから、こちらの攻撃が当てづらく、迎撃も防ぎづらいという厄介な敵である。


さまよう漁り火はトリッキーな戦略を取る。

勇者たちに幻覚を見せたり誘眠攻撃をしたりと、主にステータス異常を狙う。

その成功率はキャラクターのレベル依存となっている。


そして極めつけは、それら2体の後列に立つ三ツ又魚人である。

高い防御力を誇る前衛に守られつつ、鋭い三ツ叉の矛によって強烈な攻撃を繰り出すのだ。


これには勇者一行もたまらず、一進一退を繰り返し、無謀な突入を悔やむことに……。

とはならなかった。



「いきます! えいっ」

「キュエエ!」


「いきます! えいっ」

「コォォオオン!」


「いきます! えいっ」

「ギェーーッ」


「まだまだ! 逃がしませんよ!」

「ドジッたぜ、ちくしょう」



暴走機関と化したミーナは止まらない。

瞬く間に死体の山を築き上げ、道行く敵(+α)をなぎ倒して行った。

快進撃という言葉がしっくりするほどの大侵攻であり、その過程で味方にも被害が及ぶことは、極めて些細な犠牲と呼ぶしかない。


そのようにして強引に歩を進めていくと、最深部へと到着した。

そこには精巧な装飾の施された、大理石の台座の上で、自ら発光する盾が安置されていた。

神聖なる場所なのか、女神の加護か。

小部屋の中には邪なる魔物の姿は無かった。

一行がその台座に近づくと、イベントが開始された。



【イベント 勇者の盾】



「勇者さん、見てください。これはもしや……」


「恐らく、ヘップションウスの遺した盾だろうな」



リーディスが徐(おもむろ)に台座へと歩みより、そっと手を伸ばす。

だがバチリという甲高い音とともに指が弾かれ、盾の入手を拒まれてしまう。

幸いダメージ判定は無い。

もし1ポイントでも削られていたら、彼は問答無用で骸と化していたことだろう。



「な、なんだ。拒絶されたような……?」


「勇者様。この盾は封印されていて、聖女にしか解けないようになってるの。だからアタシに任せて!」



リリアが得意満面で進む。

そして台座の前でひざまづくと、何やら呪文のようなものを呟き出した。

静かに、滔々(とうとう)と、淀みなく。



「女神エルイーザよ、大地の子たるリリアが祈る。天地遥かなれど、赤心やまずただ願う。隔たりなき慈愛の情にて、我に力を授けたまえ」



詠唱が終わると、リリアの体が淡く光はじめた。

さらに彼女の両手が眩く輝きだす。

その手が恭しく伸ばされ、台座に触れる。

まもなく勇者の盾も手に入り、リーディスの活躍も期待が持てるだろう。

一同が成功を確信した瞬間、それは起きた。



ーーバチィン!



強めの音と共にリリアが弾かれる。

この反応は想定外だったようで、何歩も後ずさりをして、壁に背をぶつけた。



「あれ、あれれ?!」


「クスクス。封印を解けないだなんて、リリアは聖女失格ですね。賑やかし女にでも転向しますか?」


「うるさいわねッ おかしいなぁ。何がダメだったのかな?」


「リリア(まがいもの)は大人しくしててください。勇者様、メリィが本当の聖女の力をお見せしますね」


「お、おう。頼むぞ」



メリィが勇者にパチリとウィンク。

しっかりと周囲に印象付けてから、先程と同じように台座に進んだ。

そして同じ詠唱。



「女神エルイーザよ、大地の子たるメリィが……」



結果も同様。

バチィンと強めの音が鳴り響き、メリィが後ろによろける。

そして、リリアの隣に仲良く並んで尻餅を着いた。



「ええーーッ!?」


「アッハッハ! アンタもダメだったじゃない。何が聖女失格の賑やかし女よ。アンタなんか無愛想なクソガキじゃない!」


「どうしてですか……。こんなの絶対おかしいです!」



メリィは涙目で喚くが、原因に心当たりはないらしく、打開策は生まれなかった。

それからも代わる代わる挑戦が繰り返されたが、結局封印は解けないままとなる。

その様をつぶさに眺めていたマリウスは、小さく耳打ちした。



「勇者さん。これってもしかして……」


「おう。オレもちょっと引っ掛かってた」


「ミーナさん。ちょっとチャレンジしてもらえませんか?」


「ええっ! 私がですか?」


「オレたちの読みが当たってたら、たぶんお前が正解なんだ。頼むよ」


「はぁ、わかりました。失敗しても怒らないでくださいね?」



おどおどと腰を引きながらミーナが進む。

そして見よう見まねに、ぎこちない動きで台座の前にひざまづいた。



「ええと……女神様。お元気ですか、ミーナです。盾を貸して欲しいんで、よろしくです!」



パン、パン!

柏手(かしわで)が二つ。

詠唱の不備だけでは飽き足らず、もはや宗派すら別物となってしまった。

たとえ神事に疎いメイドといえども、この失態は及第点にすら遠く及ぶまい。


ミーナは立ち上がると、盾に向けて手をゆっくりと伸ばし始めた。

顔を背けて目を瞑り、左手は口許にあて、右手は震えつつも前に。

指先が台座に触れ、聖域に侵入。

そして……。



「リーディス様、取れました」


「でかした。ありがとうな!」


「勇者さん、これってやっぱり……」


「マリウス、詳しくは後で。電源が落ちた後でな」



テキストに拾い上げられないよう、耳打ちしあうリーディスとマリウス。

盾を両手で抱き、小首を傾げるミーナ。

そして壁際で唖然とするリリアとメリィ。


まだまだイベントの最中だ。

演技を続ける必要があるのだが、誰一人まともに機能していない。

以降、役割を思い出した彼らがゲームを展開させるのに、数十秒ほど空費することとなった。

ちなみにその間は無音状態だったため、空っぽのテキストが延々と表示された。

ユーザーはひたすらにボタンを連打したのだが、幸運にも彼がゲームを投げる事は無かった。

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