第30話 Hyde

 病院から退院したのち美洋は頼りない足取りで自分の住むマンション、その自室へとたどり着く。もとから外傷自体は打ち身だけであり内臓も無事であり意識が戻ったため隊員が許可されたのであった。


「美洋君!」


 そして部屋の扉を開けた瞬間、中から赤髪の少女が美洋に飛びついてくる。体が一瞬痛んだがそれよりも安堵の感情の方が彼にとっては大きかった。


「ハイド!」


 飛び込んできたハイドを抱きしめ返す。近藤からハイドは無事だった、ということは聞かされていたがそれでも実際に会うまでは内心でおびえていたのだ。


 リーシャの顔がちらちらと頭の中をよぎり、不安が解消されなかった。


 だから、こうして実際にハイドの体を抱きしめてようやく安心できるのである。


「よかった……お前だけでも無事でよかった……」

「み、美洋君?! 積極的だね?!」


 上ずったようなハイドの声。機械とは思えぬその温かい体を美洋は抱きしめる。その時部屋の奥の方から声が聞こえてくる。


「おやおや、二人とも熱いね~」

「誰だ?!」


 その声に驚き、とっさにハイドから離れる美洋。この部屋の鍵を持っているのは美洋とハイド、そしてすでに捕まった美洋の育ての母、天海零だけである。


 そしてそれ以外の人員に関しては部屋に入れないようにハイドに厳命していた。だからこの部屋に美洋がいなかった今、ハイド以外にいるはずはなかったのだが……


「お前は!!」


 その相手の顔が見えた瞬間、美洋は激昂する。そのまま相手に掴みかかり押し倒す。


「おやおや、浮気かい? 私は別に構わないがそこのハイドちゃんは起こるんじゃないのかな?」

「黙れ! お前のせいで! リーシャは死んだ!」


 部屋の奥から現れたのはアリスだった。ハイドの服に身を包んでいた。そこに押し倒されたことに対する動揺もおびえもない。


「まあまあ、そう言わずに~。私と楽しいことでもするかい?」

「アリスさん! 美洋君を挑発しないでください! 約束ですよ!」


 ひょうひょうと挑発を続けるアリスをいさめたのはハイドであった。


「ハイド! どういうことだ! どうしてこいつがここにいる?1」


 ハイドのほうを振り返り険しい顔で問う美洋。ハイドは申し訳なさそうに答える。


「仕方がなあったんだよ。というかここにある機械全部掌握されちゃったんだもん。入れないわけにはいかないよ」

「そうか……」


 ハイドの返事にめまいを覚えながら美洋は再びアリスに向き直る。目をまっすぐに見つめながら美洋が何かを問う前にアリスが口を開いた。


「水城美洋。私は君に謝罪する。そして協力してほしい」

「謝罪……? それに協力だと? 一体何のことだ?」


 ようやく落ち着きを取り戻してきたのか美洋はアリスを抑える力を弱め、その真意を訪ねる。


「単純なことだ。リーシャ、彼女のことは本当にすまないと思っている。殺す気はなかったわけじゃない。だけどあんなところで殺す気は全くなかった」

「殺す気だったことに変わりはないんだな」

「まあね、それでもあんな風に不意打ちなんていうのは私の美学に反する。その点に関しては謝罪と認識の改善を求めるよ。そして、そのうえで協力してほしい」


 のうのうとのたまうアリスに美洋はいら立ちを再び覚えながらなんとか会話を続ける。


「……そうか。わかったよ。で、協力というのは何のことだ?」


 呆れながら、これ以上リーシャの死に関して言っても仕方がないと判断し、気になったもう片方の【協力してほしい】の部分について尋ねる。


「私たちと一緒にエルデを止めてほしい」


〇〇〇


「そうか、つまりまだ君は現状何が起こっているのかを全く聞いていないのだな」


 美洋が出したコーヒーをのみながらアリスはゆうゆうと足を組む。身長がハイドよりも少々高いのに来ているせいで下着が見えているが美洋は気にしない。


 ちなみに胸のサイズも合っていない。


「そうだ。だから一から説明してくれると助かるね。エルデとはなにか、ジキルとハイドの関係、それに今起こっていること全部」

「も~君というやつは欲張りものだ。だけどいいよ、全部説明しよう。ここにいるハイドちゃん、それにジキルがね」

『はぁ~い! ジキルちゃんで~す! それじゃあまずは現状起こっていることからかな!』


 アリスの胡淵応じて美洋のパソコンからハイド……ではなく別の少女の声が流れる。赤髪のハイドと違い、画面に映るのは金髪の少女だ。


「改めて初めまして! ふふふふふ! 水城美洋、こうして直接話すのは数日ぶりかな。私の名前はジキル。今までは悪かったね! 謝るよ! 懺悔するよ! 告白するよ! あ、でも私に悪気はないからそこのところは誤解しないでね!」


 マシンガンのように喋る少女。アリスがパンと手をたたくとようやく止まる。


「ジキル、今は時間がない。はやく状況の説明を終わらせてね。何のために美洋のパソコン類を借りているとおもってるのさ」

『は~い。ふふふふふ。わかりましたよ~』


 そういうと美洋の部屋にある巨大なスクリーンにパソコンと同じものが表示される。


『は~い、ではでは! 説明するよ! まずは現状の一番の危機について。国家情報管制室のほうは美洋君に情報を隠したみたいだけれどそういうわけにはいかないんだよね~』

「なんだ……これは……」


 画面に映ったのはいくつかの写真。いずれも何かしらの爆発があったかのように焼け落ちていた。

 そしてその写真のうち、いくつかは美洋にも見覚えがあった。


「これは……情報管制室……それにあれは確か」

『そうだよ~。ピノキオを制作した研究所だね。まだ情報規制されてるからテレビとかじゃ放送されてないけどね~。現在日本は不定期にゲリラ的に爆撃を受けておりま~す』

「なんだって?」


 その事実に美洋は驚く。


「国家情報管制室のほうは美洋君に無理をさせたくないとかで隠しておきたかったみたいだけどね。その程度の情報操作……ふふふふふふ。私にとってはおもちゃみたいなものね」

「これは……マッドティーパーティーの仕業か? お前たちが元凶なのか?」


 焼け落ちた建物に目を奪われながらもなんとかそれだけ、言葉を発する美洋。


「う~ん、そうだともいえるしそうじゃないともいえる」


 答えたのはアリス。彼女は続ける。


「こんな事態を引き起こしたのはあるプログラム、先ほどから名前を出してはいるが【エルデ】という一つのプログラム。開発者はそこにいるジキルと……そしていつも君のそばにいるハイドだ」

「?!」


「ごめんなさい……」


 申し訳なさそうに目を背けるハイド。だが、ジキルは逆に笑い出す。


【こらこらこらこら、ハイド!! そんなに申し訳なさそうにしないの! 私たちは崇高な目的のためにあれを作ったんだから!】

「何が崇高よ! あんなの……あんなの人の世にあっちゃいけない代物だよ! しかもなに? もしかしてのまさかだけど私たちが別れた後も改良を続けてたとか言うんじゃないでしょうね?!」


 まるで姉妹のように喧嘩する二人……いや、どちらも優秀な人工知能であり、ジキルも体はないといってもエルデロイドの素体だ。充分に本当の姉妹の可能性はあるといえる。


 それに近藤の【ジキルとハイドの関係についての推測】もある。


「二人ともよしなって。今はそれどころじゃないんだから。ミサイルまであと何分あるんだい?」

「ミサイル? 何のことだ?!」


 唐突に物騒な単語がアリスの口から出てきて驚いた美洋。先ほどから驚きっぱなしだ。


『これから説明するところだよ~。アリスはせっかちだな~。だから毎回爪が甘いんだよ。それだといつになっても美洋君に勝てないよ』

「なんだって?!」

「あの……アリスさんにジキル? 早くしないと時間が?」


 ハイドだけは最初からある程度事情を聴かされていたのか何か知っていそうだった。美洋が病院で気を失っている間に何か聞いていたのだろう。あるいは【エルデの製作者】として何か知っているのか。


『おっと、そうだったね。よ~し、ジキルちゃんが説明頑張っちゃうぞ!』


 気を取り直したように画面の中で張りきったポーズをとるジキル。


『まず一連の、攻撃を受けた建物についてだけどいずれも攻撃方法は爆破。時限爆弾だったり小型ミサイルだったり。そしてその目的は水城真希奈の復讐・・・・・・・だ』


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