第5話 Evidence Collect

「は……?」


 家に入った瞬間、視界に入ってきた光景に美洋みなみは開いた口が塞がらない。目の前に存在するのは間違いなく成人男性の死体。顔を横にして表情は見えるが、うつぶせで血を流しているのでどのような傷を負っているのかは分からない。だが、横を向いた青白い顔と流れ出る血が既に生きていないことを証明している。


「……ハイド」

【間違いないよ。藤原信之さん。虹彩認証クリア。別人の可能性はなし】

「なんでだ? この人が犯人で、早瀬さんにウイルス送って濡れ衣着せて、その実力を海外の会社に対するアピールにするつもりだったんじゃ……」


 そこまで口から考えがこぼれだしたとき、美洋ははっと息を呑む。


「まさか!」


 死体の横を駆け抜け、奥の部屋へと美洋は走る。廊下を抜け、部屋へと続く扉を開けると



 ぐちゃぐちゃにされた機械達が目に入る。



 まさしくぐちゃぐちゃ、としか表現できないくらいに砕かれ、割られ、原形をとどめている部品は一つも無い、と言わんばかりに破壊されている。美洋が辛うじてなんの部品が判断がつく程度だ。


【うわ~、これはひどいね……】


 部屋の惨状を目にしてハイドは思わず呻く。一方で美洋は口元に手をやるとぶつぶつとつぶやき始める。


「そうか、そういうことか」

【美洋君?】

「今回の事件、表面上は早瀬さんが起こした事件。そして裏ではこの藤原さんが早瀬さんを利用して自身を海外の会社に会社にその腕を知らしめるのが目的。そして実際は……」


 壊れた部品に目をやり美洋は続ける。


「その藤原さんの行動すらも誰かの指示によるもの、或いはそれこそ早瀬さんのように濡れ衣を着せられたもの。いや、藤原さんが死んでいると言うことは口封じだろうから前者かな。指示を出した痕跡を消すために壊したのだとしたら納得がいく。電子上で消すとどうしても見付かるからね。僕達にとっては物理的な破壊の方が痛い」

【なるほど……でもそれじゃあ】

「そうだね。真希奈姉さんに繋がる手がかりは途絶えた。とりあえずレイさんには連絡を入れるけど……どうしたものか」


〇〇〇


【なるほど、事態は把握した。事件の解明感謝する】


 美洋の電子端末から上司レイの声が聞こえてくる。だが美洋は当然抗議の声を上げた。


「レイさん! 待ってください! 事件は何も解決してません! 明かに他殺だったでしょう! 犯人は! 動機は! 方法は!」

【水城美洋。私情を持ち込んでいないか? 聞けば姉のアカウントが動いた、それが今回、君達が動いた理由らしいが……諦めろ】

「なんでですか!」

【当り前だろう? これはもう電子上の事件だけじゃない。藤原氏の死因は銃で撃たれたことによる失血死。物理的な犯罪だ。君達の出る幕はない。おとなしく警察に任せておけばいい】


「でも――」


【でもじゃない。私達としては今回、事件を未然に防げただけでも十分なのだよ。それ以上は求めない。それにこれ以上君が首を突っ込んで命の危険にさらされるよりはまし、という判断だ。君という人材を国は失うわけにはいかないのだよ】


 そして直後、ツーと通話の終了を知らせる電子音が流れる。一方的に通話を切られたことに怒りを覚えながら美洋は電子端末を強く握りしめる。


【どうするの?】


 横から少女の声が響く。見るとハイドが心配そうな目で美洋を見つめていた。その紫紺の瞳から目を逸らしながら青年はこたえる。


「どうする……か。レイさんにあんな風に釘を刺された以上、国の方針として僕が関われないようになったはずだ。彼女の上官をいくら脅したところで、うどうしようもない」

【そっか……】

「くそ……せっかく真希奈姉さんに関する手掛かりが見つかったと思ったのに……」


 いつになく不機嫌さを醸し出す美洋。腹立だしそうに歩を進める。


【美洋君? どこ行くの?!】

「帰るんだよ。もう僕ができることはここにはないだろ。ハイドも先に帰ってていいぞ。僕に付き合うこともない。寄り道するわけでもないしね」

【今の美洋君を一人にするのは不安かな……】

「それならそれでいい。好きにしろ」

【でもでも! せっかくお姉ちゃんに繋がるチャンスなんだよ? 本当に帰っちゃうの?】


 心配そうな声をかけるハイド。根気よく声をかけ続ける。


「いい加減にしろ! これ以上僕にできることはない。違法なことが許されない以上できることは……」

【美洋?】


 美洋は何か思いつめたように虚空を見つめ、思考に没頭する。ハイドが目をぱちくりさせながら様子をうかがうが、彼はそれを気にせずぶつぶつと呟く。


「濡れ衣……自殺……他殺……ウイルス……破壊……」

【み、美洋君……? どしたの……?】


 恐る恐る尋ねるハイド。美洋はようやくハイドに目を落とすと家とは違う方向に歩き出す。


「予定変更だ。早瀬さんの家に行く」

【早瀬さん? 冤罪どうのこうのって話はもう終わったはずでしょ? なんで今更?】

「説明はまとめてする。でも一つだけ。まだ真希奈姉さんに繋がる道は途絶えてない!」



〇〇〇


「早瀬さん、自殺しようと思った理由を詳しくお聞かせください」

「じ、自殺しようと思った理由ですか?」


 場所は冤罪を駆けられた早瀬の家。その居間で長身な青年と小太りの壮年が向かい合う。ハイドはキッチンを使わせてもらい二人にふるまう料理を調理中だ。

 既に早瀬を陥れたと思われる藤原が殺されたことは伝え、その裏に何者かがいる可能性も伝えた。

 早瀬の顔に浮かぶのは戸惑い。当り前だろう。自分が自殺しようとした理由など聞かれて戸惑わないわけがない。

 だが、美洋は踏み込む。そこに遠慮はない。


「少し違和感がありましてね。今見る限り奥さんやお子さんは遠くに避難させているのでしょう。あなたは警察から取り調べを受けるため、この家に残った、と思いました。でも……」

「でも?」


 早瀬が聞き返す。


「そこでどうして自殺しようと言う方向に考えが進んだのかが分からない。事件が明るみになったのは一昨日。あなたは家族を巻き込まないようすぐに退避させた。僕から見るに凄く決断力と実行力に優れていて、それでいて冷静な人だ。警察の取り調べも始まる前に自殺する人とは思えない。だから聞きたい。なんで自殺しようとしたのか」

「分かりません」

「え?」

【え?】


 料理を持ってきたハイドもその言葉を聞いて美洋と一緒に驚く。早瀬の口から出てきたのは二人にとって思いがけないものだった。


「ですので分からないのです。私自身今思えばなぜあんなことをしようとしていたのか……自殺するつもりなんてありませんでしたし、警察の方も事情をしっかり説明すれば真相は明らかになるものと……信じておりました」

「そうですか……」

「あの……それが何か……」

「今回、あなたが自殺すれば喜ぶ人間が少なからずいました。本人がいない以上全ての責任は、罪は、あなたのものとなり、真犯人にはなんのお咎めも無し」


 そこで言葉を切る美洋。


「あなたの自殺。誰かからか勧められたものでは?」

「はっ?!」


 今度こそ、驚愕に目を見開き、立ち上がる早瀬。


「思い出しました! 思い出しました!! あの日! メールが来て! 確か携帯に!」

「メールが?」


 一心不乱に携帯を触り始める男。だが次第にその顔も曇っていく。


「はい! そうです! 一体私は何故忘れていたんだ?! ああ、だめだ……消えてる」

「別に消えていても構いません。内容は覚えていますか?」

「は、はい。と言っても……送られてきたファイルを開いた瞬間に自殺しなきゃ……と思ったんです。文面も特になかったはずです」

「開いて……? それだけですか?」

「はい、それだけです。他は何も覚えてません」

【催眠術の一種じゃないかな】


 そこに、それまで黙って話を聞いていたハイドが会話に入る。


「催眠術?」

【詳しいことは分からない。だけど早瀬さんの症状を聞く限り何かしらの暗示がかけられていたんじゃないかって思う】

「な、なるほど……」

「なるほど……そうなると僕が次にやるべきなのは……」


 顎に手をやり、美洋は黙り込む。そして、


「早瀬さん、テレビに出てくれませんか?」


 次に口から出てきたのはそんな突拍子もない内容であった。


〇〇〇


【ねえ、美洋君……なんでテレビ?】


 美洋の自宅、巨大なパソコンとスクリーンが所狭しと並ぶ部屋の中に二人の男か座り、青年の膝の上には赤髪の少女が座っていた。


「なに、餌だよ。今真犯人達が恐れるのはどんなことだと思う?」

【あ~、なるほどね】


 それだけでハイドは納得したのか再び自分の作業に戻る。だが、もう一人の男の方は当然理解できていない。


「あ、あの……どうして私がテレビに? 言われたとおりテレビ局に声明は出しましたが……」


 早瀬は話を理解するべく美洋に質問を投げかける。作業に没頭しながらも美洋は答える。


「今回の真犯人、最初はあなたに、次は藤原さんに罪が問われるように工作していました。このことから推測するに敵はまだ公に存在がバレることに抵抗があるのだと思います。だからもし、メディアに情報が流れるような事態、例えば早瀬さんが出演する、と言うようなことになれば阻止してくるはずです」

「なるほど……つまりそこを捕まえ……ちょっと待って下さい、それって、犯人に襲われるのでは?」

「何かしらの攻撃は受けるでしょうね。だから場所をここにしました。僕のこの家なら相手が使える手段は恐らく一つ。さっき話を聞いた催眠をかけると思われるメールだけです。だから、そこを逆手にとります。まあ、勿論、ボディーガードも準備はしていますが」


 玄関の方にちらっと視線を向ける美洋。だが、早瀬の方はついていくのに精一杯だ。


「さ、逆手に?」

「逆にハッキングを仕掛けて相手の場所を特定します。幸い人手はあるので確保することに苦はありません。問題は……」

【読み通りにメールを寄こしてくれるかどうか、だね】


 ごくりと、早瀬は息をのむ。自分の理解できていないところまで状況を読み、決断し、そしてクライマックスへと向かっていることを肌で感じながら……


 ピピピピピピピピピピピピピピピピピピ


【来たよ!】


 突如電子音、メールの着信を伝える音が、機材か所狭しと並んだ部屋に響き渡る。


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