第3話 Negotiation

美洋みなみく~ん。歩きながら作業するのはよくないよ】

「いいだろ。この程度で僕が事故に合うわけがない」

【そういうことじゃないの~!】


 時は美洋は自身の住むマンションに帰る途中。右腕にしがみつく赤髪少女ハイドの忠言を聞き流しながら、美洋は端末でニュースに取り上げられていた事件について調べていた。事件の発覚する流れ、事件を起こした犯人の動機、家庭環境、趣味趣向に関することまでプライバシーなど一切躊躇せず調べ上げる。

 彼にとって死んだはずの姉に、ひいては姉の遺産の情報に少しでもつながるのであれば妥協する理由はない。姉のアカウントが急に動き出したことも含め徹底的にその関係性を洗うつもりだ。


「ハイド。レイさんに連絡入れておいて。これは面白いことになりそうだ」


 調べた情報を頭の中で整理しながら美洋はそう結論を下す。同じ画面を眺めていたハイドは大して驚きもせずに従う。


【は~い。了解。請求するのはなにかな?】

「逮捕状」

【罪状は?】

「横領。その他多数」

【あいあいさ~】


 それだけ言うとハイドは美洋の腕を離れて一人次なる目的地へと向かう。一方美洋はそのまま自身のマンションへと入るのであった。

 ちなみにこのマンション、美洋が姉の遺産で買ったものである。


 鍵を開け、中に入った彼の視界に入ったのは新聞記事が雑多に放り投げられた廊下。その中を苦も無く進みながら自身の寝室に向かう。

 そこにおいてあるのはベッドをはじめとする寝具ではない。大型のパソコンを複数連結させたオリジナルのスーパーコンピューターもどき。それを起動すると、帰り道に調べた情報をまとめていく。


 その時、彼の電子端末が振え、電話の着信があったことを伝えた。手に取り通話のボタンを押した美洋だったが、


【水城美洋。一体どういう了見だ?】


 電話の通話口から聞こえてくるのは少しばかり怒気を含んだ女性の声。先ほども通話したレイだ。


「どういうと聞かれましても次はあの会社を調べたい、と申請しただけです。ハイドから聞いてないですか?」

【はぁ、そこは聞いた。だからこその質問だ。無茶なことを要求してくるのは毎度のことだが今回のはまずい】

「まずい? 何がです」

【君ほどの情報収集力があるなら知っているだろう。あの会社は】

「あの会社が国経営であることですか?」


 レイの言葉を遮って美洋が口を開く。電話口の向こうでため息をつく声が聞こえ、


【水城美洋、いや、美洋君。これからは君の育ての親として言わせてもらうよ。この件に首を突っ込んじゃいけない。何より国の会社なの。君の申請は明らかに越権行為。国が許可を出すわけないでしょう】


 先ほどとは打って変わったように口調も声色も柔らかいものに変わる。そこにあるのは優しさだ。


「でも、この会社が真希奈姉さんや、遺産に繋がるのは間違いがないんです」


 食い下がろうとする美洋。彼としては姉に繋がることであればどんなことでも調べておきたいのだ。それにもともと今の仕事はレイから誘われたからやっているだけで特に未練もない。

 だが、制約のある裏から調べるよりは表から堂々と動きたい。勿論レイに対する申請は形だけのものだが。


【それでもだよ。君がこの会社について調べることには賛成でき――】

【美洋君! 許可もらったよ! やっていいってさ!】


 それでも頑なに要求を断ろうとしていたレイだったがそこにハイドの合成音声が割って入った。ハイドにとって他人の通話に介入するなど朝飯前だ。


「ハイド、ありがとう」

【ちょっとハイドちゃん? どういう……美洋君、君か】


 一瞬だけ動揺したレイであったがすぐにその元凶に思い当たる。


「はい、レイさんの説得よりは簡単そうなのでもっと上に掛け合ってみました。無事に話が通じたみたいでよかったです」

【そんなバカなことがあるわけ……待って、美洋君、君何を使って交渉したの?】

「それは言えませんね。しかしまあ、これで話はついたってことで」

【こら! 美洋君!】


 叫び声が聞こえたがそれを無視して通話を切る美洋。ハイドが音声を発する。


【美洋君? よかったの? 結構無理やり脅したんだけど】


 脅した、というのは件の会社を調べる権利を手に入れるため、レイの上司である人物を脅したことだ。ハイドと美洋がこのようにレイに反対されるような案件を調べたくなったときのために昔から、あらかじめ準備していたのだ。


「いいよ。それくらいなら。それにそもそも脅されるような材料を持つことも悪いし、そんな人を採用している国もおかしいんだから」


 悪びれもせずにキーボードで操作を始める青年。スクリーンのように巨大なディスプレイにはSNSで見かけた事件の会社に関する情報がずらりと並んでいる。


「それにこの事件はおかしい。事件を起こした犯人として名前が挙がっているのはこの会社に働く男性四十七歳。子供は未成年が三人。今年に入ってようやく重役に抜擢された。次期社長としても名前が挙がっていた――」

【おかしいね】


 美洋が一呼吸置いた時にハイドが音声を発する。それに同意するように美洋も大きく頷く。


「ああ、おかしいと思うよ。事件の概要としてはこの男性が会社を裏切って、より厚遇されるところに行こうとした、そしてその際に資金やらデータやらを持ち出した、という話になっているけれど……おかしい。時期的にも環境的にも。もともと野心家であるならばこんな事件を起こしたことにも納得がいく。それを今まで隠してきたんだ、と言われればそれまでだけど」

【年齢的にも野心を出すには遅いし、子供もまだ未成年。メリットよりもデメリットの方が大きいね。こんな事件を起こすとは思えない】


 ハイドが美洋も感じた違和感の正体を暴いていく。


「うん、だから僕は思った。この人ははめられたんじゃないかって」


 カタカタとキーボードをたたきながら美洋は自身の結論を述べる。


【じゃあ、どうするの?】

「これからこの人のところに行ってみようと思う。横領が彼のせいになっているなら何かしらその証拠がどこかにあるはずだ。」


〇〇〇


 自身の調べた地図に従いながら彼は住宅街を進む。そして目的の一軒家にたどり着くと表札を確認してベルを鳴らす。事件の犯人扱いされている男性の家だ。周りに報道陣の姿がないのはハイドと美洋の情報操作の結果だ。


 だが、ベルを鳴らしたにもかかわらず中から人が出てくる気配はない。しつこく鳴らし続けても結果は変わらない。


 一分押し続け、これ以上は時間の無駄だと判断した美洋は家の周りを取り囲む塀を乗り越えて、庭に侵入する。


【ちょっと、美洋君?!】


 突然の彼の行動にハイドは驚くが後を追ってよいしょよいしょと美洋の後を追いかけて塀を乗り越える。その間に当の本人は窓から家の中を観察する。その目に映ったのは……


「まずい!」


 部屋の中を覗いた瞬間、美洋があわてだす。庭に転がっている石で窓をたたき割り、鍵をこじ開ける。


 部屋の中にいたのは一人の男性。パソコンの前に座っている。ここまではいい。だが、その目に生気はなく、両手に握られているのは一丁の包丁であった。美洋から見れば自殺しているようにしか見えなかった。


「やめてください!」


 美洋は部屋に突入すると包丁を奪い取る。抵抗がなかったためあっさりとそれは成功する。男は生気の宿らない目でぼうっと家に侵入してきた青年に視線を向ける。が、次の瞬間、我を取り戻したように叫ぶ。


「お、お前は誰だ!!」


 生気が戻ったことに安心しながらも美洋は奪い取った包丁を床に放り投げ、敵対の意思がないことを示す。


「水城美洋と申します。あなたの冤罪を晴らしに来ました」


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