2‐18 王都

「それじゃあ、また連絡頂戴ね」


 ファリエス様とエリーに屋敷の前で降ろしてもらった。

 実家に戻るのは、四年、いや五年ぶりだろうか?

 年数さえもおぼろげで少し罪悪感を覚える。


「ジュネ!」


 金色が視界を覆ったと思ったら誰かが私に抱きついてきた。

 それはシャローン姉上だった。


「姉上!どうしてここに?レスタ家を追い出されたんですか?」

「馬鹿なことを言わないで。あなたが戻ってくるって聞いたから、昨日から戻ってきてたのよ。もう四年も姿を見せなくて。また、背が伸びたんじゃないの?」


 そうか四年か。

 四年も経ったんだ。

 

「シャローン。ジュネを独り占めしないでよ。まったく」


 同じく金髪で、きりりとした青い瞳のローゼ姉上が玄関先で呆れたように立っていた。

 ローゼ姉上まで?!

 まさか、サザン家に追い出されたのか?


「ジュネ。また変なことを考えているでしょ?実家に戻ってきて何が悪いのよ。こうでもしないとなかなか戻る機会がないから、よかったわ」


 ローゼ姉上は一番上で、確か、今年で三十歳。子どもは一人いたような。

 そう思っていると、姉上にそっくりの女の子がその背中から様子を窺うように顔だけ出していた。


「さあ、ジュネ。お母様が中でお待ちよ」


 シャローン姉上に腕を組まれ、私は引きづられるように家の中へ連れて行かれた。


 

 ☆


 金髪翠眼の上品な美人、それが私の母上だ。

 女の子はこうあるべきだと信じていて、昔から苦手だった。

 

「ジュネ。やっと戻ってきたわね」


 声質は硬かったが、ふわりと抱きしめられ驚かされる。


「ステッドからあなたの事を聞いて心臓が止まりそうになったわ」


 心臓が止まる? 

 父上から何を聞いたんだ?いったい。


 母上が瞳を潤ませ、私を見つめていた。


「やはり、カサンドラ騎士団などに入団させるべきではなかったわ。ほら、この手の傷どうしたの?肌もかさかさじゃないの」


 母上はやはり母上だ。

 私は嘆息するしかない。


「母上。私はカサンドラ騎士団に入ったことを後悔したことは一度もありません。団長として騎士団を誇りに思っております。「など」という言い方もやめてください」

「まあ、なんてこと」


 母上とはいつもこうだ。

 話が噛み合わない。

 だから帰ってきたくなかったんだ。

 宿でも取るか。


「まあまあ。お母様もジュネも。ジュネ。あなたの部屋はそのままみたいよ。久々に部屋でも見たら」

 

 シャローン姉上に促されるまま、私は二階にあがる。

 明日はもう宿にしよう。


 溜息をつく母上の背中を見ながら、私はそう心に決めた。


「ほら、全然変わってないでしょ?でも毎日掃除は欠かさないみたいよ。私たちの部屋はすっかり片付けられているのにね」


 久々に自分の部屋に入った。

 白が基調の部屋で、父上に最初にいただいた剣が飾っていて、本棚には政治関係のものが並んでいた。 

 十代のころは私も「男」として王城に勤めることができるかもと、野望をいだいていた。まあ、見事に野望は打ち砕かれ悲嘆にくれたが……。父上から女性のための騎士団、カランドラ騎士団を教えてもらい、浮上した。

 あの時は、「男」として生きることを断念しなければならない絶望感で沈んでいた。その上、母上から連日聞かされる「社交界の話」でおかしくなりそうだった。


「本当はお母様はあなたに謝罪したいのよ。あなたが実家に寄り付かないのは、お母様が縁談の話を持ってきたり、騎士団を退団する話ばかりするからでしょ。一時はあなた、王都では割と有名人だったわよ。美しい男装騎士が王子を救ったてね。本当、その時のお母様と言ったら、とても嬉しそうだったわ。だからお母様を許してあげてね。どうせ、長居はしないんでしょ?」

「はい。王女様の結婚式が終わったら戻るつもりです」

「王女様の結婚式ね。制服で参加するの?」

「はい。式典用の制服を持ってきましたから」

「本当、男装が完全に板についてるわよね。まさか、女性と付き合ってたりしないわよね?」

「してないですよ!私は同性には興味ありません」

「じゃ、男性には興味あるのね!」

「そ、それもないです」

「嘘つきなさい。恋人ができたの?それとも好きな人?」


 父上が帰宅したと使用人から伝えられるまで私はシャローン姉上に捕まり、質問攻めにあった。

 精神的疲労を抱えながら、下に降りると父上が待っていて、その笑顔に癒されてしまったくらいだ。



 家族揃って夕食をとるのも、四年ぶりだった。

 ぎこちない私に、シャローン姉上とローゼ姉上が話しかけ、父上が相槌をうつ。母上は黙ったままだ。


「そうだ。アンライゼ殿下が明日お会いしたいと言っていたぞ」

「殿下が?」


 嬉しそうに声をあげたのは、私ではなく母上だ。

 どうせ、何か変なことを期待しているんだろう。


「そう。明日の午後、城に来なさい。馬車を手配するから」

「まあ、おめかししなきゃ」

「結構です。制服で行くつもりですから」

 

 はしゃぐ母上に私は冷たく答える。

 すると空気が凍りついた気がした。けれども、ローゼ姉上が話を変え、何事もなかったように夕食が続いた。

 だから、嫌なんだ。

 実家に帰ってくるのは。


 夕食を終え、湯浴みから戻り着替えると、扉が叩かれた。

 それは父上で、私は慌てて身支度を整えた。


「すまないな」

「いえ。何事ですか?」


 何かあるのだろうかと、私は父上に椅子をすすめ、その向かいの椅子に座る。


「お前は、殿下とどういう関係なのだ?」

「関係もなにも、友人ですよ。ただそれだけ」

「そうか」

「父上も、何かを期待してるのですか?簡便してください。私は誰とも結婚する気がありません。ただ、今回は結婚式にかこつけて、アン、殿下と直接会うつもりだったのですよ。明日会うことになって、結婚式にも参加するか迷うところですが」

「それはいかん。一度参加すると答えたかぎり、参加すべきだ。王女の結婚式だぞ」

「わかってます。話はそれだけですか?」

「ああ」


 苛立ちが全身を覆っていた。

 何かトゲが体中から出ているみたいな気分だった。



「ジュネ!」


 翌日、王城に上がり、人払いされた部屋で彼と会った。

 一年ぶりだった。彼はまた背が伸びていて、抱きつかれそうになり、避けてやった。


「ひどいなあ。ジュネ」

「ひどいのはお前、いやあなただろう!まったく、王女様とカラン様になんてことを!協定ってやらもむかつくし!」

「あれ?全部聞いちゃったのか?ユアンは口が柔らかいなあ。ああ、ジュネに言い寄られたから?ジュネ。ユアンを口説いてないよね?」

「そんなことするか!」


 どういう思考でそんな風に考えるんだ。


「ジュネ。結果、二人とも幸せなんだよ。大体姉上もナイゼルがファリエスのことが好きだったって知ってるし」

「知ってるのか?」

「当然だよ。大丈夫だって。そういえばジュネは姉上に会ったことがなかったよね。会ってみる?会ったら色々わかると思うよ」


 なぜかそう誘われ、私は彼女のことが心配だったので、会うことにした。



 ☆


「この方が、アンの好きな人ね。出回っている肖像画よりも美人だわ」


 王女様――アズベラ殿下の部屋に通されたのは、それから少ししてから。

 アンの時同様人払いされた部屋で、彼女の第一声がこれだった。


「ラスタで何度か、ナイゼルがあなたと二人きりで会っていたと聞いたから心配だったのよ。よかった。ナイゼルがあなたに惚れなくて」


 それからアズベラ殿下様は独り舞台を演じているかのように、話し始めた。

 いつからカラン様のことが好きだったのか。彼が失恋したときに自分がどのように慰めたのか。やっと両思いになったことなど。


 かなり既視感のある状況で、これなら多分大丈夫と納得させられた。

 いつの間にか、アンの姿は部屋からいなくなっており、明らかに逃げた感じがした。結局、私が殿下から解放されたのは、夕食の知らせがあった時だ。

 何度か、使用人や文官の方が出入りしたのに、誰一人として彼女のおしゃべりを止めることはできなかった。


 夕食に誘われ、私はどうにか断ろうとしたが、無駄に終わり、恐ろしいことに王も同席する夕食に招待された。

 王は、アンと同じ空色の瞳の優しげな方で、がっちりした体型から剣の腕が立つことが想像できた。

 王妃は、妙齢のアズベラ殿下という姿であったが、おっとりした方で安心した。しかも実子ではないのに、アンに対してとても愛情深く接しており、私はなんだか嬉しかった。 

 緊張はしたが、何も失敗することなく、夕食会を乗り切り、自分を褒めてやりたくなった。



「ジュネ」

「何だ?」

「今日泊まっていく?」

「行くわけないだろ!」


 確かに少し遅い時間だった。

 だが、すでに馬車を呼ぶ手配はしている。

 私たちは中庭の椅子に腰掛け、馬車が来るまでの時間をつぶしていた。

 

「残念。既成事実を作ろうと思ったのに」

「!な、なんてことを言うんだ。お前は!」


 大声を出してしまい、しかも王子相手に失礼だったと口を押さえる。彼の警備をしている騎士が少しこちらを見たので恥ずかしかったが、すぐに視線をそらしてくれた。 

 助かった。ありがとう。


「嘘だよ。そんなことしたら、あなたはきっと僕を許さないだろう。妃になってくれたとしても。きっと僕を愛してくれないだろう。でもね、ジュネ。僕の気持ちは変わらない。あなたのことが好きだよ。愛している、これからもずっと」


 中庭の明かりは彼の表情を明るく照らす。

 彼の瞳は揺ぎ無く私を見ていた。


「まだ返事はいらない。待っていて、きっとうんって言わせるから」

「そんなことは、絶対に言うわけがない。私は誰とも結婚しない」

「知ってるよ。だから、ユアンのことも安心してるんだ。彼も無理やりするような男じゃないしね。協定がなかったとしても、彼はそんなことしないだろう」


 アンはそう語るが、私は以前に勝手に二度口付けをされているので、複雑だった。

 協定を結んでくれたことに少し感謝している自分がいておかしくなる。


「ところで、そのふざけた協定はなんで四年なんだ?」

「今は教えないよ。あと三年……。三年後になったらわかるから」


 一年前と同じように彼は答え、馬車が来ているという知らせを受け、私はそのまま彼と別れた。

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