1-16 影を追え。


「新顔は一人か」

                        

 夜も更けているというのに、調査はかなり進んだ。門番が管理している訪問者記録から、業者名を上げ、それから城の各担当者に聞きまわり、絞り込んだようだ。

 アンは基本的には城の者に好かれている。それが害されたこともあり、担当者も協力的だった。


 十二の業者のうち、たった一人が新顔だった。


「明日の朝、私が業者の店に行って確認する。メリアンヌの一番隊は明日から非番だな。カリナの二番隊はすでにアンとミラナの警備についているものもいるから、そちらを交互で休ませるように。門内の警備と城内の見回りを三人体制から二人体制に移行すれば対応できるはずだ」

「団長。私もお手伝いします。明日から非番なので、ぜひ!」

「メリアンヌ。お前は三日働きっぱなしだ。休め。そうじゃないと、他の団員も休めないだろうが」

「しかし」

「私は団長だ。心配するな。それとも、私の腕が信用できないか」

「そんなことは」

「それでは安心しろ。会議はこれで終了だ。メリアンヌは警備に戻り、カリナは明日に備えて休め。わかったな」

「はい」


 二人は不服そうだったが、返事をすると団長室を後にする。

 カラン様の仕事は速く、すでに朝一で迎えにくると連絡が入っていた。

 アンを見送ったら、店を訪ねる。

 ミラナを唆した罪は重いぞ。

 絶対に捕まえる。


「穀物屋のヴィニアか」


 几帳面な文字はメリアンヌだ。性格は多少荒っぽいところもあるが、彼女は綺麗な文字を書いた。だが計算は得意ではないため、計算関連はカリナに任せている。もちろん会計はモナが担当しているが。


「穀物屋のヴィニア。栗毛で小柄。姿を現したのは一ヶ月前から」


 一ヶ月前というのは、ちょうどアンが襲われたあたりだな。

 アンを狙っている傭兵部隊が、ミラナに接触して、危害を加えるように促した。そう考えるのが妥当だった。

 その他は考えづらい。 

 仮に私に恨みがあったとしたら、私に直接毒を盛るようにしたほうが早い。


 穀物店の住所を確認して、城から近いことを発見した。そうしてふと嫌な予感がした。

 ミラナの状態は不安定だ。それから、身元がばれる可能性が高い。そうなると、すでに逃げているのではないか?

 毒を渡した時点で、逃げたかもしれない。

 ヴィニアが最後に城にきたのは、二日前。

 しかし逃げるのであれば、毒が盛られるのを確認してからのはずだ。

 と、なると逃げたとしても今日か。

 

 窓のカーテンを開けると、松明の明かりが見えた。

 時間は、読めないが、まだ朝方ではない。

 彼女が犯人であると決まっていない。だが、疑わしい。

 すでに遅いかもしれない。だが、明日の朝はもっと遅い。


 私は騎士の制服を脱ぐと、闇にまぎれるように薄暗い色のシャツとズボンを身につけ、黒色のコートを羽織る。剣のほか、短剣も携帯し、団長室の扉を開けた。


「団長命令だ。私がここを通ったことはメリアンヌには報告するな。朝には戻る」


 門番に口止めして、私は街を駆ける。目指すのは穀物屋だ。

 街の見回りをしている警備兵は真面目に仕事をしており、私は見られないように細心の注意を払って、歩く。


そうして、穀物屋が視界に入ったところで、背後に気配を感じた。


剣に手を伸ばしてから、振り返り、先制攻撃を加える。

至近距離で剣を受け止められ、相手の顔が目に入った。


「テランス殿?!」

「ネスマン様?」


 私の白銀の髪は目立つため、フードをかぶっていたが、声で気が付かれたようだ。

 テランス殿が剣を降ろし、私も同様に戦意がないことを表す。


「なぜここに?」

 

 お互いの疑問は同時だった。


「俺の家はそこだ」

 

 答えはテランス殿が先で、彼は穀物屋の隣を指していた。

 夜更けであるが、帰路だと思えば納得する。


「それで、ネスマン様は?」


 言うべきか、言わざるべきか。

 迷っていると、私は穀物屋から影が出てくるのを見た。


「テランス殿!」


 私は彼の腕を強引に掴み、建物の影へ連れ込む。


「何を?!」

「静かに」


 動揺した彼の口を手で塞ぐ。唇が手の平に触れ、こそばゆい。彼の吐息が熱く、妙は気分になったが、今はそんな場合ではなかった。彼は一瞬私の手を振り解こうとしたが、状況をわかってくれたらしく、じっと黙ってくれた。

 私達はほぼ密着した状態で、彼の心臓の音まで聞こえるくらいだった。

 彼の早まる動悸、息遣いに気をとられそうになる。触れ合う部分が熱くて、目的を失いそうになる。私は影の動きに集中しようと、目を凝らした。


 周りを伺いながら影はそろりと動いていたが、人影がないことを知ると、素早く裏道に入った。

 私はすぐに後を追い、なぜかテランス殿もついてきた。時間が惜しくて、私はそのまま、裏道を走る。

 しかし、道を抜けたところで、急に影が消えた。煙のように。

 足を止めるしかなく、私は前後左右を確かめる。


「気づかれたようだな」

 

 後方のテランス殿がそういい、私は少しだけ苛立つ。

 邪魔したのは、彼だ。彼に会わなければ。


「ネスマン様。怒ってるのか?」


 表情は暗くて見えない。

 だが、なぜか、同情を誘うような情けない声に私の怒りは消えてしまった。

 テランス殿は、確かに容姿は黒豹みたいだが、会う度に子犬のように思えてしまう。いや、その言い方は失礼だ。

 だが、苛立ちは消えていて、運が悪かったのだと思うことにした。

 穀物屋からの影。あれはおそらくヴィニアだ。翌日、店主に事情を聞けばいいと、私は完全に影を追うのを諦めた。


「怒ってません。先ほどは、私も失礼しました。急いでいたもので」


 警備兵団の副団長ともある人を無理やり建物の影に連れ込んだのは、無作法だった。私ではなく、本来ならば彼が怒るはずのことだ。


「いや、気にしていない。驚きはしたが。それより、あの影は」

「今は言えません。そのうち話します」

「そうか」


 少し肩を落としていたが、今は話すことではない。ましては彼は部外者だ。


「夜も遅いです。早く戻られたほうがよろしいでしょう。私はこれで」


 一礼をして、私は彼に背中を向ける。

 背中に彼の視線を感じたが、私はそのまま歩き続けた。

 


 城に戻ると、私はミラナが眠る部屋へ足を運んだ。警備は入れ替っており、労いの言葉をかけ中に入る。

 ベッドが二つ並んでいて、ミラナの隣のベッドにベリジェが寝ている。起こさないようにミラナの側に近付く。


「ごめんなさい。ぶたないで」


 ベッドの上で、体を縮こまらせ、ミラナが両手で顔を覆う。


「大丈夫だから。誰もそんなことはしないから」


 私は反射的に寝ている彼女を抱きしめる。随分痩せてしまったようで、その身は軽く、彼女を抱く力に熱が篭ってしまった。


「ジュ、ジュネ様?」


 それで起こしてしまい、ミラナが驚愕の表情で私を見ていた。


「すまない。起こしてしまったな」


 私は彼女をベッドに横たえ、その髪を掬う。

 

「ご、ごめんなさい。私!」

「ミラナ。今は何も考えなくていいから。ゆっくり休め。元気になったら話そう」

「ジュネ様……」

「ミラナ。私はいつでもあなたの騎士だ。だから、安心しろ。城の女性は私が全力で守る。不安がらせてすまなかった」

「ジュネ様……」


 ミラナの瞳から涙があふれ出て、彼女の頬を濡らし、枕にまで到達する。

 私はハンカチを取り出し、その涙を拭いた。


「寝るまで私が傍にいる。だから、安心して寝ろ」

 

 彼女は頷くと目を閉じる。

 私は彼女の寝息が聞こえるまで、その手を握り、その髪を撫で続けた。


「……あんたも馬鹿ねぇ」

「ベリジュ?!」


 ミラナが熟睡し、離れようと思った時、背中から声がかかった。


 起きていたのか?気配を感じなかったぞ。意外に、油断ならないな。


「約束しちゃって。あんたの幸せはどこにあるのよ」

「私の幸せは、すべての女性が幸せに過ごすことだ」

「まったく、夢想家でいやになるわね。団長さんは。まあ、今のミラナには必要だったかもしれないわ。いつか、ミラナもわかってくれると思うけどね」


 ベリジュは金髪の髪を掻き揚げ、ベッドから腰を上げる。

 寝起きの彼女のドレスは乱れ、胸元がそれは大きく開いていた。


「……なあに。団長さん。あんた興味あるの?」

「あ、あるわけないだろう。ただ、いや、すごいなと思って」

「触らせてあげようか?」

「いや、必要ない」


 胸を寄せて近づいてこようとするベリジュから逃げ、私は扉に向かう。


「アンのところにいくの?」

「ああ」

「じゃ、私もいこうかしら。明日の朝城から出るんでしょ?ちょっと状態を確認したいわ」


 彼女はドレスの乱れも直そうともせず、そのまま私の後ろにつく。


「ちょっと待て。そのままで行く気か?」

「え?悪い?」

「それは、まずいだろう。アンだって、一応男だから」

「ふふ。それってヤキモチ?そうよね。私のこの大きなおっぱい見たら、むらむらっときちゃうかもしれないしね」

「なんだ、それは!そんなこと知らないが、胸元を正して、医師らしく白衣でも羽織れ」


 ベリジュはどうみても医師に見えないから、普通は制服がわりに白衣を羽織らせている。


「しょうがないわね。団長さんがそういうから聞いてあげるわ」


 不服そうだが、ベリジュはベッドの柵にかけてあった白衣を取ると身に着けた。

 大きな胸はそれでも主張しているが、まあ、ないよりはましだろう。


「じゃあ、行きましょう。もしかしてお邪魔かもしれないけどね」

「どういう意味だ」

「別に」


 唇の両端を上げ笑うとベリジュは扉を開ける。私はミラナを起こさないように注意しながら扉を閉め、ベリジュの後方についた。

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