1-10 お茶会

 今日は日曜日。

 そう、お茶会の日がやってきてしまった。

 招待状に書かれていたように、城に馬車がつけられた。花飾りがついている女性的な装飾がされた馬車で、私は顔を知らないがナイゼル・カランをぶちのめしたい気分になった。

 団員の黄色い声を聞きながら、また投書がくること間違いなしと落ち込みながら馬車に乗る。

 そうして、しばらく揺られ、着いた先では、テランス殿が待っていた。


 なにゆえ?


「ひ、必要ありませんが……」

「そうだよな」


 馬車の扉が開けられ、テランス殿に手を指し伸ばされ、眩暈を覚えた。拒否した私に対して、彼も納得しており、自身も腑に落ちない顔をしていた。

 それで、私は、これもナイゼル・カランの仕業かと会ってもないのに初めて彼に殺意を覚えた。


「ようこそ。我が屋敷に」


 外門をくぐり玄関に到着すると、ファリエス様が二人いた。

 いや、違う。

 ファリエス様とファリエス様の男版と思われる方に出迎えられた。

 その隣にエリー嬢がいることから、この男がナイゼル・カランのようだった。

 殺意など一瞬で消え、なんともいえない思いに駆られる。


「ジュネ?」

「ネスマン殿?」


 黙って何も言わない私に二人のファリエス様が問いかける。

 黒い笑顔を二つ見て、私は一気に暗い気持ちになった。

 

「大丈夫か?」


 急に顔色が悪くなった私を心配してくれたのか、背後からテランス殿に声をかけられ、私は大丈夫という意味を込め、笑みを返す。

 すると、なんか微妙な顔をされた。なんだ?


「あれ。二人とも熱いね。見つめ合ったりして」

「本当ね」

「違う!」

「違います!」


 なんだ。

 いったい。

 もう帰りたくなってきた。


「冗談よ。冗談。ジュネもそこの黒豹も怒っちゃってやだわ」

「まったく、ユアンも。ずっと怒りっぱなしで。そのうち禿げるぞ」

「黙れ。ナイゼル」


 禿げるって。

 もうどう言っていいのか、わからず、私はただ黙るしかない。

 いや、このまま帰るか?


 逃げ腰になった私だったが、ファリエス様はそんな私を逃さないように近づいてくると、腕を掴む。


「今日は。新しいお菓子を持ってきたのよ。新作よ。新作。さあ、食べましょう」

「え?」


 お菓子はファリエス様手作りですか?

 ますます嫌なお茶会になってきたぞ。


 カラン様もテランス殿も知っているのか?

 様子を伺うと、カラン様は引きつった笑みを浮かべていた。

 そうだよな。

 とりあえず、お菓子は食べないとこうか。


 すでに雲行きが怪しいのだが、お茶会は始まってしまった。

 エリー嬢はまったく声を発していないが大丈夫なのだろうか。


「さて、これが、新作の胡桃クッキーよ。食べて」


 メイドがお茶を入れるとすぐにファリエス様が立ち上がり、歪な形のクッキーが並んだ皿を手に取った。


「ファリエス姉様」

「何?」


 エリー嬢がすかさず声をかけ、ファリエス様の注意がそらされる。その隙に恐るべき速さでカラン様がクッキーを入れ替えていた。しかもご丁寧に代わりのものも歪な形だ。


「大丈夫よ。何も入っていないわ」

「そうですか。ありがとうございます」


 エリー嬢の瞳をじっと見て、ファリエス様がそう答える。

 気を取り直して、両手で皿を持ち直すが、入れ替えられたことに気づかれてはいない。

 カラン兄妹の手馴れた様子に、私はこれが日常に行われていることを知る。

 なぜか私の隣に座っているテランス殿は不思議そうな顔をしていたが、何も言わないほうがいいことは理解しているようだった。


「さあ、食べて」


 ファリエス様は軽やかにクッキーを私たちの小皿に数枚づつ入れていく。

 見た目は彼女の手作りと同じ歪なクッキー。恐る恐る食べると、苦味も何もない普通の味で安堵する。いや、むしろ美味しい。


 エリー嬢が私を見て照れたように笑ったので、きっと彼女の手作りなんだと思う。

 彼女は本当におとなしい女性だ。われら騎士団にはいない人柄だ。みんな、どこか強気なのが、われら騎士団なのだ。そうなると、やはり向いていない気がする。

 じっと見つめていると、顔を伏せられ見すぎだったと反省した。


「ネスマン殿。手紙のことは本当に悪かったね。少しばかり君のことを誤解していた」

「本当よ。どうせなら私も混ぜてくれたらよかったのに」


 カラン様にファリエス様が答え、話は入らぬ方向へ進む。


「君が加わるとおかしなことになるだろう。この件は私だけで進めたい」

「いえ。私は絶対に加わるわ。だって、私は黒豹よりもアンを応援したくなっちゃったから」

「アン。それは誰のことだ?」


 えっと。何の話でしょうか?

 私への詫びが目的ではなかったのでしょうか?


 私たち三人は置いてけぼりで、二人の話は盛り上がっていく。

 というか、私が話題ですか?あと、テランス殿。

 エリー嬢は二人の話を黙って聞いていて、テランス殿は私を見ていた。

 何ゆえに?


 今日の彼の瞳は赤色が強く、すこし怒りが混じっているようだ。


「テランス殿?」


 あの二人の会話で何か怒る要素があったかな。ああ、私と話題になっていることか。


「テランス殿。お二人のことは気にしないでいいのでは。私も最近城で色々噂されておりますが、気にしないようにしていますから」

「ネスマン殿。アンというのは、あなたの何なのだ?」

「えっと」


 なぜ聞かれるんだろう?

 まあ、隠すことじゃないし。いや、告白されたなんて言わないが。


「アンは城の男性恐怖症克服過程の相手役になってもらっている役者のことです。男なのに、すごく美人ですよ」

「すごく美人……」

「なあに。黒豹はアンに興味あるの?」


 話をしていたはずなのに、ファリエス様が会話に突然加わってきた。


「興味はあるな」


 興味がある。

 アンは美人だからなあ。 

 でも男だけど。

 まさか、テランス殿はそういう趣味が?

 ああ、特定の女性がいない。そういうことか。


「ジュネ。またあなた誤解してるの?黒豹、誤解されてるわよ。男好きだと思われているわ」

「そ、そんなことはない。ネスマン様。誤解だ!誤解」


 含み笑いをしたファリエス様に、テランス殿が慌てて否定した。慌て方が怪しいな。


「テランス殿。私は気にしていないから構わない。城にも色々な趣向をもった者がいる。アンに会いたいなら紹介してもいい」


 アンの趣味はわからないけど、私が好きっていうくらいだから、大丈夫かもしれない。


「ひ、必要ない。俺はただ、あなたとアンの関係を知りたかっただけだ」


 テランス殿の顔には獰猛さがまったくなくなっており、少し伸びた黒髪が跳ねてて子供ぽく見えた。


「ネスマン殿。あまりユアンをいじめないでくれ。この男は純情で不器用な男なんだから」


 純情で?不器用?

 それが何か?


「まあ、一番問題なのはジュネだと思うけど」

「どういう意味ですか?ファリエス様」

「まあ、しばらく遊べそうだから。あなたはそのままでいいわ」


 ファリエス様の謎の言葉、テランス殿の趣向。お茶会の趣旨はどこにいったのか、そんなことを話しているうちに、邪魔が入った。


「悪いね。また仕切りなおしでお茶会を開くよ。手紙のことは悪かった。エリーのことは彼女の意思に任せることにしたから」


 カラン様に急な訪問客が入り、彼は申し訳なさそうに私とファリエス様を外門まで送る。迎えにきたのと同じ少女趣味の馬車が待機しており、少しだけ脱力する。

 エリー嬢はカラン様の後ろで何かもの言いたげだ。


「エリー。すまなかったね。お前に気遣いもなかったね。何かネスマン殿に言いたいことがあるのではないか?」

「お兄様」


 エリー嬢はカラン様の背後から姿を見せると、背筋を正し、おずおずと私に視線を合わせた。


「ジュネ様。私は人見知りが激しくて、体力もありません。でもジュネ様のように女性を助ける騎士になりたいのです。だから、試験に受かるように頑張ります」

「エリー嬢。それはとてもいい動機だと思う。私も応援するから。頑張ってくれ」

「私も応援するわ。エリー。大丈夫。毎日訓練すれば、試験は通るわよ」

「本当ですか?」

「ああ」


 ファリエス様の言葉に顔を輝かせたエリーはとても可愛くて、私は思わず微笑んでしまう。そのすぐ隣にいたテランス殿も彼女の姿に見とれたらしく、嬉しそうだった。


 テランス殿はやはりエリー嬢のことが好きなんだろうな。男色家だと疑って悪かったな。


「さて、私は客人を迎えないといけない。ユアンもその馬車に乗って帰るといいよ」

「いや、俺は!」

「誰も車内とは言っていない。御者の隣に座ればいい。本来二人がけなのだから、十分場所はあるだろう」

「……わかった。そうさせてもらう」


 テランス殿は少し顔を赤らめ、頷く。

 

 本当こういうところはわからないな。

 

 彼が頬を赤くした理由はわからなかったが、とりあえず私とファリエス様は車内に、テランス殿は御者の隣に座り帰ることになった。

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