【6/可能性はない】

「このお花きれいだね。なんていうんだろう」

 シェールは道の隅にひっそりと生えていた花を摘んで首を傾げた。妙に茎が細くて長い、青紫色の花弁の花だ。儚さと気高さ、少し矛盾している二つの雰囲気がある。

「それはカシェライルの花ですね。たしか原産はドパです」

 クロエの解説をシェールは楽しげに聞きながら、近くにあった建物の門に器用に結びつけた。二本目の赤い花、デガトゥを結びつけたあたりで、ジャックは唐突に何かに気付いた様子で、血相を変えシェールの腕を強く掴んだ。

「おい何してんだ! ここがどこか分かってるのか!?」

 いきなり怒鳴られたシェールは目を白黒させた後、怯えたように目をそらした。

「えええ!? 何って……綺麗ない花だって思ったから、その、この門に巻きつけたら可愛いかなって……そう思った、だけなんだけど……」

「知らないのかよ。俺も今気づいたけれど、ここ、教会だぜ」

「教会……?」

 シェールは顔を上げて建物を見た。確かにその建物は、ジャックのいう通り教会だった。

「確かに、そうだね。けれどそれがどうかしたの?」

「ああ? そんなことも知らないのかよ。世間知らずってレベルじゃ無いな。教会って言ったら、ドーテの中でも異端の中の異端、戦闘狂のシスターと、頭おかしい神父と、混血種ダンピールのいるところだぜ」

 シェールはそれを聞いて身体を震え上がらせて、再び教会を見た。なんの変哲も無い、どこにでもあるこの教会にジャックのいう様な化け物が潜んでいるのかと思うと、恐ろしくて直視することができない。

「まあまあ、そんなに怒らなくたって良いではありませんか。シェール様も知らなかった様子ですし。しかし、あまりここに長居しない方が良いでしょう。それにしたって、シェール様も呑気なものですね」

「ごめんなさい、クロさん。ちょっとこのお花が気になっちゃって立ち止まったのがいけなかったんだから。もう行こう」

 シェール、ジャック、クロエ、イーニッドの計四名は再び歩き出した。



 彼らはフレイを探すためにシスルに来ていた。

 だんだんと空高くへ上がって来た太陽は、やすりでゆっくりと削るよう彼らの体力を奪っていく。彼らはそれぞれ、帽子や日傘、マントなどを着用していたが、それでも吸血鬼である彼らにとっては、太陽光は敵以外の何者でもない。

「大丈夫ですか? イーニッド様」

 クロエは心配そうに、ふらつきながら歩くイーニッドを見た。

「……大丈夫」

 イーニッドはとびそうになる意識をなんとか繋ぎ止めながらそう言った。そんなイーニッドを、彼女の一歩先を歩いているシェールは歩く速度を落としながら、クロエ同様心配そうにその横顔を見つめた。

「ニッドちゃん大丈夫? ねえクロさん、どこかで休んだほうがいいんじゃないかな」

「そういうお前は元気そうだな」

 ジャックの言う通り、シェールの足取りはしっかりしているし、疲れた様子もない。

「えへへ。まあね」

 シェールは照れたように笑った。

「もう少し行ったところに宿があります。そこで休みましょう。どっちみち今日中にフレイ様を見受けることは難しいでしょうから、しばらくここの滞在することのなりそうですね」

「やっぱり今日中に見つけることは難しいのか……。けど、早く探し始めないとあいつ、もっと遠くの方に行くんじゃないか?」

 ジャックの危惧はもっともだと言う風に、クロエは頷く。

「そうですね。けれど皆様、疲れれおいででしょう。そんな状態で探すことはできません。ですのでまずは休息をとりましょう」

 四人は宿にたどり着くと円を描くように、テーブルの周りに椅子を並べる。イーニッドは四人の中で最もふらつきながら、椅子の一つに倒れこむように座った。他の三人もおのおの椅子に座る。

「レイくん、どうやって探そう……。だって、シスルはそんなに大きな街ではないけれど、たった四人で探すのは大変だよ……」

「そうですね。ですから、フレイ様の考えを予測しましょう。それが最も効率的な手立てです」

 クロエの提案に対し、イーニッドは顎に手を当てながら呟いた。

「でも……、フレイの考えてること、なんてわかるかな……」

「正確に予測することは不可能にしても、おおよそを推測することは可能でしょう」

「で、あんたには分かるのか? フレイの考えが」

 ジャックはやや苛ついた様子で、前のめりになりながらクロエにそう問うた。クロエの回りくど言い方が気にくわないようだ。しかしクロエはそんなジャックの様子を意に介さず、「はい」と頷いて続ける。

「ねえ、クロさんの言う事もわかるんだけれど、こんな悠長に話し合いなんてしていていいのかな。レイくん、そのうちに遠くへ行っちゃうんじゃ……」

「その可能性は否定しても良いと思います」

「どうして?」

 イーニッドの問いにクロエは答えた。

「あの手紙の文面を思い出して見てください。『証明する』と書かれていましたよね? 人間と共存できるということを『証明する』と、つまりはこういうことだと解釈して良いでしょう」

 クロエの言葉に、ジャックはさらに不機嫌そうな表情で急かした。だんだんと焦燥感が募っているのだろう。

「一体それが、どうしたっていうんだ? そんなこと分かりきっていることじゃないか」

「ええ。そうですね。分かりきっていることならば話は早いです。フレイ様の目的は、より遠くへ逃げることではなく、『証明する』ことです。つまり、フレイ様はより遠くへ逃げる必要はないのです。それに、フレイ様は今まで、昼間に外に出たことがほとんどないようですし、長距離移動することは厳しいはずです」

「なるほどっ! たしかにそれはそうだね」

 クロエは頷くと「さて」と本題に入るように、本を閉じるように手を叩いた。

「でしたら、フレイ様はどこにいると思われますか?」

「どこって……、どこ、だろう」

 イーニッドは顎に手を当てて考えこむように俯いた。シェールは眉根を寄せ、ジャックは『彼奴がどこにいるかだなんて分かる筈がないだろう』と行った様子で、すでに考えることを放棄している。

「可能性としては、日の当たらない室内ですが……。しかし……」

 クロエは一つの可能性に思い至ったという様子で、はっと顔を上げ、一瞬だけ目つきを鋭くしたが、それも本当に一瞬のことで、すぐに、その可能性はありえない、馬鹿馬鹿しいことだというように肩をすくめた。

「まあ、この可能性はないでしょうね。けれど……、そうではないというならば、一体……」

 突然一人考え込みだしたクロエを見て、シェールは困惑した様子で訪ねた。

「い、一体どうしたの? 可能性って?」

「いえ……。でもそれ以外の可能性など……」

「はっきり言えよ! その可能性ってのはなんなんだ?」

 ジャックは焦りと怒りが混在した表情でクロエに詰め寄った。クロエは、一瞬だけ迷うように間を置いて、戸惑い気味に口を開いた。

「人間に匿われているという、可能性です」



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