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 あまりに不甲斐ない自分自身を、悠玄は呪い殺したいと思った。


「――悠玄殿」


 どれだけ深く考え込んでいたのか、隣に立っていた瑤俊が、気遣わしげに悠玄の名を呼んだ。

 眉間の皺が定着していたことに気づき、指を添えて軽く揉みほぐす。あれほど鮮明に覚えている戦も珍しかった。あの日のことを思い出すと、今も膝が震えるほどだ。

 璃衒はその夜を何とか持ち越したものの、臓器の損傷が激しく、助かる見込みはないと王室付きの医官から早々に宣告されていた。

 対して、無理に連れ帰った男――劉志恒は、背中に悠玄が負わせた深い傷があったものの、二日後には目を覚まし、回復の一途を辿っていった。

 やはり、悠玄の欠点は、人に情を移すことだったのだ。

 生かして連れ帰られ、介抱をされておきながら、滅王派の情報を何一つもらそうとしない男を殺そうとした王を説得し、生き長らえさせたのは、他ならぬ悠玄だった。

 本来ならば、自らの手で殺してやりたいと思うほど憎らしい相手だというのに、なぜかそうしたいとは思わなかった。今も残っている志恒の背中の傷が、彼を一度殺していたのかもしれない。

 少なくとも悠玄の中では、この問題はすべてが解決されたことのはずだった。今になって後悔したところで、あの日に戻れるわけではない。後は志恒の決断と、泉介の判断を待つのみなのだと、分かっていた。


「私は、父を父と思いたかった」


 自分でも驚くほど、その声は晴れ晴れとしたものだった。


「最後に、父をこの手で抱き締めてやりたかった。それだけが、今も後悔としてつきまとっています」


 どうしても、その身体を抱き締めることができなかった。生きている時も、死んでしまった後も、それは同じだった。璃衒が悠玄の父になりたかったのと同じように、悠玄は、璃衒の息子になりたかったのだ。

 たった今、この瞬間に、本当の親子となれた実感を味わうのは遅すぎるだろうか。

 父である以前に、偉大な師であった男が、偉大な師である以前に、親愛なる父であったと気づくには、遅すぎたのだろうか。

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