幽霊の視える街角で DOUBLE

水谷一志

第1話 理想の彼氏

 「おはようございます!」

のかけ声と共に、今日も川北園(かわきたえん)の1日が始まった。

 今日は1月。仕事始めの4日から約1週間が経ち、川北園の利用者も職員も、ようやく新しい年に、慣れてきた所である。

 「美果(みか)先生、今日も僕、おはよう、言った。」

「そうですね、祐太(ゆうた)さん。さあ、みんなの部屋に行きましょうね!」

 大谷美果(おおたにみか)は、川北園の利用者の1人、木村祐太(きむらゆうた)君に対して、その日も丁寧に接した。

 ちなみに、美果の勤める川北園は、知的障害者が通う、通所型施設だ。そのため、園には、月曜日から金曜日まで、園生である障害者(施設では、「利用者」と呼ぶ。)が通って来て、レクリエーションや軽作業などを行う。そして、美果たち支援員(利用者を見る職員のことを、こう呼ぶ。)は、そのレクリエーションや軽作業を一緒に行ったり、作業状況を管理したりする。そして、これが最も大事なことなのだが、美果たち支援員は、園生である利用者が、園内での生活をしっかり行えるように、「支援」していく。これが、支援員としての美果たちの、基本的な業務なのであった。

 「美果先生。僕、みんなに、おはよう、言った。先生も、みんなに、おはよう、言って!」

「祐太さん、私は、みんなにあいさつしました。さあ、朝礼の時間ですよ。みんなの部屋に、行こうね!」

「美果先生、分かった。みんなの部屋に、行く!」

 これは、この日(また、いつも)の朝の、川北園での光景である。ちなみに、木村祐太君は、40代男性の利用者である。(そのため、本来なら「木村祐太さん」とすべき所であるが、ここでは話を分かりやすくするため、「祐太君」としておこう。また、美果を始め川北園の職員は、みんな「祐太さん」もしくは「木村さん」という呼称を使い、失礼のないようにしている。)

 そして、祐太君は自閉症で、その自閉症から来る、物事に対する強いこだわり、執着心を持っており、職員に対してもよく、こだわりの一種として、

「○○先生、何々、言った。」

など、自分の行動の確認作業を行う。(この確認作業は、自閉症の人に見られるもので、その確認ができないと、次の行動に進めないなどの特徴がある。)

 また、その他のこだわりとして、園内の特定のドアに執着心があり、同じドアからしか出入りできず、他のドアからの出入りを促すと、パニックになるこだわり、またトイレに行く際、特定のトイレのスリッパに執着し、そのスリッパを他の利用者が履いていると、それを無理矢理とって自分のスリッパにして履こうとするこだわりなどが見られる。

 そして、それらのこだわりが見られると、美果たち職員は、

「分かりました。何々って、言ったんだね。」

「そっちからだと遠回りだよ。こっちのドアからも、出入りできるように、しようね。」

また、

「祐太さん!他の人のスリッパ無理矢理とったら、ダメじゃないですか!ちゃんと返さないと!」

と、時には毅然とした態度で、祐太君に接し、注意をすることもあった。

 「さあ、みなさん、朝礼を始めますよ。まず、出席をとります。」

美果は、華奢な体から大きな声を出し、そうみんなに呼びかけた。ちなみに職員の朝礼当番は、川北園では週番制になっている。

 「はい、朝礼、終わります!」

 そして美果は朝礼終了後こう呼びかけ、利用者に次の作業やレクリエーションの準備を、促した。

 美果は今年で26歳になり、高校を卒業後すぐに川北園に支援員として就職したので、今年で勤務が8年目となる。その間、特に園に入りたての1年目は、仕事も分からないことだらけで苦労もしたが、今ではこの仕事にもすっかり慣れ、しっかりとした支援員に成長していた。また、勤続中に、美果は介護福祉士の資格をとり、支援員の仕事に、役立てていた。(川北園の利用者の中には、介護が必要な人もいたので、この資格は美果の仕事に大いに役立った。)

 そんな美果であったが、近頃は、美果の勤める川北園の利用者を、たまらなく愛しく感じる瞬間が、たくさんあった。例えば、利用者とレクリエーションをしている時、年に数回、利用者と運動会をしたり、旅行に行ったりし、利用者の喜ぶ顔が見られた時―。そんな時、美果は利用者と喜びを共有しているような感じがして、嬉しくなるのであった。

 また、最近美果は、このような気持ちになることがあった。それは、

「自分に子どもができたら、こんな風に、嬉しく、また優しい気持ちになるのではないか?」

というものである。もちろんこの仕事は、利用者と楽しむだけのものではない。時には、悪いことをした利用者を、叱らなければならないこともある。だが、それも含めて、

「私は、自分の子どもと接する時にも、このような感じになるのかもしれない。」

と、美果は思うようになった。

 美果は結婚もしておらず、子どももいないが、利用者に対してこのような気持ちを持った自分自身に少し驚くと共に、そんな自分を、我ながらかわいいとも、思ったのであった。

(ちなみに、これは美果が川北園の利用者を子ども扱いしている、というわけでは決してない。)


 「あ~この生ビール、ホントにおいしい!今日はたくさん、飲もうね!」

今日は週末、金曜日。そして、川北園の職員の、新年会の日だ。そのため美果たち川北園の職員は、園の近くの居酒屋に、集合していた。

 「え~私、美果ほどは飲めないよ~。まあ、私もお酒、好きなんだけどね。」

美果の同僚、小山美南(こやまみなみ)が、美果の発言にすかさず反応した。

「まあそう言わずに、飲もうよ!

 …って、アルハラはダメだよね。

 とりあえず私、ビールは飲んじゃったんで、ハイボールお願いします!」

「はい、分かりました!」

美果は、美南の反応に対して答えながら、次のお酒を頼んだ。実際美果は、その華奢な体からは想像できないほど、お酒に強い…と、美果自身は思っている。(特に、「華奢」という部分を美果は強調したいらしい。)

 しかし、(美南など)他の職員から言わせれば、

「美果は確かに華奢だけど、目鼻立ちもしっかりしてて美人だし、化粧もしっかりしてるし、お酒、弱そうには見えないよ。

 …まあ、本人の顔とお酒の強さが、どこまで関係あるかは分かんないんだけどね。」

との、ことであった。

 そして、美果は美南たちに冗談で、

「何それ!?こんなか弱い私が、大酒飲みに見えるの?」

と言ったことがあり、その時は、

「はっきり言って、美果はか弱そうには見えないよ。大酒飲みは事実でしょ?」

と、キツいツッコミをもらったのであった。

(美果は割と物事をはっきり言う性格なので、それもあり、か弱そうには見えない、とのことであった。)


 「ああ~私、だいぶん酔ってきちゃったかも!

 ところでさ~。美南と哲人(てつと)くん、あの時は、お疲れ様でした!」

「ちょっと美果、何の話!?」

「とぼけなくてもいいじゃん、美南。あの時って言ったら決まってますって!心当たり、ないの?」

「そ、それは、あるけど…。」

何杯目かのお酒を飲んだ美果は、酔いが回ってきたようで、美南と、川北園の支援員、折川哲人(おりかわてつと)に、少し前に置きた出来事について、話をしようとした。

 「おい美果さん、その話は…、」

哲人が制するのも聞かず、美果は、上機嫌で語り始めた。

 「あれは、1月4日、仕事始めの日だったよね~!

 その日、確か美南は、体調が悪くて、川北園を休んでたはずなんだけどな~。」

「いや、それは、だから…。ごめんなさい。」

「そうそう、それで、昼休みの時間に、美南がダッシュして園の職員室に入って来たんで、びっくりしちゃった。」

「え、いや、まあ、その、そうだけど…。」

美果は、完全にこの場を楽しんでいた。

 「それはそれでびっくりだったんだけど、その後が…ね。

 あの時、美南何て言ったんだっけ?私、忘れちゃったからもう1回聞きたいなあ~。」

「ちょ、ちょっと…、」

「止めろよ!」

美南、哲人は揃って美果を止めようとしたが、上機嫌で、口達者な美果を、誰も止めることができない。

 そして、美南と哲人の方を見てみると、顔が心なしか、赤くなっているようであった。それは、お酒から来るものとは、明らかに別種類のものであった。

「分かった。哲人くん!

 じゃあ、私とお酒の飲み比べをして、私が勝ったら、この話を続ける。それで、私が負けたら…この話は止める。

 どう?」

「いや、俺も酒は弱くはないけど、美果さんには勝てないよ。」

「何~。男らしくないな~。

 って、アルハラはやっぱりダメだよね?ごめんなさい。

 でも、いいじゃん。美南と哲人くんとの話、悪い話じゃないんだし…。

 あんなロマンチックな話、ないと思うよ?

 だから、もう1回聞かせてよ。」

そう言った美果の声は、少し、いやかなり猫撫で声のように、周りの同僚からは感じられた。実際美果は、(普段からもそうであるが)特にお酒を飲み出すと甘え上手になり、今までの人生、それもあってか異性からの人気は、高かった。

 「分かったよ美果。

 じゃあ、あの時の言葉、もう1回言えばいい?」

「おっ、話が早いですね~!

 それでは美南選手、行ってみましょうか!」

「せ、選手って…。

 恥ずかしいから、1度しか言わないよ。

 『哲人!

 私、今まで自分の気持ちに、気づいてなかった。自分の気持ちを、ごまかしてた。でも、これが私の本当の気持ちだから…言うね。

 私、哲人のことが好き。だから、私と付き合ってください!お願いします!』

 …みたいな内容だったかな?」

美南の顔は、その言葉を言い終えた後、さらに赤くなった。

 「そうそう。そんな感じ!ホントに、あの時は驚いたな~。

 それにあの時は、確か美南には彼氏がいるって聞いてたから、それも含めて、びっくりしちゃった。

 確かあの時哲人くん、

 『え、美南には彼氏がいるんじゃねえの?』

って、美南に訊いてたよね?」

「あ、ああ。」

「それで、その後美南、何て言ったんだっけ?」

「その後は…、

 私の彼氏、桜谷翔(さくらたにしょう)さんは実は幽霊、しかも生き霊で、成仏しちゃった、ってこと、それに、翔さんの生き霊は、私のことを大切に想ってくれている、私にとって身近な男性から出たものだ、ってことを哲人に説明して…。」

「それで、美南はそれを哲人くんのことだと思って、自分の本当の気持ちに気づいて、哲人くんに会いに園までやって来た、ってわけか。

 …ズル休みしているにも関わらず、ね。」

「だから、それは悪かったって…。」

「大丈夫大丈夫。私も管理者でも何でもないんだし、別にそのことは責めないよ。

 それで、その後の哲人くん、かっこ良かったな~。

 美南に、何て言ったんだっけ?」

「…ってか美果さん、絶対に俺の言ったこと、覚えてるだろ!」

「うーん忘れちゃったかな。

 もう1回、聞かせてくれる?

 …それに、この場で美南にだけ言わせるのって、どうかな~。」

「いやいや元々、あんたが言わせたんだろうが!」

と哲人は美果の言葉に軽くツッコミをいれたが、仕方なしに、哲人がその日、美南に言った台詞を、もう1度言った。

 「『そうか、そうだったんだな。

 じゃあ俺からも、美南に報告があります!

 俺、すっと前から、美南のことが、好きでした。だから、美南に彼氏ができた、って聞いた時は、顔には出さなかったけど、正直ショックだった。

 それはもう関係ねえな。俺からも、美南にお願いします。

 俺、こんなんだけど、一生懸命美南を幸せにするから、俺と付き合ってください!』

 …みたいな感じだったかな。」

「きゃあ~哲人くん、さすがは男の子!照れますね~。」

「これで満足ですか、美果お嬢様?」

「うん、余は大満足じゃ!

 ってかこの台詞、お殿様だね!」

今年に入って2度目の愛の告白をさせられ、(トマトのお酒は飲んでいないものの、)熟れたトマトのように赤くなっている美南、哲人を尻目に、美果は上機嫌であった。

 「でも不思議なことってあるもんだね。確か美南、幽霊との交信ができる、おばあさんの所に行ったんだって?」

「そうなんだ。そこで、さっき言った翔さんの件、聞いたんだ。」

「でも、その生き霊が哲人くんから出てるって、何で分かったの?」

「ううん、おばあさんも、さすがにそこまでは分かんなかったよ。おばあさんは哲人のこと、知ってたわけじゃないしね。

 でも、そのことを聞いた瞬間、私の中で、本当に私の中でだけだけど、確信があった、っていうか…。

 それに気づいてからは、哲人の気持ちがどうであれ、私が哲人を好きなんだから、哲人に私の気持ち、伝えないといけない、って思って…。」

「それで、あんな暴挙に出たわけね。」

「ぼ、暴挙って…。」

口では少しきつめのことを言った美果であったが、その顔を見てみると、

『うらやましい。私も美南みたいな、運命的な恋、してみたい。』

という、思いでいっぱいのようであった。

「まあ哲人くんも、生き霊が出るほど、美南への想いが強かった、ってことだよね!

 それにしても、不思議だなあ~。」

「まあ、そういうことかな…。

 俺も、生き霊出してるなんて、自分では全然気づかなかったけど…。」

「まあ、普通は気づかないものなのかな…。」

美果の一言に、哲人、美南が反応して、こう答えた。


 「それはそうと美果、今度はこっちの番だからね。

 美果にも彼氏、いるんでしょ?」

美南は、ついさっきのことをやり返す気持ち半分、また興味半分で、美果に質問した。その顔は普段のかわいらしい美南の顔に似合わず、獲物を狙う蛇のようであった。(こんなことを美南に直接言うと、怒られてしまいそうだが。)

 「え、いるよ、彼氏。」

しかし、蛇のにらみは、美果には何の効果もないようであった。

「…なんか、拍子抜けしたな~。もっと、恥ずかしがると思ったんだけどな~。

 でも興味あるから、彼氏とのこと、話してくれる?」

 そう言いながら美南は、過去に美果に彼氏について訊いた時も、美果に悪びれもせず彼氏自慢をされたことを、思い出した。

「私、そういうの、恥ずかしくないタイプなんだ。ごめんね。

 じゃあ、まずは今の彼、高浜直樹(たかはまなおき)くんとの出会いから…。」

アルコールが体内に十分に回り、ハイになっっている美果は、彼氏との馴れ初めについて、得意げに話し始めた。(もっとも、シラフの時でも、このことについては恥ずかしがることのない、美果であったが。)

 「直樹に出会ったのは、何と、電車の中!

 …正確には、電車を降りてからだから、地下鉄の駅の構内、ってことになるんだけどね。

 それはさておき、どうして直樹に出会ったのか、っていうと、私、たまたま電車の中に、携帯を落としちゃってたみたいで、それに気づかずに、電車を降りちゃったんだ。それで、直樹がそれを拾って…、

 『すみません。これ、あなたの携帯ですよね?さっき、あなたがこれを落としたのを、見たんですが…。』

 って、直樹に声をかけられたの。

 …それで、私、直樹の姿を見た途端、直樹に、恋しちゃった!いわゆる一目惚れ、ってやつだね。何か、今までもイケメンの人を何人も見てきたんだけど、直樹は、他の人とは違った、っていうか、何ていうか…。

 やっぱり、これが『運命』っていうのかな…。」

「はいはい分かりました!

 …それでその、直樹さんには、美果の方から声をかけたの?」

美南は、ただのノロケ話になりそうな流れをあえて切り、美果に続きを促した。

 「いやその時は私も、勇気が出なくて…。

私、男の人に対して、弱い方ではないと自分では思ってたのね。でもその時は、何か、緊張した、っていうか、何ていうか…。」

「だから、声はかけなかったの?」

美果は少しモジモジしながらそう答え、美南は、そんな美果に少しイラッとしながら、そう言った。また美南は、美果の、明るく楽しく喋っていたと思ったら、急に恥ずかしいような態度になる所も、「ギャップ」があり、異性からの人気につながっているのではないかと、瞬時に思った。

 「あ、ごめんね~。

 で、私が固まっていると、何と直樹の方から、

『すみません。突然で、びっくりするかもしれませんが…、

 僕、あなたともっと、話がしたいです。

 あなたの連絡先、教えて頂いても、よろしいでしょうか?』

って、声かけられちゃった!」

そう語る美果は、ついさっきのモジモジした態度から、自信にあふれた態度に、切り替わっていた。実際美果は、喜怒哀楽がはっきり出る、感情豊かな、女の子であった。

 「それで、何回かデートして、直樹と話もしたのね。

 すると、直樹はその辺の軽い男じゃない、ってことが分かってきたの。

 直樹の仕事は銀行員で、堅い仕事だし、直樹、いつも私のことを気遣ってくれて、

『私、明日は仕事があるんで、ちょっとこの辺で、帰ります…。』

って言ったら、

『分かりました。僕のことは気にしないでください。』

って、しっかり帰してくれたんだ。まあ、私も、その時は直樹ともっと一緒にいたかったんだけど、私の方だって、軽い女だと思われたくないし…ね!」

「それは良かったですね!」

美南はそう、少し冷ために答えたが、やっぱり同僚で、友達でもある美果の恋を応援したい、という気持ちも、美南は持っていた。

 ただ、美南には少し引っかかる部分があり、それを冗談半分、本気半分で、美果に質問した。

 「でもさ~、それなんだけど…。 

何かその話、私と前の生き霊の彼氏の翔さんと、似てるんだよね。

 翔さんも自分で、『仕事は銀行員です。』って、言ってたし、出会い方も、駅で携帯を落として、それを拾ってもらって、それで連絡先を訊かれて、って…。

 私と翔さんとの出会いと、おんなじなんだ。

 もしかして、その、高浜直樹さんも…、

 幽霊だったりして!」

「ううん、それはないと思うよ。だって私、直樹の一人暮らしのマンションに、行ったもん。」

「えっ、マンションに行ったの!?」

美果のその発言は、川北園の職員一同の、注目の的となった。

 「あっ、一応言っとくけど、私単に、酔いつぶれた直樹を、直樹のマンションまで送っただけだからね。直樹を送った後は、私タクシーで自分の家まで帰ったし…。

 だから、直樹との間には、まだ何もないよ。」

「ああ、そうなんだ。」

美南は美果の発言を聞き、そう答えた。また、美南の心の中は、なぜか安心感で満たされたのであった。

 「でさ~、その時のこと、もっと語っていい?」

「うん。まあ、話の成り行きだもんね~。

 いいよ。」

美果は美南の了承を得、酒を得た魚、いや水を得た魚のようになった。

 「ちょうどその日は2人で、直樹の家の近くのバーに、行ったんだよね。その前から、直樹も私も、お酒が好き、特にウィスキーが好き、って話をしてて、それで直樹が、

『ここのバーには、よく行くんです。』

って言って、紹介してくれたバーに、2人で行ったの。

 そこで私、とりあえずウィスキーをダブルで頼んで、それからは…、

 オン・ザ・ロックに、トワイスアップに、ホットウィスキーに…、とにかく、ありとあらゆるウィスキーの飲み方を、2人でしたんだ。

 それで、私はまだまだ平気だったんだけど、

直樹の方が、グロッキーになっちゃって…。

 でその後は、何とか直樹から、マンションの場所を聞き出して、直樹をマンションまで、送り届けたんだ。」

「そっか、確かに美果さん、酒、強いもんな…。」

哲人は、半ば呆れ、また半ば感心しながら、美果の話を聞いていた。

 「ところで美果、美果は直樹さんに、何て告白されたの?」

「え~それ聞いちゃう?」

「当たり前でしょ!話の流れですよ~!」

「分かった分かった。

 …でも、告白したのは、私の方からだよ。

 それは、直樹との3回目のデートで…。

 『私、あなたに出会った時から、あなたのこと、好きになっちゃいました!

 だから、直樹さん、私と付き合ってください!』

ってね。

 そしたら直樹の方も、ちょっとびっくりした感じだったけど、

『分かりました。僕も美果さんのことが、好きです。』

…だって!きゃあ~照れちゃうなあ~!」

「そっか、ラブラブで良かったな、美果さん!

 あと、この話もうよくねえか?」

女性メンバーは、美果の話を興味深く聞いていたが、哲人を始め同僚の男性メンバーは、美果や美南の恋バナに、飽きてしまったようであった。

「分かった分かった。話題、変えるね!」

美果は上機嫌で、自分の恋について語り尽くし、また美南と哲人の恋について聞き尽くしたという感じで、そう言った。

「だけど、何の話、しよっか?」

そう美果は美南や哲人たちに問いかけた。そして、美南の頭の中に、ある考えが、浮かんだ。

 「そういえばさ美果、美果って確か、詩を書くのが趣味だったよね?」

「うん、そうだよ。」

美果は、どうやら美南の企みに、気づいていないようである。

 また、「美果が詩を書く」という行動は、哲人を始め男性陣には意外だったようで、

「…せっかくだから私、美果の詩の最新作、どんな感じか読ませて欲しいなあ~。」

と、美南が言った後、

「俺も俺も!」

と、哲人たちが興味津々で続いた。

「分かった。仕方ないなあ~。

私、いっつも詩は、パソコンとか使わずに、スマホで書くことが多いんだ。今日は特別に、みんなに見せてあげるね。

 …とりあえずこれが、最新作、『雲』だよ!」

美果はそう言って、スマホの画面を開いた。そして、それをまず始めに、美南に見せた。

「どう、美南?」

「…やっぱり、安定の美果だね…。」

「えっ、『安定の美果』ってどういうことだよ?ちょっと俺にも見せろよ!」

哲人は、はやる気持ちを抑えきれない男性メンバーを代表して、美南にそう促した。

「分かった分かった。じゃあ哲人、これ読んで感想、聞かせてくれる?」

美南が哲人にそう言うと、

「ちょっとそれ、私の台詞じゃない?

 あと、『安定の美果』ってのが個人的に気になるけど…。

 まあいいや。とりあえず私の詩の、感想ください、哲人くん!」

と、美果の方からも哲人にお願いをした。

 そして…、

「えっ、

『ミミズが土から出てきたように、雲がたなびいている。

 その雲は雨を降らし、ミミズの土に栄養を与えている。』

…って、どんな光景だよ!?」

声に出して読んだ後の哲人は、美果にそう質問し、

「えっとそれは、分厚くない、細い雲を、ミミズに例えて、で、そのままだと面白くないから、雨も降らせて、じゃあ栄養も、って考えて…。

 どう、斬新で良くない?」

「いや、斬新、って言われればそうだけど、なあ…。」

 哲人以外の男性陣も、少し、言葉を失っているようであった。

 「だから、『安定の美果』って言ったでしょ?

 これが私の知る限り、美果の唯一の弱点なんだから!」

美南は得意げに、他のメンバーに話した。その様子は、さっき獲物を取り逃がした、蛇に逆戻りしていた。

 「ちょ、ちょっと、美南まさかわざと、そういう流れに持っていったの?」

「だって、美果が私と哲人とのこと、無理矢理喋らせるんだもん!こっちも仕返ししないとね!

 これでおあいこだよ、美果!」

美南の顔は、蛇のにらみから、もとのかわいらしい、小動物のような顔に戻っていた。

 「そういえば美南、確か前にも私の詩、読んで、

『これ、どういう意味!?』

って、訊いてたよね?まさか、弱点だと思われていたとは…。

 でも、この『雲』、私の中では最高傑作なんだけどな…。」

「いやいや、最高傑作って…。」

「ちょっと、何か文句あるの?」

哲人のツッコミに、今度は美果の方が、にらみを利かせた。

 「いやいや、そんなに怒らなくても…。

 俺はただ事実…、いや感想を、言っただけで…。

 まあいいや。そういえば美果さん、その詩、例えばコンクールとかに、出品したことはあるのか?」

「一応、詩ができたら、毎回コンクールには出品してるよ!

 この『雲』も、コンクールに出したんだけど、結果は落選…。私、今回はいけると、思ったんだけどな…!」

「いやその出来じゃ…。まあ、審査員も嘘つけねえしな…。」

「ちょっと、文句あるの!?」

「いやいや、まあ本人が納得してるなら、それでいいと思うよ。」

哲人は、苦し紛れにフォローしたが、当の美果は、やはり自分の詩が気に入っているようで、それほどダメージは受けていないようであった。

 「あとね、私、詩を書くときは、いっつもメガネ姿なんだ!

 …意外でしょ?」

「あっ、それは…。」

他の男性陣が、少し声を漏らした。

 「そうそう!

 私、仕事中はいっつもコンタクトで、メガネは家でしか、かけないんだ。だから、私のメガネ姿は、超レアだよ!見たい~?」

美果は、得意の猫撫で声で、そう言った。

「み、見たいかも…。」

他の男性陣が、誰からともなく声を出したが、

「ざーんねん!今日はメガネも持って来てないし、写真も、撮ってないよ!

 私、メガネ姿を最初に見せるのは、直樹、って決めてますから!」

と美果は言い、するりと男性陣の要求をかわした。

 「…ってか美果、それ言いたかっただけじゃない?」

「まあ、そう、かもね…!

 あ、もうラストオーダーか。

 今日は楽しかったね!」

「そうだね!私も色々喋れて、楽しかった!」

その後、美果たちの新年会は、お開きとなった。

 この時の美果は、高浜直樹との関係、幸せな関係が、この先もずっとずっと続く、そういう風に思っていた。

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