一人称に殺される「三」
私は園芸を嗜む程度の客を演じた。特に詳しいわけでも、マニアックな植物を育ているわけでもなく、部屋に観葉植物を数鉢置いている程度の客を。
とにもかくにも、私がこの物語の作者であることを気づかれてはならない。園芸店の店員、
特に美人なわけではない、どちらかというと地味なタイプ。でも好きなことの話題、つまり園芸の話題になると少し一生懸命になりすぎてしまう。そして笑顔が魅力的な、なんだかんだ男受けするタイプ。そしてその全てを計算でやれる宮姫という女は、単刀直入に言うならサイコパスだ。つまり私が書いたこのミステリー小説『妖蘭』における、犯人である。
「なにかお探しですか?」
「あっ……えっと」
いろいろと意識しすぎた私は、不自然に商品を見すぎてしまったのかもしれない。それを宮姫が不審がっているのか、ただ店員として対応したのか――それが今の私にとって一番の問題だ。
私の想像通りなら、彼女はもうこの町で一人殺している。そしてもっと大きな問題、それはこの宮姫がどっちの宮姫かということ。
そう、『妖蘭』は二つのバージョンがあるのだ。
二つあるのは、私がこのミステリーを仕上げる際、一本ではなく、展開や結末などが微妙に違う同じ話を二本書いて、見比べた上で良い方を取るという手法をとったせい。
結局、そしてそのどちらも微妙という判断になり応募する予定だった賞には出さず、二本とも『ボツ原稿フォルダ(或いは修正予定小説保管庫)』の中へしまいこむことになってしまったけれど。
つまりその二作品の扱いは同じ。どちらが完成稿だか決められていない。だから私は、これがどちらの宮姫かわからないのだ。
「あの、家にある植物の調子が悪くて」
「どんなふうにですか?」
しまった、しまった、しまった。考え事をしていたせいで、してはいけない質問をしたかもしれない。この物語の主人公も、今の私と同じように宮姫に植物の不調を相談したせいで――――。(それはどちらの宮姫にも共通する。)
「な、なんか色が変になっちゃって……スパティフォ-ムって植物なんですけど」
私が客を演じている以上、会話をいきなり切るわけにはいかない。できるだけ普通にやりすごせ私!
そう、そうだよ、確か、スパティフォーム。私の家で母が育てている観葉植物がそんな名前だったはず。そしてあれはホームセンターですごく安かった。つまり、つまり、すごく普通のありふれた観葉植物のはず。
私は必死に、無難であろうとした。
「…………」
宮姫が沈黙? 私は何かとんでもない失態を犯してしまったのか。それとも、もうすでに何か感づいているのか。
宮姫ならありうると、私の背中が嫌な汗をたくさん流す。
「もしかして、スパティフィラムですかね? これと同じですか?」
「あ、それです!」
私が植物の名前を間違ってしまっただけのようだ。宮姫が手に取って見せた売り物の植物は、確かに家にあるものと同じ。鉢に貼りつけてあるラベルにはスパティフィラムと、確かにそう書かれている。
「難しいですよね植物の名前って、私もよく間違えるんです」
「そ、そうでしたか!」
私は、なんだそんなことかと胸をなでおろす。間違えたおかげでいい感じに客を演じられている気もするし。
でも、安心はできない。相手は宮姫だ。彼女はこんな感じで相手の気を害さず、なんなら好感を得てしまうような返答が得意な女。意識してというほど作為的ではなく、無意識というほど天性のものでもなく、殺人を隠し続けた女だから。
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