第19話 天


「どこで……かぁ……」



 魂の質問に対して、蔡は少し悩む。どこで、と言ったらいいのだろうか、あの場所は。

 少しの間考えた末、ひとつ思い出したことを口に出した。



「水の音がした」


「水の音?」


「うん。流れる音じゃなくて、中で泡が弾けるプクプクって音」


「水の中……?」


「わかんない……外の情報は無かったし、出られる様子もなかったから……」


「そう……水の中……ねぇ、ソイツだけだったの?」


「んっと……いや、男のそばに、なんか変なのもいた」



 蔡は指をくるくるとさせながら思い出すように話している。



「えーとねぇ…背が高くて…フォーマルなかっこしてた!でも顔がよく見えなかったな…女の人みたいに髪の毛が長かった。色は真っ黒で、ウェーブ掛かってたかも。………でも、声は男の人だったよ。ていうか、なんだろう……蠍さんと同じような声、だったかも?」


「蠍と……?」


「なぁ魂、お前多分、汚い方には心当たり有るんだろ」


「………うん、殞じゃないかなって。でも……」


「殞は河川敷のダンボールの家で自殺してた」


「…………うん」


「えっ、知り合いなんですか?」


「…昔の友達?……気づいたら、遊んでた変なヤツ。………その殞と、もう一人いたような気がするんだ……」


「……それ言ったら、アイツだって死んだだろ。しかも目の前で」


「そうなんだよね……」



 魂はそこまで考えて、顰めっ面をする。

 そして、キョロキョロと辺りを見回しては、はァ。と溜息を着く。



「殞が俺の彼女を知ってるわけないし、他の機関員の細々した情報まで知ってるとは思えない。……どこかから見られてるんだとしたら…とは思ったけど、何かあるわけでもなさそうだし」


「……例えば殞が生きてたとして、…どうやって生きてたのかな…。だって、あのお葬式、ボクも出たんだ。でもちゃんと死んでたし火葬だってした……」


「…なァ、アイツ家族居なかったのに葬式なんかなんで出来たんだ?」


「…たしか、遠い親戚だったかなぁ……って、母様が言ってたかな……。昔、殞になんで自殺したのかが聞きたくて召喚しようとしたこともあったなぁ」



 霊のその発言に、魂はバッと顔を上げる。



「霊、その時どうしたの?召喚できたの?」


「あ、んーん。なんでか分からないけど出来なかったなぁ。……その時は単にボクが下手なだけかなって……8歳だったし、ムラがあったのも事実だし……」


「ね、ねぇ、じゃあ今は?今はムラもないでしょ?」


「そういえば確かに……。やってみる?発見したのは魂のお父さんだったと思うし、お父さんも……」


「えッ」


「なに?やなの?」


「いや……いやじゃ、ないけど………」


「じゃあやるね!夜だし丁度いいや!」



 今まで無口のまま仕事をしていた霊は急にやる気を出し、活気の無かった顔に活気が溢れている。


 魂は父親も呼び出すとやる気満々の霊に渋々着いていき、事の顛末が気になる他のメンバーも同行することにした。

 流石にオフィス内での召喚は色々な大事なものを吹き飛ばす可能性があったため、中庭へと移る。


 夜の中庭は、明も居ないため暗かった。星の代わりに設置されている電球が有るくらいだ。



「じゃあ、うーんこの辺りでいっか。広いもんね」


「うん……でもそこ父さん嫌いだったと思う……噴水の水かかるから……」


「えっそうなの……。じゃあ……こっち?」


「かなぁ…」



 召喚位置を決定し、霊は皆に離れててねと言う。

 そこに立ち、自分の右手の親指を噛む。そこから流れる血を地面に1滴落とすと、そこから陣が広がる。

 暗い中庭を、赤い光が照らす。

 死霊であるならば呼び出せる霊は、召喚中に何を考えるのだろうか。無言の時間が有り、次の瞬間


 陣の真ん中には、前ボスが立っていた。



「あれ……同時召喚したはずなのに……」


『なんだ、人がせっかく昼寝してたって時に……』


「もう夜ですよ、てんさん」


『お…………っ?おめーは……?……あ!霊か!』


「ほんとにきたほんとにきた…………」




 魂は茫の後ろに身を隠すが、茫に呆気なく引っ張り出される。

 犀と蔡は、その目の前の現象に口をあんぐり開けていた。

 天と言えば前ボスで、機関員、機関に興味のあるものであれば知らないものは居ないほどの強さを誇っていた人物だった。



『お!?そこの、やたら猫背のお前もしかして魂か!?』


「ねぇなんで茫俺より高いのに隠してくれないのっ…………」


「隠すわけねぇだろ、俺に隠れようなんざ100年はえーよ」


「早いも遅いもなぁいい………」



 新居に来た子犬のように、ものの後ろに隠れたがる魂を茫が抑える。



『でかくなったな魂!お前もここに入ったか!』


「う、う…………」


『なんだよ』


「なんでもない………」


『いくつなんだ?ナンバー』


「…………ぃち………」


『声が小さい』


「…い、いちぃ!」


『お!さすが俺の息子だな!感心感心!ボスか?』


「ちがうよ……ぼすは絲おじさんだよ……」


『ほぉ!久々に会いてぇなぁ!』



 ガハハと笑う天。機嫌が良さそうだ。

 しばらくすると、ふと冷静になり、自分が置かれている状況を確認する。



「聞きたいことがあって、呼ばせてもらいました。昼………ひるね…中にごめんなさい」


『いーぜいーぜ!なんだ?小さい頃の魂の話か!?』


「あ、聞きたいです天さんそれ!!」


「蔡コラッ」


「だってにーちゃんも聞きたいでしょ!?」


「聞きたいけど我慢なの!」



 コソコソ小声でいさめる犀と、目を輝かせ魂の昔話を聞きたがる蔡をよそに話を進める。



「昔、殞っていたでしょ…?あの、河川敷で死んでた……」


『ああ!…ぁーけどアイツ、霊界に居ねぇぜ?俺が死んだ時から居なかったな。転生には早すぎる』


「……ぇ。でも、死んでたの見たんだよね?」


『ああ。胸にナイフが突き刺さってたはずなんだがな……。確か燃やしたよな?』


「……火葬最中に生き返る症例は有りました。魂の彼女がそうなんですけど…。でも、それは炎と癒しの能力者だったからという可能性が高いので。殞は…操作?でしたよね」


『そうだな……って茫!いま彼女って言ったか!?魂に!?!?』


「あっちょと、茫……!めんどくさいから…!!」


「いーじゃん。今医務室だろ?天おじさん連れて見せてやりゃいーじゃねーの」


『?怪我でもしてんのか』


「……敵、というか……まぁきっと、殞であるならばの話、殞もしくは周辺の敵に右目を取られてから目を覚まさないんですよね」


『なんだと!?そりゃ大変だ。ここの機関員なのか?』


「うん……なんばーふぁいぶだよ」


『そうか、強い子なんだな!いやいや、でも様子を見に行かなくていいのか!ちなみに父さんは魂の彼女が見たいだけだ』


「すぐ心の内はきだしちゃうクセやめたほうがいーよとーさん……」



 天はそう言うと、陣の中から出て医務室へと向かう。

 ずんずんと歩いていく姿を見て、他は着いていくしかなくなった。


 医務室の扉を開けると、泊まっていたしきが準備室から出てきた。

 そして、目の前に佇む、息子のような男を見て目をぱちくりとさせる。



「天…天じゃないか!なんでおるんじゃ?どうしてじゃ!?」


『霊に呼び出されたんだよ、昼寝してたってのに。で?魂の彼女って?』


「ああ、ベッドに寝ておるぞ。魂、行ってやりなさい、起きてないとはいえお前がおれば眠も安心じゃろうて」


「わかった」



 縲に言われるがまま、魂は眠が居るベッド部屋を覗く。

 月明かりの照らすベッドに、眠はまだ横たわっていた。目も瞑ったままだ。ただ、すやすやと寝息を立てている。



「ぁ……いき、してる」


『ほぉ。美人さんだな』


「でしょ、ねむ、きれーなの」



 そう話し、魂は真っ直ぐ眠の頭のすぐ脇にある椅子に腰掛ける。

 いつも隠れている方の目も、髪の毛がずれて露になっている。



「ぁ、隠れてるほうの目、こうなってたんだ…」


「うん。犀も蔡くんも、見たことないからしらないよね…。もうまつ毛も無いし、皮膚も腐って紫…というか、溶けてる、というか。でも、ここにね、ちゃんと昨日までは目があったんだよ…」


「そっかぁ……」


『なんで腐ってるのかは分かるのか?』


「うん。…おれが守ってあげられなかったせいなの。でも…また守ってあげられなかった」



 茫が当時の説明を天にすると、天は一言「そうか」と言った。

 そして、また一言。



『でもまだ生きてるだろ。これからもそうやってくんだ。いちいちめそめそするより、それならもっと守りを強くできるようにするだけさ』


「!…とうさん…」



 魂はそう言われてハッと顔を上げる。

 そして、天はまた続ける。



『守りきるなんてこたァできっこねぇんだ。俺だってそうさ、最強だとか言われてもこのザマ、病にゃ勝てねぇ。母さんを残して先に死んじまってんだ。けど魂も眠ちゃんもまだそうして生きてんだ。一生かけて守れよ』


「…うん」



 返事をすると、天は満足そうに笑う。

 その時、魂が眠の手に手を重ねていると、ピクリと指が動いた。



「ぁ……ねむ?おきた…?」


「ぅ……んん…。魂…?……ごめんなさい……まだ良く目が見えないわ……沢山いるの…?魂はどこ…?」


「ここだよ、隣にいるよ…。あとは、茫と霊と、犀と…えーと、犀の弟の蔡くんと、あと、父さん」



 父さんという言葉に、眠は余計に混乱する。



「お父さん……?天さんのこと……?もう、亡くなったのでしょう……?」


「霊が呼んだの、聞きたいことがあったから……」


「ぁ、あぁ…そういうことなのね……。ええと…」



 眠が継ぎ接ぎに言葉を発する途中で、天が声を出す。



『はじめまして眠さん、俺は天、見えねぇかな。魂が世話んなってるようで。男しか居なかった幹部に、女性……しかもこんな美人が来たなんてなぁ勿体ねぇことしたな俺も』


「あら、ふふ、ありがとうございます……。ええと、剣、眠といいます……。ごめんなさい、頭がふわふわしていて……」


『いーいー!ゆっくりしてくれや。良かったな魂!目ェ覚めたじゃねぇか!』


「うん。あは、とーさん、撫でようとしても触れないね」



 天は息子をガシガシと撫でるつもりだったようだが、その両手はすり抜けてしまう。

 医務室で、賑やかな一時が暫くの間流れていた。

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