第6話

 冒険者ギルド。

 その歴史は古く、設立は王国の建国前まで遡る。始まりは開墾の際に周囲の探索をした者達だという一説もある。

 

 設立以来、多くの冒険者が前人未踏の地へ挑戦していった。燃える湖、魔物を産み出す洞窟、孤島に聳え立つ塔、海の下に建てられた神殿。例を挙げたらきりがない。

 様々な冒険の果てにもたらされた財で王国が作られ、その周辺の土地の殆どに人の足が踏み込まれていった。

 やがて、真の意味で冒険をする者達は数を減らしていった。

 

 今の彼らの仕事といえば、魔物を産み出す洞窟や迷宮、俗にダンジョンと呼ばれる場所へ、魔物の素材や時たま発見される宝物を漁りに行ったり、ギルドに依頼された任務、例えば近隣の魔物退治や薬草採取、果ては迷子のペット探し等を請け負うことであった。

 ガウレオが何でも屋と評したのも、頷けるものである。

 そんなギルドが存続出来ているのは、荒くれ者達や身分の怪しい者達を一手に引き受け、それらを纏めあげることで治安維持に一役買っていることが大きいだろう。

 

 そんな訳で、ギルド内というのは雰囲気が悪い。

 清掃は行き届いているし、調度品も感性の良いものが揃っている。建物内の料理や販売されている道具類の質も高い。はっきり言って、これほど整った施設は王国内でも指折りである。

 

「んだ、こら。なに見てんだ、あ!?」

「息が臭い。歯を磨け。それか腸内を洗い流せ。なんならワタシが洗ってやろうか」


 問題なのは利用者達だ。従業員以外の殆どは荒くれ者か不審者。目が合えば詰り合い、言葉を交わせば掴み合い、体が当たれば最期、殴り合う。お陰で喧騒に事欠かない。

 

「はいはーい。喧嘩、そこまででーす。それ以上、罰則ですよー」

 

 そんな彼らをテキパキと引き離して、各々に処分を言い渡す従業員も勿論、只者ではない。

 冒険者だった者達の再就職先として、真っ先に選ばれるのが冒険者ギルドの従業員だからだ。冒険者を辞めた彼等にはみっちりと、研修という名の訓練が行われて立派な従業員へと生まれ変わる。

 

「失礼致しました。引き続き手続きを行いますのでそのまま列に並んでお待ちください」


 この建物が廃墟にならないのは、暴力に勝る暴力とそれを従える秩序が敷かれているからだ。


 そんなギルドの掲示板に一つの依頼書が貼り出される。

 依頼等級は黒。五つある中でも最も危険度が高く、そのぶん報酬も跳ね上がる。この等級の依頼が張り出されることは大変珍しく、ここ十年でも竜の住処周辺の探索、魔王の討伐、この2件だけだった。

 そんな五年に一度のお祭り事に、ギルド内が色めき立つ。

 掲示板の周りには人がごった返し、いたる所で乱闘が起きている。離れたところでは、従業員達が一人一人に依頼書の写しを配っていた。

 そんな様子を、冒険者のアンジェルは二階の酒場から、先程手渡された依頼書を片手に、呆れた顔をして眺めていた。

 短く切り揃えた黄色い髪とスラッとした体型からよく男と間違えられるが、歴とした女性である。しかし、ショートパンツに収まった尻とそこからスラッと伸びる脚は十分、女性的だといえた。

 

「あいつら、絶対暴れたいだけだよね。ホント、暇人ばっかなんだから」

「まぁまぁ、そう言わないの。最近は魔物が活発になってきて、みんな苛立ってるのよ。ところで、その依頼書にはなんて書いてあるの? 私、まだもらってないのよ」

 

 一緒に飲んでいる長い赤髪を簪で束ねた女性が興味津々といった顔でこっちを見ている。

 名前をマリーナといい、ドワーフの血を引く彼女の背は低いが、大変女性的な体つきをしており、ゆったりとしたローブの下から体の曲線を強調している。

 彼女達は最近、ある魔物の討伐依頼で出会い、そのまま意気投合してからは、こうしてよく一緒に飲む仲になっていった。

 アンジェルはエールを一口飲むと、依頼書に目をやる。

 

「内容は護衛任務。期間は未定。報酬は一日、金貨五枚。任務中の食事と宿、それと必要な道具は全て依頼者持ち。ただし依頼を受けれるのは依頼者が行う試験に合格した女性に限る。ですって」

「ただの護衛で黒級? 報酬はかなり破格だけど、一体誰からの依頼なの?」

「キュオン・ノブル・グリート。王弟殿下よ」

 

 あらぁ、とマリーナは口に手を当てる。いつも寝てるのか起きてるのか分からない瞼が上がっていることから、かなり驚いていることが分かる。

 王弟殿下はこの国では有名人だ。なにしろ、王族に連なるにも関わらず、僅かな護衛のみを連れて国中を周り、多くの国民に救いの手を差し伸べる。さらには、この前の予言によって勇者の父となった。

 国民からの関心は国王よりも高い。そんな王弟だからこそ敵も多い。彼からの護衛依頼なら、黒級というのも分かる気がする。

 アンジェルはツマミのポテトフライを頬張ると、エールを呷る。

 

「王族の護衛ねぇ。何だか臭い話じゃない。そんなの騎士様の仕事でしょ。それをわざわざ冒険者アタシたちに寄越すなんて。絶対、面倒事に巻き込まれるに違いないわ」

  「そうかもね。でも、黒級の依頼を受ける機会なんてそうそうないわよ。面白そうだし、試験だけでも受けてみようかしら」

 

 まただと、頭を抱える。彼女はいいなのだが、面白そうだと思ったらテコでも動かない、非常に面倒な性格をしているのだ。

 

「……言っとくけど、アタシは絶対に行かないからね」

 

 ジト目でマリーナを睨め付ける。


「分かってるわよ。アンジェルは心配性なんだから」

 

 マリーナは気にする様子もなく、ジョッキに注いであった蒸留酒を飲み干すのだった。

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