第2話 Ebisu 20:20-21:15

アラタとユウは恵比寿で落ち合った。

駅前の街角のラフなイタリアンを出す立ち飲み屋で、サラミやオリーブを噛みながら近況を交換した。

ユウは相変わらず、とっくに卒業した大学のサークルのかつての同級生に惚れつづけていた。

そして、もはや自分が浮気性の相手にとっての何番目の男なのかわからず途方に暮れていた。

アラタはユウのそんな姿を見るたびに、途方に暮れるほど好きになれる相手がいるのは素敵なことだと思う。

惚れた相手の一貫性の無い行動に振り回されることを嘆くユウの姿はまるっきり幸福そうではないにしても、アラタにとっては少しまぶしい。

アラタには今、そんな風に思える相手が誰もいないからだ。

それがアラタの近況だった。


アラタ「どうするよ」

ユウ「ねえ」

特に何かアテがあって集合したわけではない。

アラタは時計を見て笑った。

アラタ「まだこの店入って20分だけど。もう話すことないのかよ」

ユウ「そうねえ」

アラタ「まだ9時前。何でもできるぞ」

ユウ「ああ、なんでもできるな」

アラタ「金曜の9時前。ヤバくね?」

ユウ「ヤバい。ヤバい。」

ユウがニヤリと笑った。

アラタも、腹の奥から笑いが込み上げてきた。

金曜の夜は奥が深すぎる。

その深い深い夜の、まだ帳の縁に立ったばかりなのだ。


それから20分後、ユウは「相席屋」の下をウロウロしていた。

アラタ「ダメ、12組待ち」

階段を下りながらアラタが言った。

12組待ちでは、早くても2時間は待つだろう。

「相席屋」は男同士のペアと女同士のペアが相席になるシステムの居酒屋だ。

女はタダなので、それで需要と供給のバランスが成立している。

ユウ「アホくさ。ほか行こうぜ」

振り返ったユウの横を通り過ぎて、ちょうど今も二人連れの女が相席屋への階段を登ろうとするところだった。

ユウ「あ、相席屋行くんすか?」

ユウは反射的に声をかけていた。

ユウ「なんか、すげぇ並んでるらしいっすよ。男は12組待ち。女はいくつだった?」

アラタ「4組待ちだって。早くて40分とか1時間ぐらいじゃん?」

まだ階段の途中にいたアラタは答えた。

実はアラタは女の並びなど聞かなかったので知らなかったが、ユウの狙いに合わせて数字は適当に答えた。

ユウもアラタも、とっさに二人連れの雰囲気と顔の様子をうかがっていた。

そしてアラタもユウも声に出さずにこう思ったはずだ、「けっこう可愛い」と。

それがお互いに通じていた。


ユウ「そういうことなんで、行っても待ちますよ。それよか俺たちと飲まないっすか。」

二人連れの女は「え?」などと言いながら考えている様子だった。

アラタ「あ、ちょっと階段の途中なんで、降りましょう」

ユウ「どうっすか? はいはい、ちょっと俺らの格好見て、それで選んでいいから」

アラタ「そうそう、中入ると、相手選べないよ。今なら、選べる」

ユウ「いらなかったら、『チェンジ』って言って! 他の人呼んでくるから」

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