自分で生活する為に、いろいろ学ぶべきことはあります

三日目の夜も、ユウカはアーシェスと一緒に過ごした。でもそれは、アーシェスにとっても、ヘルミの近くいるという意味で利のあることだっただろう。


『完全に傍にいることはできないけど、少しでも近くにいてあげたいからね……


だけど、エルダーの心得、『本人が望まない形での過度な干渉はしない』は、忘れないようにしなくちゃ……』


そんなことを思う。それがエルダーの心得であり、第一義である。あくまでここでの生活に適応できるように促すだけで、強制も強要もしない。まあ、しても意味がないというのもあるのだが。


自分の隣で穏やかな寝息を立てるユウカを見詰め、アーシェスは柔らかく微笑んだ。


『この子が自分の最後の担当になるんだな……』


そんなことを思う。その姿は、幼い見た目に反して本当に我が子を見守る母親のそれだっただろう。


そして、ユウカが自分の最後の担当になるということがすごく幸運に思えた。だが同時に、


『もっとも、彼女よりもヘルミの方が時間がかかりそうだけどね……』


なんてことも思わずにいられない。


だから実質的にはヘルミが最後になると言えるだろう。どれだけ時間がかかるかはまだ分からないが、二百万年を生きた彼女にしてみればいずれにせよ僅かな時間でしかない。


『彼女以上に手を焼かされたこともあるしね……取っ組み合いのケンカになったこともあったなあ……』


それらも今となればいい思い出だ。


『明日はユウカを銭湯に連れて行ってあげたいな……』


とアーシェスは考えた。


『仕事を頑張ってバストイレ付きの部屋に移るのも一つの手だけど、銭湯で裸の付き合いというのもいいものだもんね』


ということを教えてあげたかった。せっかくここで暮らすのなら、そういう楽しみも知っておいた方が断然楽しめるからだ。


そんなことを頭に巡らせつつ、アーシェスも眠りについたのだった。




翌朝、今日は四日目。仕事としては三日目となる。今朝はアーシェスも一緒に朝の用意を済まして、リーノ書房へと向かった。


店の前でアーシェスと別れ、ユウカは、


「おはようございます」


と挨拶をしながら自分の持ち場へと向かう。


既にタミネルが仕事を始めており、


「おはようございます」


と声を掛けながらもユウカもすぐに仕事に取り掛かる準備をした。そこへまた、


「おはよ~」


とリルが出勤してくる。そして九時になり、ユウカは自分の仕事をこなした。


少し慣れてきたからか、商品である本について、題名以外のことも目に付くようになってきた。多くがいわゆる新書と呼ばれる物のようで、文学作品らしい本が多かった。もっともそれは、タミネルの配慮だったのだが。


なにしろリーノ書房は文芸作品専門の書店というわけでもない一般的な店なので、当然、猥雑な本も扱うし、とてもユウカには見せられないようなどぎつい内容のものもある。


『ユウカにはまだ早いでしょう……』


そういうものは自分とリルでチェックしていたのだった。


その為、冷静に淡々と作業をこなすタミネルの前に、口に出すのも憚られるタイトルの本がずらりと並んでいた。表紙などももちろんその感じである。それらを黙々と検品していくタミネルの姿は、いささかシュールなものがあるかもしれない。


「ほうほう、これはこれはwwwww おう! 攻めてるねwwwwww」


表情一つ変えず淡々とハードコアな本の検品をこなすタミネルに対し、リルはその印象通りに奔放な性格なため、刺激の強い本などを見る度に驚いたり感心したりニヤニヤした表情を見せていた。


「…えッ?」


その様子に気付いてユウカが思わずリルの方を見ると、彼女が手にしていた本の表紙が目に入り、


「……~っっ!!」


ユウカは慌てて目を逸らす。どういう本なのかは表紙を見ただけですぐに分かった。なにしろほぼ全裸に近い女性の写真が大きく載っていたのだ。


『そっか、本屋さんだもんね…』


焦りながらも自分にそう言い聞かせて、とにかく仕事をこなそうと努めた。タミネルはそんなユウカの様子に気付いていたが、


『仕事に集中していただけるなら問題ないですね…』


と敢えて何も言わなかった。


そんな感じでちょっと戸惑うことはありつつも、仕事を終えられたユウカは、今日の分のお給金を受け取って、店の前で待っていたアーシェスと合流し、アパートの方へと歩きだす。


だがその時、アーシェスが言った。


「今日は、銭湯に寄ってから帰ろ?」


突然の提案に、ユウカは「え!?」と思わず声を上げた。


『銭湯って、お風呂屋さんのこと…? 私、お風呂屋さんってちょっと…』


そんな思考が頭をよぎる。しかしアーシェスはそれにはお構いなしという感じで、


「下着とかの替えもどうせ買わないといけなかったでしょ? ランジェリーショップに寄って替えの下着を買って夕食にして銭湯行くよ」


と今までで一番強引な感じでランジェリーショップへユウカを連れて行き、パッと目に着いた可愛らしいブラとショーツのセットを、サイズは店員の目測に任せてしかももてなしということで代金はサービスしてもらって、次にイタリアンレストランっぽいレストランでピザを食べてこちらももてなされて、最後にこれまた昔懐かしい感じのいかにも銭湯といった風情の建物の前に来ていたのだった。


「タオルとか石鹸とかシャンプーは中で売ってるから。まあとにかくおいでよ」


どうして急にこんなに強引になったのか理解できないまま、ユウカは引っ張られて中に入っていく。


「いらっしゃい」


番台に座っていたのは、四つの目を持つ若そうな見た目の女性だった。


「あら、アーシェス。久しぶり。ということはその子、新しい子?」


「そうよ、イシワキユウカ。ユウカって呼んであげて」


「よろしくお願いします」


ユウカが頭を下げると、番台の女性はにっこりと微笑んで、


「ようこそ銀河湯へ。私はここの主のマリオン・ミリーア。今日はお代はいいからゆっくりしていってね」


と、歓迎してくれた。


しかし、歓迎してもらえたとは言ってもやはり人前で裸になるのは抵抗がある。とは言え、


『アーシェスさんはもう服を脱いで待ってるし、今さら逃げられないよね……』


と諦めかけたその時、


『……え? あれ……?』


彼女は自分の体に違和感を感じたのだった。もっとも、彼女にとってはある意味で慣れ親しんだ違和感ではあったが。


『来ちゃった…!』


月経だった。ここに来た時からもうそろそろだと思っていたが、急激な環境の変化のせいか少し遅れていたらしいのが今になって始まってしまったのだ。しかし皮肉な話ではあるが、これで入浴を断る大義名分ができたことにユウカは正直言ってホッとしていた。


「あの……アーシェスさん……実は……」


「そう……じゃあ、仕方ないわね。ここで待ってて。私、入ってくるから」


ユウカが耳元で小声で事情を打ち明けると、アーシェスは残念そうに小さく笑顔を浮かべながらそう言った。


「あ……」


その表情に、ユウカも少しだけ胸が痛むのを感じた。


そんなやり取りを見ていた番台のマリオンが察してユウカに向かって手招きをする。そして、


「これ、紙ショーツ。トイレはそっちだから、替えてきたらいいよ」


と、小さめの声で言ってくれた。


「ありがとうございます」


ユウカは使い捨ての紙ショーツとそれに隠されるように一緒に渡されたナプキンを受け取りながらトイレに向かった。中で確認してみるとシェルミから貰った生理ショーツが汚れていた。


「あ~……」


溜息交じりの声を漏らしつつそれを脱いで、ナプキンを貼り付けた紙ショーツに穿き替えた。生理ショーツは仕方なく小さくたたんでポケットに入れた。


『帰ってから洗うしかないよね……』


何とも言えない複雑な気分で脱衣所に戻ったユウカは、そこにあったソファーに腰掛けて、


「はあ…」


と小さく溜息を吐いた。


『ちょっと強引だったけど、アーシェスさんも私にここの暮らしに慣れてほしくてやったんだよね……それなのに私はもう……』


アーシェスがなぜ急に強引な態度に出たのか察せられて、少し申し訳ない気持ちにもなってしまっていたのだ。


『それにしても……』


そういう気持ちも抱えつつユウカは何気なく目の前の光景を見る。


『本当にいろんな人がいるなあ……』


そこには、ユウカが感じたとおり本当にいろいろな体形やプロポーションの女性がいた。地球人しかいないそこよりはるかにいろいろだ。


『なんか…思ったほど恥ずかしくないかな…』


そのせいか、不思議と恥ずかしさも感じなかった。中には地球人のそれに近い体をしている女性もいたが、何故かそういうのも他のに紛れてしまって気にならなかった。


彼女が同性の前であっても裸になるのが恥ずかしいのは、無意識に自分の体を他人のそれと比べてしまうからだろう。しかしここでは比べるべき同種の女性がほとんどいないのだ。比べたくとも比べられないのである。


『これだったらあんまり恥ずかしくないかも…』


ユウカはそう考え、


『次に来れた時にはちゃんとお風呂に入ってもいいかも』


とも思ったのだった。




結局、ユウカはお風呂には入らず、お風呂を堪能してほっこりした表情になったアーシェスと一緒にアパートへと帰る。その途中、アーシェスがユウカに言った。


「ごめんね。お風呂でゆっくりしてリラックスできたら私も自分が変に焦ってたことに気付いちゃった。ちょっと強引だったよね」


『アーシェスさんも焦ったりするんだ……!』


なぜ焦ってたのかは分からなかったけれど、このアーシェスですら焦ることがあるんだというのが分かってユウカはむしろホッとするものを感じていた。


アパートの前まで戻ると、シェルミとばったり出くわした。仕事帰りだったらしい。


「今お帰りですか?」


表情が分からない無機質な顔なのに、なぜかすごく優しく見つめられてる気がした。声が穏やかで、物腰が柔和だからかも知れない。


「こんばんは」


そう頭を下げた時、ユウカはふと思い立った。


「あの、今からシェルミさんのお店に行ってもいいですか?」


自然な感じでそう切り出せた。以前ならかなり馴染んだ相手でないとできないことだった。そんな彼女に、シェルミが微笑んだように見える。表情は動いてないはずなのだが、なぜかそう感じたのだ。


「もちろん、いつでもお気軽にお越しください」


そのやり取りをアーシェスはどこか嬉しそうに微笑んでる感じで見ていた。ユウカが順調にここでの生活に馴染みつつあるのを実感したのだろう。


そのままシェルミの部屋のランジェリーショップに行き、替えのショーツをとりあえず五枚買った。それから部屋に戻り、洗濯カゴに入った洗濯物を見て、


『洗濯しなくちゃ』


と気が付いた。三日分の洗濯物が溜まっていた。


ユウカが洗濯カゴを見ていることに気付いたアーシェスが言う。


「アパートの横がコインランドリーになってるからそこで洗濯したらいいよ」


そう言われてアーシェスと一緒にアパート横のコインランドリーで洗濯をした。月経が始まったことで汚れたショーツは部屋のシャワールームに置いてきた。シャワーを浴びる時に一緒に洗うためである。


『え…と、どうやって使えばいいのかな……』


「あ、それはね」


コインランドリ-で洗濯機を前にしても、母親に触らせてももらえてなかったことで操作に戸惑うが、それもアーシェスに教えてもらうことで、生まれて初めて自分で洗濯をした。


『私って、本当に何も知らなかったんだなあ……』


それを思い知らされる。


ユウカの母親のように、子供に何もさせないというのは過保護と言うよりも過干渉と言うべきだろう。子供が家事に興味を持ちお手伝いしたいと言い出した時に、子供のそういった自主性や自立心の現れを、過度の干渉により摘み取ってしまうのは、決して<保護>ではない。


ユウカは一人でここに放り出されはしたが、同時に親からのそういう過干渉から解放されたとも言えた。


洗濯が終わるのを待っていると、メジェレナが洗濯カゴを持ってコインランドリーに入ってきた。


「こんばんは」


挨拶されてユウカがいることに気付くと、メジェレナも、


「こ、こんばんは」


と返事をしてくれる。


照明の下でもやはり褐色の肌のためかよく分からなかったが、メジェレナは確かに顔が赤くなっていた。ユウカを意識してるのだということに、勘のいい人間なら気付くだろうが、残念ながらユウカには伝わらなかった。


「お洗濯ですか?」


と、さすがに慣れてきたからか笑顔さえ浮かべてユウカは話しかけることができた。


「はい……」


少しだけはにかんだ感じでメジェレナは応えたが、ユウカはそれに気付かなかったのか、様子に特に変化はなかった。メジェレナのことは単に親切で優しいお隣さんと認識してるのが分かる。


『よかった……』


自分がユウカのことを意識していると悟られなかったことに、メジェレナはホッと胸を撫で下ろした。


さりとて、メジェレナのそれが恋愛感情などを示唆したものかと問われればそれは必ずしもそうとは限らないので、ユウカが気付かずにスルーしてくれるなら、そのうち落ち着くと思われる。


事実、少し落ち着くとメジェレナも加わって三人で普通に会話ができた。それは、メジェレナがここに来ることになったきっかけの話だ。


「私が二千年も引きこもってたのは、元居た世界で酷い適応障害を起こしてたからなんだ。しかも周りはそれを許してくれなくて、それで自分でね……」


「そうだったんですか……」


ユウカが悲しそうに顔を歪めた。


アーシェスやヘルミのそれに比べれば些細にも思えることかもしれないが、それでもメジェレナにとっては辛く苦しい過去だった。


「ここに来てからもなかなか馴染めなくて、だから何度も自殺しようとしたけど死ねなくて……


そんな私を、前に八号室に住んでた人が面倒見てくれたんだ。でも結局、二千年もかかっちゃった……」


「……」


「それでも何とか外に出られるようになってきて、仕事も見付けられて自分で生活できるようになったら、その人は『旅に出る』って言ってアパートを出ていったんだ。


その人がどうして私のことを気にしてくれてたのかって言ったら、その人にも、私と同じようにして自分で命を絶った娘さんがいて、娘さんの後を追うようにしてその人も命を絶ったからなんだって。


だけど娘さんはここにはいなくて、落ち込んでたところに私が来て、守ってあげられなかった娘さんの代わりにってことだったみたい。


それで、立ち直った私を見て、その人も娘さんがもしかしたら別の場所にいるかもしれないと思えるようになって、それを探す為に旅に出ることにしたって……」


このニシキオトカミカヌラ地区だけでもその広さは地球の表面積よりも大きく、そこにランダムで転送されるのだから、親子であってもすぐ近くに転送されるとは限らない。


しかも、ここと同じ環境でかつヒューマノイド型の人間達が暮らす地域は他にも多数あり、よほどの幸運でもない限り再会などできるものではなかった。


だが、極稀にそういう幸運に恵まれる者もいる。元々の惑星ほしで死に別れた者同士がここに転送され巡り合うということがあるのだ。


アイアンブルーム亭のネルアーキとニレアラフタスの二人がそうである。どうやら、強い因果律で結ばれた者同士はそういう傾向にあるらしい。逆に、同じようにここに転送されたとしても、どちらかが強く再会を拒んでいるとおよそ巡り合えるような状況は生まれないという傾向もあるようだった。


先の、娘を探す母親の場合、娘が果たしてここに転送されたかどうかも分からないし、もし転送されていたとしても自分を追い詰めて死に至らしめてしまった母親との再会を望んでいるかと言えばやはり厳しいと言わざるを得ず、そうなれば再会の可能性は限りなくゼロに近いと言えるだろう。


ここは決して現世での過ちを償うための場所ではない。あくまで本質は単なるデータベースでしかない。そのデータを基にほぼ現実と区別がつかない高度なシミュレーションが行われているだけの世界でしかないというのが実体なのだ。だからそういう苦しみも存在する。それをどう捉えるかは、個々人次第ということか。


娘を探して旅に出た母親がまだ娘を探し続けているのか、それともどこかで踏ん切りをつけて腰を落ち着けて暮らしているのかは分からない。


とは言え、旅に出てからまだ十年そこそこらしいから、それで諦めがつく程度の想いなら二千年もメジェレナの面倒を見たりはしないだろうが。千年、二千年と娘を探して旅を続けるのかも知れない。それもまた、一つの生き方だった。


ユウカはまだ、そこまで思いを馳せることができるほどここのことを理解はしていない。メジェレナも具体的なことについては実感がないだろう。しかしアーシェスは違っていた。その母親のことを想い、一人そっと涙を拭った。


「アーシェスさん…?」


アーシェスの様子に気付いたユウカがそう声を掛けたが、彼女は、


「あ、ごめん、ちょっと昔のことを思い出してね。でも大丈夫だよ」


微笑わらう。


ちょうどその時、ユウカが洗濯物を乾燥させるために使っていた乾燥機が運転を終了した。それを取り出したユウカだったが、その後もメジェレナの洗濯が終わるまで三人で談笑することになった。


メジェレナの洗濯も終わり、今日はここまでということでそれぞれの部屋に戻る。


『う~ん、まだ完全には乾いてない感じかなあ。仕方ない。物干し用のロープも買ってあることだしそれ使って干そうか』


と、部屋の中にアーシェスと買い物に行った時に買ってきていた物干し用のロープを張り、そこに洗濯物を掛けた。これで明日には乾いているだろう。


それからユウカはシャワーを浴びた。


『これも洗わなくちゃ』


ついでに汚れた生理用ショーツも手で洗う。これはさすがに以前から自分でもしてたことなので、手慣れたものだった。汚れたままで洗濯物として出すと、母親に小言をもらうからだ。


シャワーを終えて外に出る時、これまではアーシェスが背中を向けてくれているか心配していたものが、今日は特に気にせず出られた。


『なんか、平気になってきたかも』


アーシェスはまだ気を遣って背中を向けてくれてはいたが、もう大丈夫かもしれない。さっきの銭湯の様子を見たことが影響しているのだろうか。


ドライヤーで髪を乾かし、ホッと一息ついた。するとアーシェスが、


EIpodエイポッドはネットワークにも繋がるし、ネットラジオでも聞く? ちなみにこのアパートはネット完備だよ」


と、五号室のポルネリッカから貰ったEIpodをテーブルの上に置き、操作した。するとテーブルから音が聞こえ始めた。


「え? これ、テーブルから音が出てるの?」


思わずそう訊いたユウカに、


「EIpodの機能だよ。触れた物体を振動させてスピーカーにしちゃうの。しかもこれ、テレビとかに繋ぐとネットも見られるんだよ。そうだ。明後日は仕事休みでしょ? テレビとかを手に入れに行こうよ。中古でもよかったら無料で手に入るよ」


『そういえばそんなこと聞いた気がする』


ここに来たばかりの者のためのリサイクル品があると聞かされたのを思い出した。


『ここで暮らしていくならやっぱりテレビとかも欲しいな。パソコンもできれば欲しいけど、EIpodでもネットができるんだったら、先にそれがどの程度使えるか確認してからでもいいか』


そんな風に思う。


こういうことを考えられる余裕が出て来たのは、良い傾向だと言えるだろう。彼女がここにますます馴染んできた兆候だろうから。


すると不意にアーシェスが訊いた。


「ユウカはアニメとか好きなんだよね。アニソン専門のネットラジオもあるよ」


「本当!?」


思わず反応してしまった。


『地球のアニメも見られるって聞いていたけど、アニソン専門のネットラジオまであるんだ…!?』


でも、実際に聞いてみると…


『知らないアニメの曲ばっかりだ…』


アニソン専門のラジオと言っても、流れてくる曲の多くはユウカが初めて聞くものだった。なぜかと言えば、ここでも有志が集まってアニメ制作会社が設立されて、オリジナルのアニメが多数制作されているのである。


アーシェスが言ったとおり、地球のアニメも輸入されているし、当然、絶大な人気を博している。しかしそれにも負けないくらいにここで作られているアニメも人気だった。しかも、遥か昔から。


地球以外にもアニメというものが存在する惑星はいくつもあったが、地球のそれに匹敵するほど多種多様でジャンルとしても裾野の広いコンテンツはなかった。にも拘らず、地球のそれと極めて近いクオリティを持つオリジナルのアニメも作られていたのである。


と言うのも、実は、ユウカがいる<地球>そのものが、分かっているだけでも既に五代目ないし六代目に当たるからなのだ。同じような経緯を辿り同じような文化や歴史が生まれ、やがて滅んでいったかつての<地球>からここに来た者達が、それぞれの地球の文化を残していったのである。


それは単に、<地球型の>とか<地球に似た>というレベルではない、細かい部分で差異はあれど大まかな流れではほぼ同じ歴史を繰り返してきた、まさに<前世の地球>とでも呼ぶべきものなのだった。


とは言え、<地球と呼ばれる、人間が済む惑星>というだけの括りならもっと数が増えてしまう為にどこまで似ていればこの場合の地球と呼ぶべきかという議論もあり、現時点では五代目ないし六代目という説が有力とされていた。


これは必ずしも地球に限ったことでなく文明が生じた惑星には比較的よく見られることであり、どうしてそのようなことが起こるかと言えば、当然、何者かの干渉があってのことなのだが、ここでは詳細には触れない。触れる意味がないからだ。


なにしろ、クォ=ヨ=ムイを始めとした複数の<超越者>の思惑や干渉が複雑に絡み合ってのことなので、詳しく触れる時間もない。別の機会があれば語られることもあるだろうという程度のことで今のところは留めておきたい。単に地球そのものが何度も破壊と再生を繰り返してきたというだけの認識でいいだろう。


そんなこととは露知らず、ユウカは初めて聞くアニソンについても、


『どんなアニメなんだろう?』


と思いを巡らしつつ体が浮き上がるような気分を感じながら耳を傾けていた。


それはここに来て一番の高揚感だと言えた。これまでそれどころじゃなかったから余計にかもしれない。


だからつい、


「早くテレビを買ってアニメも見たいです…!」


と声を上げてしまった。


「そうね。楽しみがあるのはいいことだもんね」


思わず力説してしまったことで顔を真っ赤にしているユウカに、アーシェスは微笑み返したのだった。




四日目の夜も、アーシェスは一緒に眠ってくれた。


『ああでも、なんか一人でも大丈夫になってきた気がする』


と、もうそろそろ一人でも大丈夫かなとユウカ自身が感じ始めていた。


翌日。五日目。今日は仕事が四日目だから、明日明後日は休みになる。朝の用意を済まし、ユウカは仕事に出た。途中、


「もうだいぶ慣れた気がします。アーシェスさんは家は大丈夫なんですか?」


それは、遠回しに『一人でも大丈夫です』と言っているのだとアーシェスにも分かった。


「そうね。そろそろ帰らなくちゃね。旦那も待ってるだろうし」


『…ファッ!?』


「だ、だ、旦那さん!?」


さすがにこれにはユウカも度肝を抜かれた。


『えーと、えーと、それはつまりぃ……!?』


『旦那がいる』。つまり、アーシェスは結婚していたということだ。確かに見た目は幼女でも実年齢は二百万歳。大人どころかもはや人外と言っていい年齢である。地球人の大人など鼻で笑ってしまえるような経験を重ねてきてる筈なのだから結婚していても何ら不思議はないはずなのだが、やはり見た目とのギャップに頭が混乱してしまう。


「そうだよ。結婚してもう百万年かな」


『ひゃ、百万年…!? 結婚生活百万年…!?』


驚くのを通り越してもはや意味が分からなかった。地球人が『永遠の愛』とか言ってもそれは生きてる間だけの話である。せいぜい百年かそこらが限度だ。しかも実際にそんなものが成立する例はむしろ少数派だろう。永遠の愛を誓いつつ数年後には別れてしまう例など掃いて捨てるほどある。それなのに百万年も結婚生活を維持できるなど、一体どんな相手と結婚すればそんなことができるのだろうか。


「今度また機会があったら紹介してあげるよ。でもあんまり期待しないでね。ホントに普通の頼りなさそうなお兄ちゃんだから」


『お兄ちゃん…お兄ちゃん…お兄ちゃん……?』


その言葉を聞いて、ユウカの頭に、優しそうなお兄さんに甘える幼い妹という光景が浮かんだ。しかもその二人が熱っぽい表情で見つめ合い熱いキスを交わしそして……


『うわ~っ! うわ~っ!!』


思わずその先を想像してしまいそうになって慌ててそれを振り払った。


『なんかいけないことを想像してる気がするぅ~~~!』


顔がものすごく熱くなってきて胸が激しく鳴った。両手で自分の頬を覆って、耳まで真っ赤になっていた。その様子で何を想像してるのかバレバレだったが、アーシェスはちょっと照れ臭そうに笑っただけで何も言わずにいてくれた。


奴隷だった頃に受けた虐待により子供が産めない体となったアーシェスに実の子供はいない。夫も彼女にそれを期待してはいない。しかし彼女には、ほとんど無数とも言えるほどの<子供>がいる。そう、ユウカのように彼女が親身になって世話をしてきた人間たちだ。中には何十年と一緒に暮らし、本当に親子のようになった者もいる。赤ん坊だって何人も育てた。


幼い子供にしか見えないその姿に反して、アーシェスは超ベテランの<お母さん>でもあったのだった。




アーシェスが結婚してるという衝撃の事実で少し頭が混乱してしまったけれども、ユウカは自分の仕事はこなした。


今日はタミネルが休みで、代わりに店長のハルマが責任者ということだった。と言っても、仕事はそんなに忙しくなく、作業自体はユウカとリルだけでも十分こなせるものだった。となると当然、刺激的な本の検品は全てリルが行うことになる。


と、リルが突然声を上げた。


「あちゃ~、これ間違ってるよ」


その声に思わず視線を向けたユウカが見たものは、やっぱりほぼ全裸の女性の写真が表紙の雑誌らしき本を持ったリルの姿だった。


「店長~、これなんですけど」


バックヤードから店舗の方にリルが声を掛けると、ハルマが現れて品物を確認した。それから発注書を確認し、


「ああ、これは発注ミスだね。発注書が間違ってる。発注をかけ直すよ」


ということでその話は終わったのだった。ミスはミスとして対処するが、そこで誰の責任かということは強く追及しない。それがこの店の方針だった。


『よかった。ぜんぜん険悪な感じにならなかった……』


その様子を見てユウカはホッとしていた。これであまり厳しく追及されるようだと、


『怖くて仕事が続けられないかも……』


と思ってしまったが、どうやらその心配はなさそうだと思った。


もちろん今回のミスはユウカのミスではない。しかし、自分に自信のないユウカは、自分がミスをすることを恐れていた。


『私もミスするかもだし、それで怒鳴られたりとかしたら……』


ミスはしないように気は付けるけれど、完璧にこなす自信もない。いずれはきっとミスをするだろうと考えてしまう。だから自分がミスした時にどんな風に怒られるのかということを想像してしまって、緊張してしまったのだ。


だが、ここではそういうミスで罵られることもないと感じ、その緊張が和らぐのを感じた。


無駄に緊張し過ぎるとかえってミスをしやすくなるのも人間という生き物だ。適度な緊張は必要だが、それが行き過ぎて視野狭窄を起こしてはむしろミスの素である。


『よかった…ホッとしてるみたいだな』


自分とリルのやり取りをユウカが見ていることに気付いた店長のハルマはそんなことを思った。


『ミスに対して怒鳴り散らすのとか、本当はいい結果を生まないことの方が多いからね…』


彼がそう思ったのには、訳がある。


実は彼は、ここに来る以前にも自分の惑星ほしで本屋に勤めていて、そこで一緒に勤めていた同僚がミスをして、上司に手酷く怒鳴られたのだ。いや、罵倒されたと言った方がいいか。ミスについてのことだけでなく、その同僚の人格どころか親をも侮辱するような痛罵を発し、結果、その同僚は翌日から仕事に来なくなってしまったということがあった。


『ミスをした当人に対して罵倒することを当然のことだと思っている人間は多いみたいだけど、僕はそうは思わない。だって人間はそんなに強くないから。強さを見せるときもあるけど、それは人によって違うから……』


ハルマはそう思う。


実際、上司に痛罵された同僚は、その本屋の経営が厳しかった時にも不満を漏らすことなく支えてくれたスタッフの一人だった。対してその上司は、縁故入社で特にこれといった実績もなく役職に就いた者だった。


それにより、同僚は、自分が情熱を傾けた<本屋>ではなくなってしまったと感じ、気力を失ってしまったようだった。


これを機に次々と退職者が出て、残った者の負担が増加。しかも上司は、


『リストラを成功させた!』


と自慢するばかりで新しい人員を確保しなかったために過重労働が生じ、ハルマもそれがもとで疲労がたまって、帰宅途中に立ちくらみを起こした彼は階段から転落、頭を強く打ってそのまま亡くなってしまったのである。


そうして書庫しょこに来ることになったという訳だ。


こう言うと、仕事に来なくなった同僚が悪いと言う人間も多いに違いない。だが、ハルマはそう考えなかった。


『ミスをした時にとにかく厳しく叱責すればいいというのは、僕は<加害者の論理>理屈だと思う。


具体的な指示を出せば済むところを罵詈雑言を浴びせるのは、ただ自分がすっきりしたいだけとしか思えない。


ミスをしたことを怒鳴られた程度で仕事に来なくなるような奴に仕事とかできるかよ、みたいに考える人もいるだろうけど、彼は僕の目から見ても優秀なスタッフだった。そんな彼を活かせない方が『仕事ができない』んじゃないのかな……


ましてや相手の人格を否定したり、それどころか親まで侮辱するとか、僕には仕事ができる人のすることだとは思えないよ……』


ハルマはそう考えるからこそ、ミスがあったからと言って怒鳴ったりはしない。ただ同じミスをしないように促すだけだ。もしそれで反省しないような人物なら、配置転換をするか、どうしても改める気がないということなら、解雇するということもある。


彼はこの書店の店長としてそのくらいの覚悟は持っている。ただし、それを濫用することもない。厳しさも持ち合わせているが、理不尽なことはしない。ただそれだけの話である。


そういう点でも、最初にこの店をユウカに紹介したアーシェスはさすがと言うべきかも知れない。彼女に合いそうな仕事を見繕ってくれたのだから。


とは言え、そんなアーシェスでもヘルミについては手を焼いてしまう。それほど人間の心理というのは一筋縄ではいかないということだろう。


ユウカは今、自然とそのようなことについても学べる環境にいた。


彼女の両親はただ彼女を支配し操ることしか考えてなかったが、それでは人間は上手くは動かせない。ユウカがひどく自己評価の低い人間に育ってしまった事実がそれを物語っていると言えるのだろう。これから彼女は、そういう自分を改めて自ら育てていくことになるのだ。


まあ、そういうこともありつつも、ユウカは今日も仕事を無事に終えられた。アーシェスがそんな彼女を店の前で待っててくれた。


『ん? 何か買い物をしたのかな?』


見ると、何か荷物を積んだカートを持ってるのに気が付いた。段ボール箱だったが、そこにはテレビの絵が描かれていて、


『テレビの箱……?』


だと思った。


ユウカがその荷物に気付いたことを察したアーシェスがにっこりと笑いながら言う。


「知り合いにちょうどテレビを買い替えた人がいて、ユウカのことを話したらあげるってことだったからもらってきちゃった。これで今日からあなたの部屋でもテレビが見られるよ。EIpodエイポッドを繋げばネットも見られるし」


その言葉にユウカは恐縮してしまって、


「あ、ありがとうございます!」


と深々と頭を下げていた。それを見たアーシェスが手を振りながら応える。


「いいっていいって、向こうも引き取り手を探す手間が省けて喜んでるし」


実際そうだった。リサイクルショップに持ち込むにしても自分で持っていく必要があるので、その手間が省けたというのもある。誰も損はしていない。


『こんな簡単にテレビが手に入るなんて……』


驚きながらアパートに帰る途中で、今日はラーメン屋に寄った。アーシェスがユウカを紹介してくれたからお代は結構ということになった。そこでもユウカは、


「ありがとうございます!」


と頭を下げた。


夕食も終えてアパートに戻って、


「さ~て、テレビを見られるようにしなくちゃね」


そう声を上げながらアーシェスがさっそくテレビを設置する。


とは言っても、電源とアンテナケーブルとを繋ぐだけだから、


「ほら、ここに繋いで」


とアーシェスに指示してもらいながらユウカは自分でそれを行った。


「これで映るはずだよ。スイッチ~ON!」


リモコンを操作するとすぐにテレビが映った。ニュース番組だった。だが、ニュース番組と言っても内容は地域の情報が殆どで、事件報道は全く無かった。なにしろ、事件らしい事件がそんなに起こらないのだ。こういう日も珍しくない。


「アニメ専門のチャンネルもあるよ」


そう言われてさっそく切り替えてみた。


「お~っ!」


すると、ユウカが地球で見ていたのとほとんど変わらない感じの、でもまったく初めて見るアニメが放送していた。内容は、三匹の神話生物を引き連れた女の子が神格を得るために宇宙を旅するという、どことなく西遊記を思わせるものだった。


「すごい! なにこれ」


思わずそう声が漏れてしまった。


時間は三十分ほどで区切られ、番組と番組の間に短いCMが挟まれるというのも地球のそれによく似ていて見やすかった。なにより、言葉がちゃんと理解できるというのが助かる。


西遊記に似た内容のアニメの次の、本当は破壊神なのにぐうたらな性格が災いしてニートになってた青年が異世界に転生して個性的な女の子達に囲まれながらその世界の破壊神である女の子を攻略するラブコメという少々盛り過ぎな内容のアニメには、ユウカはケタケタと笑いながら夢中になってしまう。


『どうやらそろそろ大丈夫みたいね』


少なくとも今の様子を見る限りではここでの生活を楽しみ始めたユウカに、アーシェスはホッとするものを感じていた。


ここに来たことは、ユウカにとっては救いになってるのかもしれないとも感じた。だから言った。


「私、家に帰って大丈夫かな?」


その言葉にハッとなりつつも、


『そうだよね。アーシェスさんも家庭があるもんね』


いずれはこういう時が来るだろうとユウカも分かっていた。結婚してるのにご主人を差し置いてアーシェスを独占するようなことになってしまってて申し訳なくも思っていた。そして、


「はい、大丈夫です」


と明るく応えられた。


『アニメも見られるようになったし、メジェレナさんとかマニさんとかシェルミさんとか優しいし』


そう思えばそんなに寂しくなかった。


「じゃあ、お言葉に甘えて帰るね。でも明日はまたリサイクルショップに一緒に行こう。電子レンジとかもいるでしょ?」


「あ、はい、そうですね」


確かに、冷凍食品があるから電子レンジは欲しいところだと思っていた。


『あと、トースターが要るかな。朝はトーストだったから、そっちの方が慣れているし手軽だし。できればノートパソコンのようなものも欲しい』


とも思う。


「あ、いいよいいよ、ここで。じゃ、また明日」


アパートの外まで見送りに出ようと立ち上がったユウカに対してそう言って手を振りながら部屋を出て行くアーシェスを見送り、ユウカの一人暮らしが本格的に始まりを告げたのだった。


『さて、アニメアニメ♡』


でも、別の惑星に出稼ぎに行ったきり連絡が途絶えた母親を探す為に男の子が一人で旅をするというアニメが始まったところで、ユウカはシャワーを浴びることにした。


『この感じのって胸が苦しくなるから苦手なんだよね…』


だからその間にシャワーを浴びようと思ったのだ。


シャワーから上がってもまだ終わってなかったから、リモコンを操作して番組表を見た。


『ふ~ん、四時間ごとくらいに同じの繰り返してるんだ』


これならずっと見てなくてもいいから助かる。アニメが気になって仕事にも行けないとなったら困るし。


あ、そうだ。これも試してみよう』


ついでにEIpodを繋げればネットも見られるというのを試してみようと思った。ケーブルはテレビと一緒に箱に入っていた。USBケーブルのように差し込むだけで済み、しかもこれ一本でデータも画像も音声も通信もすべて行うという便利なものだった。だからユウカでも誰にも説明されなくても簡単に接続できた。


「おお~!」


リモコンで画面を切り替えると、見慣れた感じだが文字はやはり初めて見るページが表示される。


『あれ…マウスとかってどうするんだろう…?』


画面にカーソルらしいものが表示されているからマウス操作と思ったが、肝心のマウスがない。どうしようと思って何気なくEIpodに触れると、カーソルが僅かに動いた。


「あ、もしかして…?」


もしやと思ってEIpodそのものを動かしてみると、


「わあ、これがマウスにもなるんだ。すごーい」


と思わず声が出た。


「キーボードは…?」


そう呟きながら、画面の端に表示されていたキーボードらしきアイコンをクリックすると、テーブルに光のキーボードが表示された。EIpodの側面から光が出てて、それがテーブルの上にキーボードを映し出しているようだった。プロジェクションキーボードと言われるもののようだ。


「すごいすごい」


はしゃぎながらテーブルに映し出されたキーボードを叩くと、画面にはやっぱり知らない文字が映し出された。


「う~ん、意味は分かるんだけど、なんかやっぱり見にくいなあ…」


と、どうにも違和感が残ってしまう。


「ん~と、これかな…?」


そこで<言語切り替え>と書かれたキーに触れてみると、<地球語>と描かれたダイアログが画面に表示されて、一覧の中に日本語もあった。


「すご~い、日本語もある…!」


この時のユウカは知らなかったが、実は操作している人間の種族を感知し、惑星単位まで自動で絞り込んでくれる機能があったのだ。それをクリックすると、キーボードの表示が見慣れたアルファベット表示のものになり、試しに打ち込んでみるとローマ字入力になっていたのだった。


「お~っ!」


<書庫>の中では、ここを作った種族の言語が共通言語とされてるものの、それをわざわざ覚えようという者はほとんどいなかった。それぞれ自分が慣れ親しんだ言語を使ってるだけである。それが自動で翻訳されるのだから何も困らないのだ。そのことを責める者もいない。責める必要もない。


興奮してあれこれページを見て回ったりしてたものの、


「う~ん、やっぱりちょっと使いにくいかな……パソコンもあった方がいいかも……」


さすがにマウスもキーボードも兼ねた一体型の入力デバイスというのは少々使いにくいし、ネットをしてるとテレビが見られないというのも辛いと感じた。なのでやはりノートPCのようなものがあればと思ったのだった。


その後もアニメを見たりネットしたりとしているうちについ夜更かししてしまい、


「あ…! ヤバッ……!!」


若干興奮した状態のまま一人でベッドに横になった。


『思ったほどはさみしくないもんだな~。アニメ見られるからかな…』


と思った。


確かにそれが心の余裕になってるのかもしれない。それに、メジェレナやシェルミもこのアパートにはいる。ポルネリッカやヘルミのことは少し不安でも、住人同士でなにかトラブルになってるような様子もない。だから心配する必要はないんだと感じた。


『私…本当に一人暮らしを始めたんだなあ……』


その実感をしみじみと噛み締めながら、ユウカはいつしか眠りについていったのだった。


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