何度だって泣いていいんだよ

歓迎パーティーがお開きになり、他の住人たちが自分の部屋に戻った後、ユウカとアーシェスは二人きりになった。歓迎パーティーの間にも他の住人たちは思い立ったように自分の部屋から食材などを差し入れてくれて、メジェレナから貰った冷蔵庫はいっぱいになっていた。本当にみんな親切で、温かい人たちだった。


だが、アーシェスが言う。


「みんなそれぞれ、ここに来た時にはいろいろ苦しんだし悩んだし辛い思いもしたんだよね。だからこそ、ユウカの気持ちも分かるような気がするの。自分がどうしてもらえたら嬉しかったかを知ってるから、同じようにしようと思えるの。


ユウカは、今はそれに甘えたらいいよ。そしていつか、ここでの生活に慣れて気持ちに余裕が持てるようになったら、新しく来た人に同じようにしてあげたらいい」


「……はい…」


二人でベッドに座り、ユウカはただ静かにアーシェスの言葉に耳を傾けていた。彼女のそれが、自然と自分の中に入ってくるのを感じる。


「悲しみを知ってる人ほど人に優しくできるって言う人がいるけど、私はそれだけじゃ十分じゃないと思う。悲しみを知っただけじゃなくて、その上でどうするのが人に優しくすることになるのかっていうのを知ってないと、優しくすることはできないって私は思う。優しくしてもらった記憶があるからこそ、それと同じようにすればいいっていうのが分かるんじゃないかって思うんだ…」


「……」


「私はね、ここに来る前、奴隷だったの。ううん、奴隷にされたって言うべきかな……」


話の流れ的にさらっと言われたからすぐに意味が入ってこなかったが、一瞬遅れてそれが理解できて、ユウカはハッとアーシェスを見た。


「奴隷……?」


思わずそう声が漏れる。それにアーシェスは小さく頷いた。


「私が住んでた村が戦争に巻き込まれて、元々そういうのとは縁のなかった小さな村だったからひとたまりもなかった。父も兄もその時に殺されたわ。母と私は家に踏み込んできた兵隊に襲われて……


母は私を守ろうとしてくれたけど、その私の前で何人もの男に乱暴されて、気が付いたら息をしてなかった。私は小さすぎたからそこではあんまり無茶な事されなかったけど、その後は奴隷として売られてね……」


そう言いながら服をめくりあげ、自分の腹をユウカに向けた。


「…!?」


ユウカはそれを見て息を呑んだ。彼女の目に映ったのは、アーシェスの左脇腹から下腹部へと走る、ひきつれた傷痕だった。その傷口を指でなぞりながら、アーシェスは呟くように言った。


「私はもう、子供を生むことができないの。ま、ここじゃその必要もないけど」


その時の寂しそうな笑顔が胸を鋭く刺してくるのを、ユウカは感じずにいられない。


「で、私も結局、奴隷として使い潰されて死んで、たまたま選ばれてここへ来たっていうわけ。でも、それからずっと部屋に閉じこもって、楽になれるのを、また死ぬのを待ってたの。だけどここでは死ねないからね。


そんなこんなで気が付いたら一万年経ってた。私自身の感覚だとせいぜい一年とかそこらだと思ってたけど、自我が凍った状態が長すぎて時間の感覚が滅茶苦茶になってたみたい」


『一万年……!?』


ユウカは、声も出せなかった。何て言っていいか分からずに、ただアーシェスの話に耳を傾けるしかできなかった。


「だから最初のアパートの住人なんて、私の顔も見たことない人が何人もいたと思う。


そんなのでもこうやってエルダーとかになれるんだから、ユウカも気楽にやったらいいよ。


けど、何か悩みたいことがあるとか考えたいことがあるとかだったら、とことん悩んで考えたらいいと思う。ここではそれが許されるからね」


そう言ってアーシェスはまたにこやかに笑う。その笑顔は、自分の苦しかった過去を受け入れた人間のそれであった。


彼女の過去を聞いて、ユウカは、自分が恥ずかしくなった。


『私の過去なんて…アーシェスさんのに比べたら……』


彼女に比べれば全然どうってことのない経験で不幸だと思ってた自分が恥ずかしかった。けれど、アーシェスはそんなユウカの複雑な胸中を見抜いたかのように言った。


「ユウカ。あなたがどんな経験をしてきたのか私には分からない。だけど、あなたがそれを辛いと感じてきたのなら、それはあなたにとっては本当に辛いことだったの。


私や他の人の過去と比べてどうだったっていうのはそんなに重要なことじゃないわ。大事なのはあなたにとってどうだったかっていうことだから。


だからこれからも、辛かったら泣いてもいいんだよ。私、あなたの苦しさを受けとめてあげたい」


『…!』


穏やかな視線で真っ直ぐに見詰めながらそんなことを言われたら、もうダメだった。


『私…私……!』


何度も泣いたのにまた込み上げてきてしまって我慢ができなかった。両親ならここで『いちいち泣くな!』と怒鳴っただろう。その度にユウカは自分の心を殺してきた。塞いで押し込めて閉じ込めて感情を表に出さないように努めてきた。でもここではそれは必要ないとアーシェスが言ってくれてるのだと感じた。


だからまた、アーシェスに縋りついてしまった。こんなに小さな体なのに。自分よりずっと小さいのに、すごく大きくて広くて包み込まれるものを感じる。


「辛かったね…」


そう言葉を掛けながらそっと体を抱き締めて背中をさすってくれる彼女に、ユウカはずっと縋り付いていたのだった。


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